ふわふわする。
イルカは汗をかいたグラスを傾け、その向こうに居る人物をぼうっと眺めた。
はたけカカシ。イルカが受け持っていた生徒たちの上忍師であった男が、イルカに見つめられて照れくさそうに肩を竦めている。
「なぁに、そんな見つめちゃって」
穴が開いちゃいますよ、などと言いながらへらりと笑う彼の顔には常にそこにある口布も、額当てすらも無かった。
素顔だ。自分などに見せていいのかと思うが、彼が自ら外したのだからそういうことなのだろう。基準はどこにあるのか、イルカに知る由も無い。何せ、二人きりで話すのも初めてのことなのだ。
里屈指の上忍様が、俺の部屋なんかで酒飲んじゃって。
イルカはぼんやりした頭で今夜のいきさつを振り返る。
アカデミーのテスト週間が終わり、採点の済んだ答案を封印箱に仕舞って本部を出たのが夜の九時。同僚と飲みに行こうかと思ったら運悪くふられてしまい、一人とぼとぼと帰路を歩んでいたところに偶然カカシと行き会ったのだ。
『あれ、イルカ先生』なんて気易く話しかけてきたのにも驚いたが、その後に続いたセリフにも驚かされた。一緒に飲みませんか、だなんて。
重ねて言うが、カカシとこれまで二人きりで飲んだことなど無いのだ。ナルトたち七班が機能していた時に子供たちを交えて食事をしたことはあるが、親しく会話した記憶も無い。中忍試験で意見の相違が有り、尚更近づき辛くなってしまった。木の葉崩しという大事件を経て七班が解散状態となってからこちら、カカシとすれ違うことすら珍しかった。
里の外で任務に明け暮れる上忍と、アカデミーと受付で忙しく立ち回る自分とでは置かれる立場も何もかもが違う。
それなのに、二人で飲もうと声をかけてきたカカシの顔には何の他意も見えず、ただ知り合いを誘っただけのような言葉に思わず頷いていた。
稼ぎの良い上忍がどんな店に行くのかと薄い財布を握りしめ恐々としていたが、彼がふらりと入ったのはイルカもよく訪れる大衆居酒屋だった。寡黙な店主と、ちゃきちゃきとした娘が切り盛りしているような。
繁盛した店のカウンターで横並びになって、いくつかのつまみを前に杯を重ねているうちにイルカの口も滑らかになっていった。見た目に反してカカシは取っつきやすく、相手の話をよく聞き相槌を打った。聞けば四つも年上だと言う。何かの拍子に、年の功ですかね、などと言ったら、おじさん扱いしないでよ、と眉を下げていた。その姿が意外なほど……そう、可愛らしいと思ってしまったことに驚いた。
店を出てからも何となく立ち去り難い気分になって、曲がり角でしばし立ち止まってしまったのはイルカだけでは無かった。カカシもポケットに両手を突っ込んで、地面を蹴りながらあのー、とか、もしよかったら、なんてぶつぶつ言っていたものだから、つい口が滑ったのだ。
『よかったら、俺んちで飲み直しませんか』
なんて。女の子を誘うような台詞に、しかしカカシはぱっと顔を上げ、その片目をきらきらと瞬かせて頷いた。その表情もやはり、何だか可愛らしく見えてしまった。
「はぁーっ」
ごとんとコップをテーブルへ打ち付け、イルカはちゃぶ台へ突っ伏した。
「どうしたんです、いきなり」
「いやぁ、こっちの話です」
「はい?」
訝し気な声だ。それもそうだろう、顔をじろじろ見られたと思ったらいきなりため息つかれるなんて、失礼にも程がある。
しかしカカシは「おかしな人ですね」と小さく笑うだけだ。
途中のコンビニで買ったビールと、台所の下に仕舞っていた清酒。色んな酒を飲みすぎて頭がぐらぐらする。ちょっと甘いものが食べたくて、とカカシが手に取った小さなケーキが場違いにも見えた。
