Webオンリー「しのびきれない恋だから2」に参加した時の作品です。


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里に古くからある居酒屋には、賑やかな笑い声が満ちていた。

大戦、九尾の襲来、そして一年前の木の葉崩しでも戦火を免れた店だ。里の人間も愛着があるらしく、平日の夜だというのに満席だ。
その中の一人であるうみのイルカの目の前、使い込まれたテーブルには、空のジョッキが所狭しと置かれている。
誰ともなく声をかけ集まった、いつもの面子。年の近い四人の中忍たちは皆内勤であり気安いのは良いが、酔いが回ると話が下の方向に流れがちだ。
近くの席に女性客が一人でもいれば話は違うのだが、あいにく今夜の店内は男がほとんどだ。むさくるしい空気に初老の店主が顔を顰め、換気だなんだと言って窓を全開にする。途端に入り込んだ冷たい空気も、熱気を打ち消す効果は無かった。

「っだろ~? 参るよな、そんなとこ弄られてもよぉ」
「まあ確かにな、乳首弄られてあんあん鳴くのは女だけで充分だ」

事の最中、彼女に胸を愛撫されて困っている、というのが仲間の主訴だった。
がははと笑う同僚につられてイルカも笑う。いや、笑わなければならなかった。
ここで自分が「いや、乳首もいいものだぞ」などと言えば、明日からどんな目で見られるか分かったものでは無い。
途中、「胸で感じる男なんか居ねぇよ」とか、「変態じゃねぇんだから」とか、何気なく交わされた言葉がぐさぐさと胸に刺さった。
何の気なしに仲間が言っているだろう言葉にこれほど傷つくのには、理由がある。

里長こそ女性に代替わりしたとはいえ、忍びの世界が男社会であるのに変わりは無い。風体は様々であれど、皆持って生まれた性に沿って生きることを求められた。それが普通だと、教育されずとも身に染みて学んでいる。
男らしくない、と見定められればつまはじきにされるのはまだ良い方で、戦地であればその場限りの慰み者にされたうえ、見せしめとばかりに厳しい配置につけられる。
少なくとも、イルカが下忍の頃はそうだった。

「でもさ、可愛い彼女じゃないか。お前愛されてんだよ」

フォローのつもりでかけた言葉ですら、口にするのに努力を必要とした。
そうかなぁ、と照れを浮かべた同僚を他の二人が揶揄するのを、どこかほっとした心地で眺める。
気の良い連中なのだ。普段はこんなに気を遣いもしない。けれど、話が性的なことに絡んだ時だけ、イルカはひそかに緊張を強いられる。

自分の性的嗜好が他人と違うと、気付いたのはいつだっただろうか。

一般的に男が惹かれるであろうグラマラスな女性の写真に、ただきれいな人だなという感想しか持てなかった。部隊中が見惚れていた可愛いくのいちは、イルカにとって危なっかしい後輩にすぎなかった。
それよりも、汗を拭う戦忍の逞しい二の腕や太い首、低い笑い声に胸が躍った。
同性に惹かれる性質だと気付いても、里に一軒だけ存在する陰間茶屋に赴く勇気などまるで無い。イルカの慰めは専ら自分の指と妄想だ。
逞しい男に組み伏せられる妄想を繰り返すうち、イルカの身体は感じやすく変化していった。仲間たちの笑う、乳首だって立派な性感帯だ。
男が好きなこと。胸で感じてしまうこと。ふたつとも、決して誰にも言うことは無い。自分だけの秘密だ。
性的な話題を過剰に警戒しすぎたせいで、女性の裸を見れば鼻血を流すようになったイルカを、皆は奥手だとからかう。
それでいいのだ。ばれなければ、それで。

それにしても、落胆が大きいのは目の前の同僚に僅かながら好意を抱いていたことがあったからだろうか。いいな、と思っていた相手に、無意識とはいえ蔑まれたのだ。
顔には笑みを浮かべながら、イルカは内心深いため息をついていた。

そんなイルカは、視線を感じふと顔を上げる。少し離れた通路に立っている男と目が合った。
あれ、と思い会釈をすれば、視線の主、はたけカカシもまた小さく頭を下げた。
奥の小座敷から出てきたのだろうか、同じ店内に居るとは気づかなかった。
カカシはイルカから視線を外し、店主と短く言葉を交わした後、また同じ通路を戻って行った。ポケットに両手を突っ込み、背中を丸めた格好はいつもの通りだ。
逆立った銀髪を視界の端に捉えながら、イルカは手元のジョッキをぐいとあおった。

「なあ、今はたけ上忍いたよな」

隣の同僚が言う。イルカは曖昧に頷いて、鼻傷をぽりりと掻いた。

「奥からガイさんの声がしてたから一緒に飲んでんじゃねぇの? いいよな、ライバルってやつは」
「熱いなー」

ガイさん、とは言わずと知れた、マイト・ガイ上忍のことだ。
上忍とはいえ、快活で下の者にも分け隔てなく接するガイは内勤の忍びに人気が高い。その証拠に、他の上忍とは違い『さん』付けで呼ばれている。イルカもガイには親しみを覚えていた。体術だけで一流の忍びにのし上がった彼のことを尊敬もしている。

そのガイと席を共にしているらしいカカシとは、今は里に居ない教え子を通じた交流がある程度だ。
子供を交えてラーメンを食べたり、いつだったか温泉に行ったこともある。
今でも受付にカカシが来れば短く会話することはあるが、二人で飲みに行くなどという間柄では無い。

けれど、イルカはカカシに対して尊敬や親しみとは別の感情を抱いていた。
少し目が合っただけで胸が締め付けられるような、厄介な感情を。


◇◇◇


「よーし! 二軒目行くぞー!」

威勢よくがなる酔っ払いを他の二人に任せ、イルカは帰路についていた。
持ち帰った仕事がある、と言ったのは嘘ではないが、急ぎのものでは無い。
何となく普段とは違う気疲れがあり、アパートに向かうイルカの足は重かった。

もうすぐ季節が変わる。夜道を歩いていても、頬に触れる風が幾分か穏やかだ。
あれきりカカシは小座敷から顔を出すこともなく、イルカたちが店を出る頃になっても襖は閉じたままだった。
次に会えるのはいつだろう。
里長が代替わりして一年になるが、カカシが里でゆっくりしているところなど見たことが無い。長期短期問わず、引っ切り無しに任務へ出ていた。
そんな彼と一時の休息を共に過ごせるとは、正直、ガイが羨ましい。

「女々しいなあ……」

ぽつりと呟く。いつの間にか下を向いていたようで、視界に入る汚れたつま先が更に気分を落ち込ませた。
男なのに胸で気持ち良くなってしまうことも、カカシが気になることも、悩んだって仕方がないとは分かっている。一生心に秘め、墓まで持って行く秘密なのだから。
それでも、何だか今日は気分が沈んだ。自分が人と違うのだと、改めて思い知ったからだろうか。
とぼとぼと、重い足を引きずりながら歩いていた時だ。