カカシはよっぽど酒に強いのか、それともチャクラで何か調節をしているのか(高度な体内操作は非常~~に難しいんだぞ)、顔色ひとつ変えずに一定のペースで飲み続けている。時おりケーキをぱくりと口にし、イルカ先生もよかったら、と勧めてくるものだから断り切れずに、箸で欠片を摘まんで食べた。乾きかけの生クリームは、それでも甘ったるさを口内に残していく。
「ケーキなんて久しぶりですよ」
ぽつりと零せば、カカシがへらりと笑った。
里では珍しい銀色の髪に、白い肌。北の方の血でも混ざっているのだろうか。右だけ開いた瞳の色だって灰色めいている。瞑ったままの左目の上には真っすぐな傷が走っているが、イルカの傷と違って戦忍の箔を与えているようなものだ。すらりと通った鼻に、薄い唇、そして艶黒子ときた。これはモテるだろうな、と思っていたら、そのまま口にしていたらしい。カカシがふ、と鼻を鳴らした。
「モテやしませんよ。女がいたら一人でぶらついていないでしょ」
「じゃあ、不特定多数を渡り歩いているんじゃないですか」
「勘弁してよ、それじゃ聞くけど、イルカ先生だって恋人の一人くらい居るんじゃないですか」
「それこそ勘弁してくださいよ。俺だって彼女がいたら今頃しっぽりやってますって」
しっぽり、という言葉が面白かったらしく、カカシは天を仰いで笑い出してしまった。ははは、という笑い声がひぃひぃに変わり、しばらく楽しそうに笑い続ける彼をイルカはじぃっと見つめていた。変なところにツボのある人だな、疲れてんのかな、と胡乱な頭で考える。
ようやっと笑い終わったカカシが、目尻の涙を拭いながらイルカに視線を向けた。
「ねぇ、イルカ先生」
「なんですか」
「キスしましょうか」
「は?」
「だから、キス」
ちゅ、と尖らせた唇を指先でトントンと叩くカカシに、イルカは「はぁ」と間の抜けた声を返した。
「必要性を感じませんが」
「いいじゃないですか、酔ってるんだし」
「酔ってらっしゃるようには見えません」
「イルカ先生は酔ってるでしょ?」
「それほどでも無いです」
「まあまあ、酒のせいにしちゃいましょうよ」
「何をです」
へらりと笑っていた彼が、そこでふと真顔になった。
「これからのこと、全部」
じりじりと、カカシが畳の上でこちらへにじり寄ってくる。同じようにじりじりと後ずさるイルカだが、伸びてきた手にとん、と押されると力が抜けたように後ろに倒れてしまった。
背中と頭に、畳の感触。
覆いかぶさるカカシの顔が逆光で暗い。口元に笑みを浮かべたまま、その顔がゆっくりと降りてきた。
唇に、ふに、と柔らかいものが当たる。
思ったよりも温かいんだな、と頭のどこかで思いながら、イルカはその口づけを受け止めた。抵抗した方が良いような気がするが、どうして抵抗しなければいけないんだ、と聞かれると答えが出ない。
酒に酔ってはいても、イルカも中忍である。正常な判断機能は失っていないはずだ。それなのに、身体は彼を押し返そうとしない。それならいいんじゃないか。
だって、この口づけはどこか涙の味がする。
濡れた舌が、唇の合わせをなぞった。イルカは求められるままに口を開き、酒臭い咥内へカカシを受け入れた。
二人とも、鼻から吐き出す息も汗も、酒と汗の匂いで満ちている。舌の根にうっすらと残る甘さは、分け合ったケーキのせいに違いない。
女遊びなんてしてないと言っていたのに、カカシの口づけは充分すぎるほど巧みだった。歯列をなぞり、イルカの厚い舌を根元から嬲り、その先をじゅうと吸い上げる。びりびりと背筋に電流が走るようで、イルカの鼻からン、と高い音が漏れた。
キスって、こういうものなのか。
カカシには絶対言えないけれど、これはイルカにとって初めての口づけだった。彼女なんてとんでもない、イルカは奥手がすぎて今まで他人と肌を合わせたことなど無いのだ。
いつか、可愛い女の子と、と思っていた初めてのキスは、しょっぱくて酒臭い。
それでもイルカはどうにもこの男を突き離せなくて、いつしかその背を掻き抱くように腕を回していた。
「んっ……ふ、んぅ……」
角度が変わるたびに甘ったるい声が抜けていく。カカシはそんなイルカの頭を抱き、時に耳を弄りながら咥内へ唾液を注ぎ込んだ。呑み込みきれず口の端から溢れたそれが、顎を伝い首筋にまで垂れていく。
薄く目を開くと、紅い光がちらついた。
写輪眼。
そう認識するより早くイルカは目を閉じる。里の機密だ、迂闊に見て良いとは思えない。
だが、あの瞳に自分はどう映っているのだろう。口づけに翻弄されてのぼせ上がっている、二十四の男は。
永遠に続くように思えた口づけが終わったとき、二人の額には汗が滲んでいた。
もう夏も終わったのに。
二人とも何も言わず、拳ひとつ分の距離で顔を見合わせている。真紅の瞳は既に閉じられていた。
はぁはぁと荒く息をつくのはやはりイルカだけで、カカシは胸を上下させることもなく、どこか切羽詰まったようにイルカを見つめていた。
そうして再び近づいてきたかと思うと、今度は首筋へぬめった感触が落ちてくる。
「あ、わ、わぁっ」
尖った舌がぐいぐいと首筋を圧迫する。支給服の襟口をずらして、汗臭いはずの肌にカカシがじゅうじゅうと吸い付いてきた。
「や、やめて、そ、それ」
暴れだしたいくらいの、ぞわりとした感覚が背筋を伝う。イルカは今更じたばたとあがいてみたが、両腕を押さえたカカシの手はびくりともしない。
それどころか、頭の上で手をひとくくりにされたかと思うと、カカシが空いた手を上着の裾へ潜り込ませてきた。
イルカが、わぁ、とかそんな、とか騒いでいる間に、彼の手が肌の上を這いまわる。脇を撫で、臍をからかい、僅かに盛り上がった胸をーーその頂上にあるささやかな突起をぴん、と弾かれてイルカは言葉を詰まらせた。
そんな、女じゃあるまいし。頭ではそう思うのに、身体はびくりと確かに震えた。急に大人しくなったイルカに何を言うでもなく、カカシは突起を弾いてみたり、くにくにと摘まんでみたりと好き勝手に弄っている。
唇を噛み締めていないととんでもない声を出してしまいそうだ。
灯りもついたままなのに。傍らにはまだ飲み残した酒だって転がっているのに。男に、乳首を弄られてペニスを勃たせそうになっているなんて。
あまりに胸への刺激が強すぎて気づくのが遅れたが、いつの間にかカカシは真上からイルカを熱心に見下ろしていた。
「あ……」
思わず零れた声を吸い取るように、唇が奪われる。弾みで手の拘束が解かれ、イルカは逃げを打つ代わりに彼の背を強く抱いた。
乱暴に服が捲られ、胸元が露わになる。カカシはイルカの舌を散々嬲った後、今度は胸の突起へ唇を寄せた。弄られすぎて充血してきたそこは彼の愛撫を受けてますます色を濃くしているだろう。
「はぁっ、あ、ああっ」
堪らない。カカシに吸われる度にじくじくと胸が疼き、腰が浮きそうになる。イルカは相手の服を手繰り、晒された素肌を無意味に撫で擦った。硬く、しなやかな筋肉の感触。無駄のない肉体であることは少し触れただけでも分かってしまう。
もっと、もっと触れたい。
イルカの頭の中を読んだかのように、カカシがいきなり起き上がると衣服を脱ぎ捨ててしまった。引き締まり、研ぎ澄まされた戦忍の身体だ。中心でそそり立つ雄もまた、男からみても立派だった。イルカは知らず喉を鳴らす。
見惚れてしまったイルカの上着もカカシによって脱がされてしまう。油断しているうちに下着ごとズボンも取り払われ、互いに一糸まとわぬ姿となる。