「イルカ先生?」

暗がりから突然声をかけられ、イルカは咄嗟に暗器へ手を伸ばした。

「ああ、すみません。俺です」

路地からひょこりと顔を出した人物に、イルカは小さく息を呑んだ。

「カカシさん」

さっきまで心の中を占めていた男の登場に、別の意味で身体が緊張する。暗器を離した手で鼻を擦り、どうしたんです、とこちらへ向かうカカシへ声をかけた。

「いやね、ちょっと追われてまして。撒いてるうちにイルカ先生の姿が見えたものだから」
「撒いて? 良いんですか、ガイ先生でしょう」
「おや、お気づきで。まぁいいのいいの、見つかったらまた勝負だなんだって煩いし。ところでイルカ先生の家、この近く?」
「え、ええ」
「ちょうど良かった。かくまってくれません?」
「えっ?」

ぱん、と手を合わせるカカシに戸惑っていると、遠くからイルカでも分かる怒涛の気配が近づいているのが分かった。近づくというか、押し寄せるといった勢いだ。深夜ということを慮ってか音も煙も立てていないが、何と言うか、圧が凄い。

「ほら、もう捕まっちゃう。急いで!」
「え、え、カカシさんっ」
「走って!」

どん、と背中を押され、イルカは訳も分からず走り出した。屋根を飛べば視認されやすいと思い、ひたすら路地を縫って自宅を目指す。カカシはイルカの後ろへ息も乱さずついてくる。
アパートの外階段を音も無く駆け上がり、部屋の扉を閉めたところでカカシが結界を張った。近くで、尋常でない速さで周囲を飛び交う気配がする。ひそめた、それでも充分大きな声でカカシを呼ぶ声も聞こえた。近所迷惑では、と思いつつ、印を結んだままの格好で扉を睨みつけるカカシをちら、と見た。

「そこまでしなくても良いんじゃないですか」
「イルカ先生はあいつのしつこさを分かっていないからそういうことが言えるんです」

真剣な目で見つめ返され、イルカは黙って頷いた。
それでなくとも狭い玄関で、未だ二人ともサンダルも脱がずに立っているのだ。なるべく近くで顔を見ていたくない。

しばらくすると、ガイの気配も遠ざかる。カカシが緊張を解いたのを見計らい、イルカはそそくさと脚絆を解き、これまた狭い三和土へと上がった。
カカシさんもどうぞ、と促せば、幾分か緊張の解けた顔でカカシが礼を言った。

台所とひとつながりになった、居間の明かりを点ける。
親から受け継いだ卓袱台だけが目立つ部屋は、いつも通り散らかっていた。来客など想定していないのだから仕方がない。

「すぐ片付けますんで、座ってて下さい」
「悪いね、手伝おうか」
「いやいや! 滅相も無い」

今朝、遅刻寸前で脱ぎ捨てていた寝間着をかき集めて洗濯機へ放り込む。取り込んだまま放置されていた洗濯物はまとめて押し入れへ突っ込んだ。
最近自炊をさぼっていたため、台所周りがきれいなのが救いだ。

以前はもうちょっとまめに家事をしていたのだが、木の葉崩し以降業務が増え、生活が後回しになっている。
カカシが来ると分かっていれば、この部屋に塵一つ落ちていなかっただろう。

寝乱れたベッドが多少気になるが、襖を閉めてしまえば関係無い。
カカシはイルカが勧めた座布団へ腰を下ろし、あぐらをかいてきょろきょろと部屋を見回していた。

「ここって中忍住宅? こんな感じなんですね」
「はは、上忍のマンションとは全然違うでしょう。ここなんて、中忍向けの中でもひときわ古くて」
「古い建物が残ってるのは良いことでしょ。それに、俺の住んでるとこもマンションだなんて良いものじゃなーいよ」

確かに、九尾の災厄や木の葉崩しに遭った里において、特に中心部は築年の浅い建物が目立つ。あの居酒屋も、一歩間違えれば建て替えを余儀なくされていただろう。
カカシにそう言われてみれば、隙間風や雨漏りに悩まされるこのアパートも悪くないと思えるから現金なものだ。

「何か飲まれますか?」
「すぐお暇するから、お構いなく」
「そうは言っても……」
「じゃあ、一杯だけもらおうかな」

にこりと目を細めたカカシにどきりとする。引き留めたようで恥ずかしいなと思いながら、イルカは鼻傷を掻きつつ冷蔵庫を漁った。
中身の寂しい冷蔵庫には、かろうじて発泡酒が二缶だけ残っていた。つまみになるようなものが見当たらず、食器棚の上から以前買ったスナック菓子を取り出し、ちゃぶ台へと運ぶ。

「すみません、こんなもんしか無くて」
「何言ってるの、突然来たのは俺でしょ」

畳の上にあぐらをかく。カカシが自分の座布団を寄越そうとしたので、押し入れを漁ってもう一枚の座布団を引っ張り出してきた。
カカシはこういったことに頓着しない性質かと思っていたが、意外と気遣いの人なのだなと今夜初めて知る。
ぷしゅ、と音を立ててプルタブを持ち上げれば、やっと落ち着いて向かい合うことができた。
小さく缶をぶつけて、ぐびりと喉に流し込む。さわやか、と言えば聞こえは良いが、やや薄い麦の香りが鼻を通り抜けて行った。中忍の、しかも内勤の給料では本物のビールなどおいそれと冷蔵庫に常備できないのだ。
口布をしたままで飲んだカカシが、ふぅ、と言って缶を置いた。右目がいつもより更に眠たげに細められている。

「お疲れの御様子ですね、カカシさん」
「そうね、一度あいつと追いかけっこしてみたら分かりますよ、イルカ先生も」
「あはは、俺だとすぐに捕まっちまいますよ」
「そんなことないでしょ。結構鍛えてんじゃない? 時々演習場借りて鍛錬してるでしょ、何度か見かけましたよ」
「えっ、あ、そ、そうだったんですか、いやはやお恥ずかしい……」
「何が? 動きも悪くないし、その気になれば上忍試験も狙えるんじゃないですか」
「いやいや、それは……」

思いがけず持ち上げられ、尻のあたりがむずむずとする。
イルカはぽりぽりと鼻傷を掻き、熱くなる頬をどうにか誤魔化そうと俯いた。

「俺はね、向上心のある人は好きですよ」

平坦なトーンでカカシが言うのに、ますます顔に血が上る。
他意が無いと分かっていても、彼の口から好き、という言葉を聞いたものだから胸が弾んでしまう。

「当たり前のことですよ。……カ、カカシさんこそ任務の間も鍛錬に充てられて、それこそいつ休んでるんだって俺らの間じゃ時々話題になるほどで」
「俺ら、ってさっき一緒に居た連中のこと?」
「ええ、内勤仲間なんです。といっても教師は俺だけで、あとは暗号班だったり色々ですけど」

どうにか話題の矛先を変えることに成功したが、カカシがふっと視線を伏せる。
口布の下、引き結んだ口の端がくいと上がるのが見えたような気がした。

「何だかイルカ先生、つまらなさそうでしたね」

思いがけない言葉に息を呑む。
たった一瞬視線が合っただけだったというのに、カカシにはイルカがあの時感じていた居心地の悪さを見破られたのだろうか。
イルカは無意味にうーん、と呟き、中身の少なくなった缶を手の中でくるりと回した。

「そんなこと無い――です、よ」

歯切れの悪さに自分でも苦笑いしてしまう。
変に隠してもばれているのなら仕方がない。イルカは苦い笑みを浮かべたまま、上目にカカシを見た。彼もまた、少し意地悪そうに笑っていた。


◇◇◇


結局カカシは長居することに決めたようで、気分を変えるためイルカが出してきた焼酎にも口をつけている。
イルカはとっくに額当ても取り、部屋着とはいかないまでも忍服の上下でくつろいでいるが、カカシはベストを脱いだだけだ。額当ても口布も、手甲だって身に着けている。

ガードが堅ぇなぁ。
心の中でぽつりと浮かんだ言葉に、イルカはぶんぶんと頭を振った。どこかで聞いたような台詞だと記憶を辿れば、流し見したドラマで女性を部屋に連れ込んだ、軽薄そうな男が言っていたのだと思い出す。
これではまるで、自分がカカシを狙っているようではないか。いや、思いを寄せているという点では狙っていると言えなくもないが、まさか彼をどうこうしようとは思っていない。そう、いない――はずだ。
頭を振った拍子に乱れた髪を撫でつけていると、向かいでカカシがくくっと喉を鳴らした。

「イルカ先生、酔っ払ってますね」
「何を仰るんです、そんな訳ないでしょうが」
「そーう?」

つい語気が荒くなる。ふんふんと鼻を鳴らすイルカを前に、カカシは上機嫌だ。
イルカと同じくらいアルコールを入れているはずなのに、彼の顔色はちっとも変わらない。

任務を終え、あのむさくるしい居酒屋で数時間を過ごし、あまつさえガイとの攻防を逃れ走り回っていたとは思えないほどさらりとした白い肌。
銀の髪はふさふさと逆立ち、蛍光灯の下で時おりきらりと輝いている。
伏せがちの目は切れ長で、よく見れば睫毛までもが銀色だった。
口布の下は知らない。温泉を共にしたことがあるというのに、彼は素顔を晒さなかった。
しかし、布越しにもわかるすらりとした鼻筋、時折浮き上がる薄そうな唇は彼が色男の部類に入ることを伺わせる。

こんな良い男を、どうにかできるわけないんだよなぁ。
再び心の中で呟き、今度は口から長いため息が零れた。
ぐしゃりと卓袱台に突っ伏し、顔を横に向ける。

「やっぱ俺、女々しいんですかねぇ」

我ながら弱々しい声でそう言えば、カカシが後ろに沿っていた身体をもぞりと起こした。

「どうしてそう思うの?」
「実は――」

居酒屋での話題を説明する。カカシの前で、乳首が、とか、性感、などという言葉を口にするのは恥ずかしくもあったが、酔いに背中を押されイルカの口はよく回った。
これ以上ぼろを出さないためにも、秘密ひとつくらいなら話しても良いだろうと思ったのだ。肝心かなめのことさえ知られなければ、ひとつくらい。

男のくせに乳首が感じてしまうのだと述べながら、軽蔑されるならそれでも良いと思っていた。カカシなら、きっと他言はしないだろう。今まで近くもなかった距離が、もっと離れていくだけだ。

存外真面目な顔でイルカの話を聞き終えたカカシは、ふむ、と頷き、イルカに水を一杯差し出してきた。それを一気に飲み干し、蔑みの言葉に耐えようと目をきつく閉じたとき、とんでもない言葉が耳に飛び込んできた。

「そんなに気になるなら、俺で良ければ確認してあげましょうか? あなたが気にするほどのレベルなのかどうか」

へ? と間抜けに口が開く。
ぱちりと目を開ければ、カカシがにこりと笑みを浮かべていた。
確認。一体どういう意味だろう。
判じかねていると、カカシが「だから」と自分の胸を指さした。

「ここ、感じちゃうんでしょ? それがあなたの言う、女々しい――まあ、意味は違うと思いますけど、それほどなのか俺が確かめてあげますよ」

ベストの上、巻物ホルダーのあたりでカカシの指がすりすりと小さく動いている。自分がされているわけでもないのに、イルカは知らず喉を鳴らした。

「い、いいんですか?」
「匿ってくれたじゃない。お礼ですよ」
「お礼……」
「そ、だからイルカ先生は何も気にしないで」

ね、と当然のように言い切ったカカシに、戸惑っている自分の方がおかしいのではないかと思えてくる。
男同士でそんなのおかしいはずだ。でも待てよ、かつてはイルカも友達同士で性器の大きさ比べをしたこともあるし、身体の具合を診てもらうくらい普通の範囲じゃないだろうか。ただ判定をしてもらうだけだし、医療行為と言ってもいいだろう。
ほんの数秒の間に頭の中を巡ったあれこれを飲み込んで、イルカは「お願いします」とカカシに向かって頭を下げたのだった。


◇◇◇


自宅で誰かと飲むのが久しぶりだったからか、頭の中がふわふわとする。
イルカは背中に感じる熱に身体を預けながら、服の上から自身の乳首を撫でていた。カカシの胸にもたれているから、イルカの肩には彼の顎が乗っている。何故かカカシの腕はイルカの身体を囲うように腹の前で組まれ、見ようによっては抱きしめられている格好だ。

真正面から見られるのは恥ずかしいと言ったのは自分だが、とはいえこうして後ろから覗き込まれるのも相応に羞恥を煽られる。
布越しに先端をすりすりと擦ると、じんわりした快感が生まれる。ぴんと立ち上がったそれを指先で優しく摘まみ、左右にくにくにと捻れば股間にまでびりびりとした刺激が伝わってきた。閉じた膝を擦り合わせ、少し前かがみになる。

「見えないよ、せんせ」

耳元に低い声が聞こえる。耳朶に彼の口布が触れた。思ったよりさらりとしたその感触に、肌が粟立つ。

「す、すみません」

顔を起こし、再びカカシの胸にもたれる。ベストを脱いだ彼の、逞しく鍛えられた肉体に受け止められると、身体だけでなく心までもがきゅんと疼いた。
指先で先端をこりこりと弄っていると、次第に息が上がってくる。恥ずかしいことに寝室は明かりがついているのだ。カカシが明るい方が見やすいと言うからそういうものかと従ったが、今からでも消させてほしい。そう進言しようと思っていたところで、カカシが「ねえ」と囁いてきた。