むわりと立ち上る雄臭い匂いに羞恥を煽られ、イルカは目を瞑った。しかし、すぐ後にその目を見開く羽目になる。
「うわ、わあっ」
両膝を持ち上げられ、大きく割り開かれた脚の間に、カカシの顔がある。
カカシは慌てるイルカを一瞥すると、迷うことなくその中央へ顔を落とした。
「あ……っ、う、うそ…だろ……」
ねっとりとしたものに陰茎が包まれる。熱く、ぬるついたカカシの咥内に締め付けられ、イルカは指を噛んだ。視線はそこに釘付けになる。
「う、ン……、あっ、うぅ」
ふさふさとした銀髪を上下させながら、カカシがイルカの雄をねぶっている。今までにない快感と共に、薄い唇から自分のペニスが出たり入ったりするのを見せつけられて腰の奥から射精感が高まってきてしまう。
さすがに早すぎるだろ、と堪えるが、くびれをちろちろと舌先で刺激されイルカは仰け反った。畳を引っ掻くが、短い爪ではつるつるとその表面を撫でるだけだ。
カカシはじゅ、と唇を窄めて先端から滲み出たものを吸い上げ、根元からべろりと舐め上げた。
「気持ち良い?イルカ先生」
「き、もちいい、です」
上擦った声で答えると、そう、よかった、とカカシが微笑んだ。こんな時に笑うなんてずるいんじゃないか。そう思うのに、イルカの手は自然に伸びて、彼の頭を撫でていた。
カカシは少し驚いたような顔をしたけれど、すぐその手をとり、手のひらに舌を這わせた。つぅ、と舐められるだけで陰茎がひくりと震える。その様がひどく浅ましく思えるが、目を離せない。彼はイルカの五指を順に口へ含み、付け根から爪の間まで唾液で濡らしていった。そうしてまた、きつく勃起した場所へ唇を寄せる。
「あ、あぁっ」
待ち望んだ刺激に腰が震える。カカシは舌と唇でイルカを追い詰めていった。頬を窄めて茎を締め付けながら、喉奥で先端を甘やかされれば、良すぎて自分を見失いそうになる。知らず腰が浮き、彼へ打ち付けているのに気づけないほど。
「う、あ、すごい……あ、あっ、ん、ふぅんっ」
いよいよ極まってきて、イルカは焦ってカカシの腕を押すが、がっちりと腰を押さえられていてぴくりともしない。そんな、人の口の中に出してしまうなんていけない、いけないのに、最後には彼の髪を掴んで腰を打ち付けていた。柔らかい行き止まりに先端が当たるのが堪らなく気持ち良い。
「出る、出ちゃう、ごめん、ごめんなさい……っ」
びゅくびゅく、と勢いよく射精したのが分かった。熱い粘膜があまりに良く、数度に渡って突き当たりへ腰を打ち付けてしまう。頭が真っ白になりそうだ。過ぎる快感に、薄っすら涙まで滲んできた。
しばらく余韻に浸ったイルカは、俯いたカカシの咳き込む音で急激に覚醒する。
「あ、わ、わあぁっ!すみませんカカシさんっ!!」
がばりと起き上がり、口元を押さえるカカシへ両手を差し出した。
「ここ、ここに出して下さい!俺…何考えてんだか……」
後悔に震える手は、しかしカカシに優しく降ろされた。顔を上げた彼が、生理的なものだろうか、薄く涙を浮かべた瞳を弓なりにする。
「大丈夫、全部飲んじゃいましたから」
ほら、と口を開けたカカシに、イルカは一瞬あっけにとられた。そうしてすぐ顔に血が集まるのを感じる。
「な、そ、そんな、そんなこと……っ」
「美味しかったですよ、濃くて。若いなーって感じ」
「やめてくださいっ」
「嫌?でもイルカ先生、ノリノリだったじゃないですか。俺、窒息するかと思いましたよ」
ふふ、と笑うカカシを前に、頭に上ったばかりの血が一気に足元まで下がっていく。
「す、すみません!俺、あんなの初めてで……訳わかんなくなっちまって……」