「耳、真っ赤だね。気持ちいいんだ」

揶揄するでもなく、優しい声だった。素直にはい、と答えるのが恥ずかしくて口ごもったイルカは、しかしこれは自分が女々しいのかどうか彼に確かめてもらうための行為だったことを思い出し、震える唇をどうにか動かす。

「は、い……気持ち、いいです」
「そう。俺が触ってもいい?」
「え、でも……」
「うん、やっぱり見てるだけじゃ分かりにくいからね。俺が触ってあなたがどんな反応するかも確認しておかないと」

そういうものだろうか。カカシの落ち着いた声を聞いていると、それが当然なような気がしてくる。
イルカは自分が恥ずかしがってばかりなのを反省し、腹の前で組まれていたカカシの両手を掴んだ。

「すみません、お願いします」

左右それぞれの手を持ち上げ、自分の胸へと導く。黒いインナーに、カカシの白い肌がよく映えた。
勃ち上がった突起の周りを、布越しに彼の指がくるくるとなぞる。それだけでぴりぴりとした快感が湧き起こり、イルカの肩がびくりと跳ねた。

服の上からでは分からないが、イルカの乳首は淡い茶色をしている。乳輪はふっくらと盛り上がり、突起部分は長年の自慰行為により指で摘まめるくらいまで成長していた。教師になってからは同性の裸を見る機会が減ったが、男でこんな乳首をしているのはあまり見たことが無く、我ながら卑猥に感じる。

カカシにも先端が布を押し上げているのは見えているだろうに、どうしてか触れてくれない。周囲をくるくるとしつこいほど撫でられ、知らず息が上がった。
密着されているから、イルカの変化――浅ましく勃起した股間にも気付かれているに違いない。
一人でする時にはこんなに早く大きくならないのに、と思いながらも、じわじわと追い詰められるような性感に身体は熱くなるばかりだ。
とは言えもっと触ってくれとねだるのも恥ずかしく、イルカはもじもじと膝を擦り合わせた。肩に乗る彼の顔をちらりと見ると、細められた瞳とかち合って息を呑む。
まさか、ずっと顔を見られていたのだろうか。羞恥に心臓がどくどくと早鳴った。
その時、くい、と彼の口の端が上がった気がした。

「……あっ!」

ぴんと先端を弾かれ、無意識に声が上がる。
待ち望んだ刺激は想像以上に鋭く、胸の先にじんじんと痺れが走った。

「ここが感じるって、本当なんですね」

耳元でカカシが言う。それまで焦らしていたのが嘘のように立て続けにそこを弾かれ、イルカは断続的に短い喘ぎを漏らした。

「あっ、あっ、や、やめて、ください」

びくびくと身体が跳ねる。逃げようにもカカシの腕に囲まれていては敵わず、イルカは俯いて歯を食いしばった。視線の先で、カカシの白い指が器用に動いている。

「ん、あ、はぁ……っ、カ、カカシ、さん、も……もういいです、から……」
「駄目ですよ、もっとちゃんと確認しないと。ほら、腕上げてごらん」

上着がたくしあげられる。抵抗空しく首からすぽりと脱がされ、イルカはカカシの腕の中で素肌を晒した。
ひやりとした冷気が肌を撫でる。そのせいか肌が粟立ち、胸の粒もますます固くしこってしまう。

「すごいね、こんなになって」
「あっ、ひぁ」

指先で先端を撫でられる。皮膚の薄いそこをすりすりと緩くさすられ、尻がもぞもぞとシーツの上で踊った。
とてもじっとしてはいられない。電流のような快感をどうにか逃がせないかとカカシの腕を掴めば、硬く筋張ったその感触に今度は胸がどきりと跳ねた。
くく、と小さく笑う声がすぐ耳元で聞こえる。堪らなくなってシーツをきつく握り締めれば、次は両の胸を鷲掴みにされた。

「や、だ、だめです、俺、女じゃ……っ」
「女でもこんなに感じやすい子いなーいよ、せんせ」
「う、うそ、そんな……んっ、うあ、あっ」

筋肉を揉み解すように下から上へと揺らされ、合間に乳首を指の間にきゅうきゅうと挟まれる。童貞のイルカには、視覚的にも刺激が強かった。
されるままの身体が次第にずり下がり、終いにはカカシの股の間にくったりと寝そべってしまう。体力はある方だが、違うところがひどく消耗していた。
はあはあと息が上がる。上下する胸の頂で、真っ赤に腫れた粒がじんじんと疼いている。
汗ばんでいる自分と違い、見下ろしてくるカカシの顔は涼し気だ。

「確かに、エッチな身体だね」

ぴん、と右の乳首を弾かれイルカの口から悲鳴が上がる。
もう勘弁してほしい。下半身は勃起しすぎて痛いほどだし、今すぐ出したくて仕方がない。
これ以上されたらおかしくなりそうだ、と身体を丸めカカシに背中を向ける。頭上で、彼が小さく笑った気配がした。

「もう、勘弁してください……」
「なぁにそれ、俺が悪い事してるみたいじゃない」
「そんなこと思いませんから、もう、分かりましたから」
「何がわかったの? イルカ先生が、乳首弄られて女より乱れちゃうってこと?」
「……っ」

羞恥に唇を噛む。辱められているということは分かるのに、感じたのは屈辱よりも快感だった。

「……ねえ、イルカせんせ。こっち向いてよ」

カカシの指が髪を撫でる。つう、と地肌を撫で上げられ、ぞくぞくとした快感に肩がびくりと震えた。
おそるおそる顔を上げる。
しかしそこで視界に入ったのは、初めて見る彼の素顔だった。普段、当たり前のようにその顔を覆っている口布も、額当てすらも取り去られている。

「カカシさん、かおが」
「ん?」

甘やかすように彼が笑う。口の端が弧を描くようにゆっくりと持ち上がっていくのを眺めている間に、気付けばイルカは抱き起こされ、彼に向き合う形でその膝を跨いでいた。

重い瞼の下、切れ長の瞳がイルカを見据える。閉じたままの左瞼を走る傷は頬にまで伸びていた。すらりと筋の通った鼻は形が良く、思ったよりも大きな口の脇には目立つ黒子がある。
子供たちが見たい見たいと騒いでいたカカシの素顔を目の前にして、イルカはぽかんと口を開けた。
どうして、と疑問を口に乗せると、腰を支えていた彼の手がするりと移動し、イルカの唇を優しくなぞった。

「イルカ先生とキスするため、かな」

色の白い顔が迫ってくる。スローモーションのように近づく彼の素顔から目を離せずにいるイルカの唇に、ふに、と柔らかいものが触れた。
至近距離、もう全体も見えないほど近くにカカシの顔がある。
口づけられたのだ、と気付いた時には、ちゅ、ちゅ、と音を立てて唇がついばまれていた。

「あっ、ん、カカ、んっ、ま、待って」

肩を押して距離を取ろうとするのに、首と背中を押さえられていて身体を引くことができない。決して強い力ではないが、無理に動けば怪我をするという直感があった。名うての上忍に拘束されているのだ。少しの恐ろしさと、それを上回る情欲に背筋が震えた。

被虐の悦びを芽生えさせたイルカを読み取ったかのように、唇の合間から彼の舌が侵入する。
長く、薄い舌がイルカの慣れないそれを絡め取り、唾液をこそぎ取るように蠢いた。イルカの手は抵抗をやめ、彼の肩を緩く掴むだけだ。布越しに、傍目からは分からない盛り上がった筋肉を感じる。
顔だけでなく、この身体も全部見せてほしい。淡い恋心はいつの間にか醜い欲を伴い、イルカを駆り立てていた。どうせ一晩だけなのだ。カカシの気まぐれを逃したらきっと、一生後悔する。

肩に添えた手を滑らせ、じわじわとカカシの衣服をたくしあげる。
晒された素肌の感触にいちいち感じ入りながら半分ほど捲ったところで、口づけたままカカシが面白そうに喉を鳴らした。
ちゅぽん、と音を立てて唇が離される。

「せんせ、エッチ」

いやらしい笑みを向けられ、耳まで熱くなる。
すみません、と発した声は掠れていた。

「いいよ、俺も暑くなってきちゃったしね」

そう言って、カカシは自ら上衣に手をかけ、イルカの前でそれを脱ぎ去った。
浮き出た太い鎖骨、盛り上がった筋肉が蛍光灯の下に晒される。さっきまでイルカが触れていた左肩の少し下には、彼がかつて所属していたという暗部の証が紅く刻まれていた。
普段の彼からは意外なほどがっしりとした肉体だった。カカシを細身と評する者もいるが、それは間違いだと言ってやりたい。

ひとしきり彼の身体に見惚れていると、突然ぴんっと胸の尖りを弾かれた。

「あんっ、あ、あっ」
「イルカせんせ、俺の身体気に入った? 俺もね、あなたの身体好きみたい。ほら、こことか」
「あっ、あっ、引っ張っちゃ、だめです」

両の乳首を摘ままれ、ぐにぃと形が変わるほど引っ張られている。痛みと共に、じんじんと痺れる快感が股間へ直結し、イルカは何度も頭を振った。一度離されても、また摘まんで引っ張られる。
合間に指の腹で先端のなだらかな場所をくりくりと刺激され、ひぃ、と悲鳴のような声が漏れた。

「や……あっ、や、やめて、ください」
「やめてほしいの? 嘘でしょ、イルカ先生のこんなになってるよ」

つう、と布越しに裏筋を撫で上げられ、大げさなほど腰が震えた。先走りが漏れたのか、下着が濡れた感触がする。
カカシは欲に濡れた目でイルカを見ていた。
その目で、このはしたなく勃起した場所も見てほしい。いやらしい言葉でなじってほしい。
今なら、その言葉だけで達してしまいそうな気さえした。

けれど、カカシはそれきりイルカの股間には目もくれず、時間をかけて胸を弄ってきた。しまいにはぷちゅりと吸い付かれ、唾液が滴るほど舐め回されてしまう。

「ねえ、先生って地黒? なのにここだけ妙に色が淡くて、エッチだよねぇ。大きいのは元から? それとも、おっきくなっちゃうくらい自分で弄ってたのかな」

わざと見せつけるように舌先で先端をちろちろと擽られる。ただでさえ感じて仕方がないのに、いやらしいことを言われれば頭の中まで痺れるようだ。

「ね、答えてよ。聞いてるでしょ」
「あぅっ! や、か、かま、ないで……っうぅ、じぶんで、自分でいじって、たから、おっきく……あぁっ、あ、あん」
「へーえ、そうなの。恥ずかしがること無いじゃない。言ったでしょ、俺、向上心のある人は好きだって」
「で、でも……」

それを向上心と呼んで良いのだろうか。男なのにこんなに大きくして、淫らに感じてしまうなんて恥ずかしいじゃないか。内心そう思いながら彼から顔を背けると、ふ、とそこへ息が吹きかけられた。

「じゃあ、もっと大きくしちゃおうかな」
「あっ、やだ、いや、あ……あぁーっ」

左の乳輪ごとがぶりと噛まれ、そのままじゅうじゅうと吸い上げられる。逆に、右側は唾液に濡れた指先で先端をぬるぬると擦られるばかりで、相反する強い快感に一瞬視界が白く染まる。

「……っひ、ぃ……」

かくかくと身体が小さく痙攣する。射精を思うほどの快感だったが、しかし下着の中に吐精した感触は無かった。
背中を抱いていたカカシの、腕の力が弱まるのにつれて、イルカの身体の強張りもとけていく。薄く開いた視界はぼやけて、滲んでいる。

くたりと力の抜けた身体を、目の前の男に預ける。鍛えられた肉体はびくともせずイルカの体重を正面から受け止めた。
こめかみにカカシの唇が触れる。べろりと舐められたのは汗だろうか。
自分の呼吸の音がやっと聞こえてきた。ずいぶんと速く、吐き出される息が熱い。

ひとまとめにした髪をくい、と引かれた。促されるまま顔を上げ、当然のように唇を奪われる。歯のひとつひとつを辿られ、舌先で上顎をずりずりと刺激されるとまた、身体が震えた。
こんな快楽、知らない。
胸を弄られただけでここまで追い詰められてしまうのなら、その先に進んだらどうなってしまうのだろうか。
胸の中に、僅かな恐怖が芽生える。一晩でいいから彼がほしいと思ったばかりなのに、だ。それほど、強烈な快感だった。

うまく回らない頭をどうにか動かし、もう終わりにしたいと告げようと思った時だった。
抱き寄せられ、ぴたりと密着した股間に、何かがぐり、と押し付けられた。

「あ……」

続けざまにぐりぐりと股間を硬いもので刺激され、イルカの口から知らず唾液が零れる。
イルカを膝に乗せたカカシが、艶めかしい表情でこちらを見上げてきた。眠そうな、と揶揄されがちな眼差しが、セクシャルな色を持ってイルカを見つめる。