「いいんですよ。……でも、そうだな、悪いと思うんだったら、もう少し付き合ってもらえますか」
「はい、俺のできることなら何でもっ」
両手を握り返したイルカに、カカシは爽やかな笑みを向けた。爽やかすぎて、いっそ人が悪く見えるほどの笑みを。



「あっ……ああんっ、カ、カカシさん、もうやめて……っ」
「だめですよ、何でもするって言ったでしょう?」
「でも、でももう……」
ぐじゅりと孔を掻き回され、イルカはカカシの腿に指を食い込ませた。
場所も変えず、背中に座布団一枚敷いただけで腰を高く抱えられている。両膝が顔の傍まであと少しのところに迫っていた。蛍光灯の明りの下で何もかもがカカシに丸見えだ。
何でもする、と言ったその場で彼に組み敷かれてしまった。そうして尻に垂らされたどろりとした液体が何なのか聞く間も無く、そこへ指を埋められた。
汚いとか、痛いとか、必死の訴えを一つ一つ丁寧に宥めながら、カカシは容赦ない指の動きでイルカの中を探っていった。
二本目の指が馴染んできた時には、何だかいやに疼く場所があることすら教えられた。そこをとんとんと叩かれると、痺れるような快感と共に、張りつめた陰茎から先走りが溢れてくる。
男同士でも、こんなに気持ちよくなれるなんて知らなかった。
一人、恋に恋していたイルカには何もかもが初めてだ。中忍になったばかりの頃、戦忍も長くなれば男を抱くこともあるのかな、とおぼろげに想像したこともあるが、まさか自分が抱かれる側になるとは。
「はぁっ、あ、ン……っ、も、やだ」
「ここは嫌じゃないみたいですよ、ほら」
三本の指が孔をくぱりと開く。そこへ、ふぅ、と熱い吐息をかけられ、イルカは悲鳴を上げた。
「すごい……きれいな色。見せてあげたいくらいですよ」
「じょ、冗談言わないでくださ……あ、そんな、あぅんっ」
ぐにぃ、と孔が更にこじ開けられる。指の合間から入り込んできた弾力のあるものは、もしかしなくてもカカシの舌だろう。信じられない、あんなところへ口を付けるなんて。イルカの常識はこの短時間で次々塗り替えられて、追いつく暇も無い。
局部へ顔を押し当てたカカシは瞳を爛々と輝かせ、羞恥に染まるイルカの表情を食い入るように見つめてくる。イルカはどうにか彼を押しやろうと手を伸ばすが、力が抜けてただ肌に触れるだけで終わる。
指がばらばらに動き、イルカの襞を掻き回す。そこに舌が加わると、もう何が起こっているのかも分からなかった。快楽よりも羞恥が勝り、イルカは切れ切れに熱っぽい息を吐いた。
無理な姿勢に背筋がぴりぴりと痺れてきた頃、やっとカカシが秘所から顔を起こした。続いて指を引き抜き、そっとイルカの腰を下ろしていく。強張った足の付け根を優しく擦られるだけで悩ましい声が漏れ、顔がかっと熱くなった。
イルカが見つめる先で、カカシは自身の雄にとろりとしたものを垂らし、馴染ませるように数度扱いた。てらてらと光を反射するそれは固く反り返り、腹につかんばかりだ。
これが、今から俺の中に入るのか。
改めてその事実を突きつけられ、まじまじと見入ってしまう。彼の白い肌に反して赤黒いペニスは、どこか他の生き物のように感じられた。同じ男のものなのに、経験の無さのせいかイルカのそれはピンク色がかっている。肌が浅黒い分、そこだけ浮き上がっているようにも見えた。
「そんなに見ないで下さいよ、照れるでしょ」
「す、すみません」
自分は散々人のあられもない姿を見ておいて、と思うが、そう反論する間もなく膝をがしりと抱えられた。
「してもいい?」
ぐに、とあの太い陰茎が尻の割れ目に押し当てられる。そのままずりずりと上下されると、孔が擦れてひくりと腹が震えた。
「だめって言ってもするんでしょう……っ」
「しませんよ。それくらいの理性は残ってます……でも、良いって言ってほしい、かな」
そう言ったカカシの瞳が、ひたりとイルカを捉える。片方だけの、灰色の瞳。巴も何も宿していないその瞳に、どうしてか吸い込まれてしまいそうだ。もしイルカが拒めば、本当に引いてしまうだろう。そこでぷつりと切れる自分たちの関係が、惜しく思えた。身体のひとつやふたつ、くれてやっても良いくらいに。
「いい、ですよ」
「……本当?」
「気が変わらないうちに、早く……わ、あっ、あぁっ」
散々慣らされたはずなのに、いざ先端を受け入れるとなるとぴりりと痛みが走る。圧迫感も強く、身体が後ずさりそうになる。しかし、覆いかぶさるカカシは眉を寄せ、先ほどまでの余裕めいた表情が消えていた。そこに初めて彼の必死さが見えて、胸の奥がきゅんと疼く。
可愛い顔しちまって、良い大人が。
イルカの口元に、自然と笑みが浮かぶ。それに気づいたカカシが怪訝な顔をしたが、イルカは言葉の代わりにその首に手を伸ばし、ぐいと引き寄せた。
頬に手を添え、唇を合わせる。ふに、と柔らかい感触はすぐさまねろりとした舌に取って代わる。
舌を絡め、甘く吸いながらカカシがイルカの中へゆっくりと、深く入り込んでくる。
痛くて、熱い。だが不思議と、心の中のどこかが埋められていくような不思議な感覚があった。
「ふっ………ン、ぅ……」
「は……あったか……痛いでしょ、平気?」
「だい、じょうぶ、です」
「ん、ごめん、すぐ出すからちょっとだけ我慢して……」
ぎゅう、とイルカを抱きかかえるようにしてカカシが腰をゆっくりと前後させる。中の杭を引き抜かれる時にはぞくりとしたものが背筋を這い、また突き入れられる時にはひきつるような痛みと共に、頭が痺れる程の快感が走った。
初めてなのに、こんなに気持ち良くなってしまっていいのだろうか。素質があったと思いたくは無いが、それだけカカシが丁寧だとも言える。こんな、どこにでもいるような男を相手にして。
大きく開いた足には脛毛だって生えているし、口から飛び出す喘ぎも甲高いとは言え男のものだ。それなのに中を貫く杭は固くて、耳にかかる吐息は熱い。
興奮しているのだ、俺相手に。そんな姿を見せられたら、この行為に意味を見出してしまいそうになってしまう。いっそ言葉も無く乱暴にしてくれたら良かった、それならすぐ忘れられるだろうに。
一定のリズムで深い場所を突いていたカカシが、はぁ、と息を吐いて起き上がる。抱えられていた膝が下ろされたかと思うと、今度は浅いところをに切っ先が当たった。
「あっ」
ぴくん、とイルカの茎が震える。先端からじゅわりと先走りが滲み、きゅんきゅんと熱がそこに集まってくるのを感じた。
カカシはイルカの腿を撫でながら、その浅い場所を狙い撃ちするかのようにとんとんと突いてくる。
「あ、あ、やっ、そ、そこ、痺れる、痺れちゃうから、いやだっ」
「うん、ここでしょ?」
「あっ、そ、そこぉ……っ」
透明な液体が鈴口から溢れ、茎を伝って茂みに溜まっていく。突かれる度にぶるんっと震えるものだから、腹の辺りにもねばついたものが飛び散っていた。
あ、あ、と短い声を漏らしながらイルカは力無く畳に指を滑らせた。いつの間に解けたのだろう、乱れた髪が散らばり、畳の上に意味の無い模様を描くのが見えた。
もう、出してしまいたい。内側に溜まった熱は放出を求めて限界まで張りつめていた。
思わず下肢に伸びた手は、しかしカカシに捉えられる。節の固い、長い指がその手に絡まった。
「お、お願い、いかせて」
「今出しちゃうと辛くなるから、もう少し、ね」