「あなたのやらしいとこ見てたら、こんなになっちゃった」

こんな、と言いながらまた股間を固いもの――カカシの勃起した陰茎で刺激され、息が詰まる。腹の奥を突き上げるような快感に、涙が滲んだ。

「ねえ、イルカ先生が胸で感じるのが女々しいって言うなら、そんなあなたを見て勃っちゃう俺は何なんだろうね?」
「わか、んないです」
「ふふ、でしょ? いちいちね、考えなくたって良いんですよ。人と比べたって、意味はないでしょ。そもそもこんな可愛い人、他にいるわけ無いんだから」

くり、と、尖ったままの胸を指先で転がされる。鼻の奥から、くぅん、と子犬のような音が漏れた。

「……ね、やらしいこと、しよっか」

低く、艶のある声が耳朶を撫でる。秘め事のように囁かれたその言葉に、イルカはこくりと頷いた。


◇◇◇


銀色の髪が股の間で揺れている。
ありえないはずの光景を眺めながら、イルカは息を上げて自身の胸に手を当てていた。
正確に言えば、二本の指で己の乳首を挟んでこねくり回している。命じられたからだ。今イルカの股座に顔を埋めている、はたけカカシに。

「……は、あっ、……ふ……う、うぅ……っ」

ぐちぐちと、ねばついた音が下肢から聞こえてくる。カカシが腰のポーチから取り出したパウチ式のローションはずいぶん粘りが良く、指を二本に増やされてもそこが引き攣れるような感覚は無かった。
痛くないわけではないが、それを堪えられるほどカカシの愛撫は丁寧で、熱心だ。
自分の指や、ささやかな道具で拓いてきたその場所に、今はカカシの長い指が二本、納められている。そして――

「ああんっ」

ぬくり、と、言いようのない感触で肉襞を内側から舐め突かれ、イルカの口から高い声が漏れた。
彼の二本の指の、さらにその端へ挿し入れられた舌は、予想もつかない動きでイルカを翻弄する。
まさかこんな場所を舐められるだなんて思いもよらず、始めはどうにか拒否していたが、いつの間にか押さえ込まれこの有様だ。

いつも自分でそこを触る時には必ずスキンを指に嵌めている。それを思うと、直に触れられ、あまつさえ舌を突っ込まれているこの状況に罪悪感にも似たものがこみ上げた。
尻を洗浄せずに事に及ぼうとしていたカカシを何とか止めて、風呂場で何度か洗い流してはあるが、完璧に準備ができているか自信は無い。
しかも、途中で彼が風呂場へ乱入してきたものだから、自分で拡張する暇も無かった。
戸惑うイルカをベッドへ運び組み敷きながら、胃腸は強い方だから、と呟いた彼の言葉の意味を今、思い知らされている。

「ん、あ、……あっ、あぁ……」

けれど、罪悪感が霞むほど、その行為はイルカに快感をもたらした。
舌でぐにぐにと孔のふちを内側から広げられながら、中の良い場所をわざと避けて指が前後する。ああ、ああ、と声に涙を滲ませ、イルカはただ喘いだ。
自分でも経験したことがないほどそこを拡張されているのが分かる。時おり、左右にぐにぃ、と広げられるのだ。
腰の下に挟まれた枕には、きっと染みができているだろう。

あの場所を触ってほしい。あの、ひどく感じる場所を。決定的な刺激を与えられないまま、快感が澱のように腹の奥へ沈殿していく。
勃起したままの陰茎からはしとどに先走りが溢れ、へその周りにいやらしい水たまりを作っていた。堪らず自分で擦ろうと伸ばした手はカカシに弾かれ、シーツを掴むばかりだ。
大きく開かされた足がぶらぶらと空中で浮いている生々しさに、これが夢でなく現実なのだと思い知らされる。

しつこいほどイルカの陰部を舐めしゃぶっていたカカシが、しばらくして顔を上げた。唾液で濡れた口元をぐい、と腕で拭う仕草にまで、ぞくりとする。

「ねえ、せんせ。お尻も自分で弄っちゃったの? それとも、誰かに開発してもらったのかな」

カカシの声は僅かに上擦っていた。興奮しているのだ。その証拠に、股の間からちらりと見えた彼の陰茎はきつく反りかえったままだった。
後ろに埋められたままの指が、答えないでいるイルカの中で何かを探すように動く。ぐり、と抉られたのは、ずっと触って欲しいと思っていた快楽の塊だ。突然の強烈な快感に、目の前に火花が散る。

「あああっ! う、あぁっ、じ、自分で、ひとりでやり、ました……あっ!

正直に言ったのにカカシは手を止めてくれない。
それどころか今まで焦らしていたことが嘘のようにぐにぐにとそこを揉みこんでくるものだから、イルカは許しを請いながらシーツの上でのたうった。

「ひ、ひぃ、おね、おねが……っ、やめて、いく、いく、いくぅ~~~~っ!」

急に視界が狭まり、がくがく、と下半身が痙攣する。尻に埋まった二本の指をぎゅうぎゅうと締め付けながら、イルカは精を吐き出した。腰が、背中までもが浮き、ほとんど肩で身体を支えるような格好だ。
自分がそんな状態であると自覚する余裕もなく、イルカは陰茎から二度、三度と断続的に白濁を吐き出すと、ずるずると崩れ落ちた。胸が激しく上下し、時おりぴくんと身体のあちこちが跳ねる。

「やーらしいね、イルカ先生は。興奮しちゃうな」

息を荒げ放心状態のイルカの足の合間から、ずるりと指が引き抜かれた。その刺激でまた、陰茎から少量の精が飛ぶ。
カカシは引き抜いたばかりの指をじい、と見ると、おもむろにそれを口に含んだ。粘液にまみれた二本の指を、見せつけるようにしてねぶっている。想像したこともない淫靡な光景に、乾いた口の中に唾液が溢れた。

力が抜け、シーツに投げ出された足をカカシの手が掬い上げる。膝を曲げ、左右にぐいと広げた間に、カカシがずいと腰を進めた。
射精し、くったりとしたイルカの陰茎の下、ぶらさがった双球にカカシの先端がずりずりと擦り付けられる。緩慢な刺激にイルカの口からは呻きが漏れた。
カカシは感触を楽しむようにイルカの股間のあちこちに雄を擦り付けたあと、濡れそぼった孔にそれをぐりぐりと押し当てた。
少しのおそろしさに、イルカの喉がひきつる。だが、カカシは決して強引に腰を進めてはこなかった。
イルカの腿を撫で、抱えた膝に口づけながら、艶っぽい視線をこちらへ向けてくる。

「入れても、いい?」

優しく問われたイルカは頷こうとして、しかし、ためらいを口に乗せた。

「で、でも、ちんぽいれちゃったら俺……女の子になっちまう」
「まぁだそんなこと言ってるの。大丈夫、ならないよ、こんなに大きなペニスつけた女の子なんている? イルカ先生はどこから見ても逞しくて、男らしくて、格好良い人だよ」