人を散々追い詰めておいて、と思うが、そう言ったカカシの顔がやけに優しいものだから、イルカは黙って彼の手を握り返した。
鍛え上げられた肉体が、汗で光っている。真夏でも目元まで布で覆ってなお涼しい顔をしていたのに、こんな男相手にそんな、必死になって。
胸の奥がきゅんと疼く。それに呼応するように後ろを締め付けてしまい、カカシがう、と眉を顰めた。
「やばい……俺の方が出ちゃいそ」
イルカの腿が、ぐ、と押し上げられる。腰が少し浮き上がり、彼の雄が再び奥まで侵入してきた。
「あ、あーっ……」
深いところに熱を感じ、イルカの口から細く長い吐息が零れる。
カカシが手を伸ばし、イルカの腹に触れた。臍をぐるりと撫で、その下の肌をぐ、と押さえる。
「ここまで入ってるの、わかる?」
彼の手のひらが押した場所が、内側からも圧迫された。ああ、これが“イイ”ところだ。全身からぶわりと汗が噴き出るような感覚。その一点が熱くて熱くて、勝手に腰が動いてしまいそうになる。
「あ、ああぁ、わかる……わかる……ああ、やだ、いやだ、変になっちまう……っ」
ひくひくと身体が震える。涙がつぅ、とこめかみを伝って落ちた。
「変になっちゃってよ、俺しか見てないんだから」
言いながら、カカシが腰を蠢かせる。奥を抉るように、深いところに形を刻み付けるように。
細く長い、甘えた猫のような声が耳に届き、それが自分の声だと気づくには時間がかかった。ぞりぞりと内壁を擦る動きにも、奥をぐりぐりとこじ開けようとする動きにも、すべて感じ入ってしまう。
は、は、と荒い息を吐きながらイルカを揺する男の指が、胸に伸びた。勃ち上がったままの突起をくりくりと摘ままれ、いっそ女のような、はぁんと高い声が漏れた。陰茎がきゅんきゅんと疼き、後ろに咥えたものまで締め付けてしまう。
「あぁ、んっ、カカ、シ、さん」
「ん、俺もイイ、よ」
濡れた瞳がイルカを見つめる。口の端が僅かに持ち上がっているのが色っぽくて、ぞくぞく、と震えが走った。もう一度名を呼び手を伸ばせば、屈んだカカシがその手を背中へと導いてくれる。
汗ばんだ肌、男の匂い。そのどれもが堪らなくて、イルカは彼をぎゅうと抱きしめた。耳元で、カカシが息を詰める。
「カカシさん、カカシさん……ン、う……あ」
呼んだ名前ごと呑み込まれるように口づけられ、互いの唾液が咥内でどろどろに混ざり合う。イルカは必死で舌を絡め、速さを増す突き上げに耐えた。一突きごとに、脳天まで痺れるような感じがする。このままどこかへ連れて行かれそうな気すらして、背中に回した手に力が入った。
「あっ、あぁ、は、あ、ああんっ」
めちゃくちゃにも思える速さで身体の中を掻き回されている。カカシの背の向こうで足が宙に揺れているのがぼんやりと見えた。二人の腹の間で擦れた陰茎からは白濁が飛び出ているのだけれど、この時のイルカには自覚できていなかった。
肌のぶつかり合う響きと共に、ぐじゅぐじゅと濡れた音が下肢から聞こえてくる。それがひと際大きくなった時、カカシがイルカの奥で動きを止めた。う、と小さく息を詰め、ぶるりと背を震わせる。
彼の身体の震えをつぶさに感じ、イルカもまた息を呑んだ。身体の中で、彼の一部がびくびくと跳ねている。中で出されているのだろうか、そういえばスキンを付けていたかも定かでない。男の身体に子種を注ぐなど無意味に思えるのに、何故かまた、胸の奥が淡く疼いた。
しばらく固まったように二人動きを止めていたが、ややしてカカシが腰を動かした。ずるり、と雄が引き抜かれる。あ、と無意識に声を上げてしまったイルカの頬に、小さな口づけが落ちてきた。
「痛みは無いですか」