萎えた陰茎を、うやうやしくカカシの指が持ち上げる。指先で優しく先端を擦られると、残滓がぴゅるりと漏れ出した。

「お、おれ、男らしい? 本当に?」
「そう。ケツにちんぽ入れたくらいじゃ変わらないよ。だから、ほら、ね」

腰の肉に、指が食い込んだ。逃げられないよう固定されたまま、ぐう、と太いものがイルカの初めての場所を押し広げ、ゆっくりと中に入り込んでくる。

「んあうっ」
「あー、あったか……すっごい、とろっとろじゃないの。ねぇ、分かる? 俺のちんぽが先生の中に入ってるの」
「わっ、わか、わかる、わかります、あっ、あぁ……」
「すごいね、きゅうきゅう吸い付いてくるよ。話聞いてなきゃ初めてって思えなかったくらい。これも才能かなぁ、ね? イルカせんせ」

ね、と言われ、わけもわからず頷いた。指で解されたとはいえ、カカシの太く、長い陰茎は慣れない場所へ痛みももたらす。張り出した雁首にめいっぱい広げられ、ぐぅ、と低い呻きが漏れた。
カカシにしても締め付けが強すぎて痛いだろうに、そんなことはおくびにも出さずに彼はイルカを熱心に見下ろしていた。少しの反応も見落とさないと言いたげに、濃灰色の瞳がめらめらと燃えている。

狭道がじわじわと貫かれていく。
イルカは堪らず彼の腕に縋った。微笑んだカカシが、両の手でイルカの腰をがしりと掴み直した。そうして、入ってきた時と同じようにゆっくりと雄を引き抜いていく。

「あ、あ、あぁ……」

押し入れられる時とは逆に、ぞわぞわとした快感が背筋を走る。もう抜けてしまうというぎりぎりまで引き抜かれたそれは、今度は慣らすように浅い抜き差しを始めた。
あっ、あっ、と揺さぶられるのに合わせて声が出る。孔の縁がその太さに慣れた頃、今度は膝の裏を抱えられ、角度を変えて突き上げられた。とん、と切っ先が当たったのは、さっき散々虐められた前立腺だ。

「ちゃんと、気持ち良くなりましょうね」
「ひっ……んっ、んあぁっ、うあっ、あぁっ、そこ、そこ、だめだ、やめて、あっ、あっ」
「駄目じゃないでしょ。良いなら良いって言わないと」
「ああっ! や、ごめ、ごめんなさ、いい、いいから……っあ、もう、またいく、いっちまうっ……うう、うぅ~~~っ!」

ぴぃん、と全身が突っ張る。びりびりと肌が痺れ、股間が燃えるように熱かった。カカシの腕に指をめりこませながら身体いっぱいで味わった絶頂はすさまじく、イルカはしばし意識を飛ばした。



ふっと気付いた時、まずひどく窮屈だと感じた。次の瞬間、ぐちゅぐちゅと濡れた音と共に法悦がイルカの全身を走り抜ける。

「んひぃっ!」
「あ、せんせ、起きた? ほら、おはようのちゅー」
「んぅっ、ん、ふうぅっ」

覆い被さり自分を犯すカカシに唇を、そして口の中をべろべろと舐め回される。無遠慮に注がれた唾液は嚥下する他なく、飲み込む時にうっかり相手の舌を軽く噛んでしまったばっかりに、お返しのように舌を甘噛みされ続けた。
生死を握るリスキーな刺激すら快感に変換され、イルカはカカシの下でびくびくと悶える。
気を失っている間に、膝が胸につくほど身体を折り畳まれていたらしい。深いところをカカシの雄に穿たれ、ひと突きされるたびに脳天へと快感が突き抜ける。
口づけをしながらもカカシは腰の動きを止めず、慣らされた肉壁は媚びるように彼に絡みついている。擦られ、突かれ、こねくり回され、イルカの腹の間はいつの間にか吐き出したものでしとどに濡れていた。

「せんせ、可愛いね。寝てる間もずっといってたよ」
「そ、んな、ひどいこと……あっ、んっ、あ、あっ」
「ほら、乳首引っ張ったら後ろきゅうきゅうさせちゃって。俺もう出ちゃいそ」

ぴん、と胸の突起を弾かれ、摘ままれ、イルカはぶんぶんと頭を振った。ひどいことをされているというのに、身体は感じて仕方がない。そして心も、背徳的な悦びにひたひたと侵食されていた。

「先生が打ち明けてくれたから、俺もひとつ秘密を教えてあげますね」

カカシの右目が、じいとイルカを見つめる。珍しく言いよどむ彼の瞳を覗き込めば、その目尻にさっと朱が差した。

「俺、あなたのこと好きなの。気付いてた?」

顔を寄せ、カカシが囁く。つられてぐぐ、と深くまで穿たれ、言葉を理解する前にイルカの喉がぐぅと鳴る。
苦しさに眉を顰めたイルカの顔を、白い指がつうとなぞった。それは目の下から、鼻を横切って通り抜けていく。幼い頃についた鼻傷を撫でられているとわかると、かっと腹の中が熱くなった。
カカシさんが誰を好きだって? 俺を? まさか、ありえない。
ざわめく心に証拠を突き付けるように、いま触れられたばかりの傷跡がじんじんと疼く。後孔を貫かれるより何より、あの優しく触れた指先が胸を揺さぶった。
わなわなと震える唇を小さく開く。

「……し……しらな、い」
「だろうね。あなたって本当鈍いっていうかなんて言うか……まあ、そこが可愛いんだけど」

カカシがくしゃりと顔を歪める。呆然とそれを見上げるイルカの唇に、ちゅ、と小さな口づけが落ちてきた。

「俺と、イルカ先生だけの秘密にしてね」

いたずらっぽくカカシが笑う。どこかあどけないその笑みに、行為の最中だということも忘れてイルカは見惚れた。
少し遅れて、自分も好きだと告げた方が良いのではと気付いた時には、カカシは律動を再開していた。
揺さぶられ、奥を突かれて身も世も無く喘ぎながら、イルカは彼の逞しい背に腕を回した。ぎゅうぎゅうと抱き着くとカカシの鼓動をダイレクトに感じる。汗ばんだ肌の下で蠢く筋肉、首筋から僅かに香る彼の匂い。そのどれもを忘れまいと、快感に白みかける思考を必死に繋ぎとめた。

好きだと言った。カカシが、自分を好きだと。
経験が浅すぎて、閨の中での言葉を素直に信じて良いのかすら分からない。けれど、彼と繋がっているこの瞬間は本物だ。
ふ、ふ、とカカシの吐く息が次第に速度を増していく。打ち付けられる勢いに翻弄され、貫かれるたびに絶頂の縁に立たされた。