控えめな声が耳をくすぐる。顔を振ることでそれに応え、再び頬に触れた唇を追うようにその端へ口づけた。
触れるだけのキスを繰り返して、やっとカカシが起き上がる。そうして、わぁ、と間の抜けた声を出した。
「何です?」
「いや、イルカ先生すごい出たなぁと思って……ほら」
カカシの視線の先を見れば、イルカの腹の上に白い溜まりができていた。くったりとした陰茎がその中央に鎮座している。
「あー、これは……出ました、ねぇ」
「ねぇ……少しは良かった、ってことですか、ね」
「はは、少しどころか……」
すげぇ、良かったですよ。恥ずかしさが勝って最後までは伝えられなかったけれど、カカシは照れたように頭をがりがりと掻いている。
「水、飲みますか」
「はい、すみません」
立ち上がったカカシが、いてて、とよろける。どうしたのかと聞くより前に、ばつが悪そうに彼が振り返った。
「畳の上でするのはあまり良くないですね。ほら、膝真っ赤」
見せられた彼の両膝は確かに赤く色を変えている。古いアパートの、ささくれだった畳。名うての上忍が情けないような顔をするのが面白くて、イルカは小さく噴き出した。
「そんなの可愛いもんでしょう。俺なんて腰がぎしぎし言ってますよ」
起き上がり腰を擦るイルカに、コップ片手のカカシが肩を竦めた。
「それはベッドでも一緒かも」
「はぁ、そうですか」
「ふふ、気の無い返事」
受け取った水を一気にあおって、たん、とちゃぶ台へ置く。
卓の上は飲みかけの酒やつまみが散らかっていて、行為の性急さを改めてイルカに突きつけた。
あぐらをかいて、ひとかけら残ったケーキをぱくりと口にしたカカシは、一体何を思っているのだろう。
まとまらない頭でその顔をじっと見つめていたら、ん?と彼が眉を上げた。
「これは一体、何だったんですかね」
ぽつりと零した言葉に、カカシはしばし動きを止め、うーん、と唸る。
「ま、夢みたいなもんですよ」
「夢、ですか」
「そうです。一夜の夢ってやつですよ。朝起きたら何もかも元通り。何も無かったことになる」
「何も無かったことにするんですか」
「あなたもその方が良いでしょう?」
男と寝るなんて、趣味も無いくせに。そう続いた言葉にムッとするが、ふ、と柔らかい笑顔を向けられ言葉に詰まる。
「ね、風呂でも入りましょうよ。後ろ洗ってあげますから。俺うっかり出しちゃったから、そのままだと腹壊しますよ」
「自分でしますから、結構です」
「そんなこと言わないで、まだ夢の中なんだから」
長い指が、イルカの髪を梳く。どこかくすぐったい仕草に、イルカは目を細めた。
「じゃあ……俺が朝起きて、あなたが居なかったら夢だということにします」
呟いた言葉に、カカシが目を剥いた。
「はは、中々なこと言うね、イルカ先生。そんなこと言われたら迷っちゃうじゃないですか……あなたの寝顔は可愛いでしょうからね」
「迷えばいいんですよ、まだおじさんじゃないんでしょう?」
四つの年の差を引き合いに出せば、面白そうに彼が喉を震わせた。
「そうですね。……ふふ、変な人」
「カカシさんに言われたくないですよ」
両手で頬を挟むと、カカシが瞼を閉じた。こんな男前のくせに、俺に構ってどうしようっていうんだか。
むにゅ、と尖る唇を無視して、すらりとした鼻をきつく摘まんでやる。不満げに開いた灰色の目ににやりと笑って、ますます尖った唇へちゅうと口づけた。
明日の朝目覚めた時、彼は傍に居るのだろうか。
そうであれば良いと思う。少し困ったような顔をして、また可愛いと思わせてくれたら、それだけで良い。
カカシの唇の端、わざとらしく残ったクリームをぺろりと舐めて、イルカは甘い口づけにうっとりと目を閉じた。







End