「あぁ、あぁっ、ん、あぅっ、カ、カカシさん、カカシさん」
「イルカ、イルカ……好きだよ、ねえ、出すよ、俺の子種、先生の中に全部……っ」

肩を掴まれたまま一際強く突き上げられ、イルカは逃げ場もなく絶頂を迎えた。腹の奥で、びく、びくとカカシの雄が跳ねているのが分かる。
強すぎる悦楽に声も出ないが、どうにか意識を保っていられた。カカシが呼吸を荒げるのも、吐き出したものを奥へ擦り付けるように腰を動かすのも、はっきりと感じていられる。

しばらくして、呼吸を整えたカカシがイルカの頬に口づけてきた。ちゅ、ちゅ、と音を立てて顔じゅうに吸い付き、ずず、と雄を引き抜きながら、柔くなった乳首へもちゅうと唇を当てる。

「あ……っ」

ぴくん、と肩を跳ねさせ、イルカは小さく声を上げた。最中は恥も忘れていたが、事が終わると甘えたようなその声がやけに恥ずかしい。
カカシは陰茎を引き抜くと、それを拭いもせず、じいっと先ほどまで自分が収まっていた場所を凝視していた。
暴かれた後孔はきっと閉じきっていないはずだ。慌てて手を伸ばしてそこを隠すが、膝を左右に割られたままなのでどうにも間抜けな格好だ。
せめて布団を被らせてほしい、とカカシをちらりと見上げれば、なぜか彼はしゅんと眉を下げていた。

「ごめんね」

その言葉にぎくりとする。
やはり、好きだなんて言葉はその場限りの出鱈目だったのだろうか。顔を強張らせたイルカの、股間を覆う手にカカシの手がそっと重ねられた。

「ゴムつけずに入れちゃった。次は気を付けるから、今日はここ、俺に始末させて」

ね、と彼が首を傾げる。
一瞬きょとんとしたイルカだったが、言葉の意味を理解するや顔がかあっと熱くなる。

「そ、そんなの自分でやりますから」
「だーめ。自分じゃ見えないでしょ? そうと決まったら……」

徐にベッドから降りたカカシが、よいしょ、とイルカを抱き上げた。背中と膝裏に手を回し、まるでどこかのお姫様のような扱いだ。

「危ないから、捕まっててね」

拒否の台詞を口にしようとしたところを笑顔ひとつで封じられ、イルカは身を小さくして風呂場へ運ばれて行った。


◇◇◇


鳥の鳴き声で目覚めると、隣にカカシの姿は無かった。
宣言通り風呂場で散々後始末とやらを施され、よろよろしながらベッドへ入った時には一緒だったのだが。
ベッドを降り、ぼりぼりと腹を掻きながら居間へ行けば、ちゃぶ台の上に白い、小さな紙片が置かれていた。
手に取ると、「また来ます」と一言だけ書かれている。その横にはへのへのもへじのマークがひとつ。

「ふっ」

イルカの口に苦笑が浮かぶ。まだ早朝と呼べる時間だ。ベッドへ入ったのもずいぶん遅かったから、彼はろくに寝られていないだろう。
任務が入ったか、共に朝を迎える性分で無いのか。

カカシのことをまだ何も知らないな、と思いながら、イルカはその書き置きを唇へ押し当てた。



その日のうちに確認したところによると、果たして、彼は任務へ発ったようだった。
受付を通さない類のもので、帰還日をイルカが知る由も無い。
けれど、何をしていても、また来る、というあの言葉が頭をよぎった。
飲みの誘いを断り、残業をなるべく減らし、シフトの調整までして、しばらくの間イルカは夜の長い時間を自宅で過ごした。
十日経つ頃には業務の融通も利かなくなり、帰宅が深夜になることもあったが、それでもイルカはカカシを待ち続けた。

そうして、ひと月が過ぎたある日の夕方のことだ。
山盛りの資料を倉庫へ運んだ帰り、イルカは同僚と二人でアカデミーの廊下を歩いていた。いつもの飲み仲間のうちの一人だ。たまたま見かけたら前が見えないほどの巻物を抱えていたから、手伝ってきたところだ。
イルカはこのまま一度職員室へ寄って、荷物を取ったら次は受付業務に入らなければならない。

「綱手様も人使いが荒いよなぁ」
「まあ、仕方がないさ」
「お前にそう言われちゃあな、イルカ、受付の仕事もそろそろ下の奴に代わっちまえばどうだ?」

親切心で言ってくる同僚に肩を竦めて見せ、長い、真っ直ぐな廊下を進む。
階段に差し掛かったところで、下階から誰かが上がって来る気配がした。
同僚と二人、壁際に寄って踊場へ足を踏み入れたとき、イルカは一瞬息を止めた。

銀色の髪を天に向け、右目だけを晒した男――はたけカカシがそこに居たのだ。

「あ、はたけ上忍。お疲れ様です」

同僚の声にはっとして、言葉もなく頭を下げる。
カカシは今気付いたとでもいうように小さく頷き、「どーも」といつもの間延びした声を出した。

いつ戻ってきたのだろう。まさかこんな場所で会うとは思わなかった。
このひと月ずっと待ち続けた想い人の登場に、イルカは内心うろたえた。会ったらこんなことを言おう、あんな風に笑いかけよう、と考えていたことがすべて吹き飛んでしまう。

「イルカ先生、もう上がり?」

階段の、数段低いところでカカシが言う。突然名を呼ばれ、イルカは動揺を押し隠して顔に薄い笑みを張り付けた。

「いえ、これから受付なんです」
「そう、忙しいね」
「いえいえ、カカシさんほどでは」

ははは、と常を装って笑う自分を、驚いたように同僚が見てくる。カカシとイルカが親し気に会話しているのが意外なのだろう。あの夜の居酒屋では一言も交わさなかったのだから、さもありなんというところだ。

じゃあ、と会釈し、階段を一段降りる。同僚も一礼し、イルカより幾分か早いペースで降り始めた。
下から、ゆっくりとカカシが上がって来る。すれ違いざま、指先に何かが触れた。
それが何か意識する間もなく、絡め取られた指先を引かれ、唇にふに、と柔らかいものが触れた。口布越しの、唇の感触。
一瞬で離れていったそれに呆然とするイルカを、同僚の声が現実に引き戻した。

「おい、イルカ何してんだ、行くぞー」
「あ、ああ」

ばたばたと階段を駆け降りる。去り際、ふと視線を感じたが、見上げてもそこには誰の姿も無かった。
どくどくと心拍数が上がる。職員室までの道で、同僚の話はちっとも耳に入ってこなかった。

挨拶もそこそこに職員室を後にし、受付へと向かう間もイルカの中では先ほどの衝撃がまだ尾を引いていた。
と、ベストのポケットの中で何かがかさりと音を立てた。取り出してみれば、どこかで見たような白い紙片にひと言と、へのへのもへじ。

『今夜、行きます』

短い恋文に、膝の力がかくりと抜けた。