雪のちらつく夜だった。
冬の間、木の葉の里は冷え込む。高い崖に囲まれた地形のためか、冷気が底に溜まるように里の民を夜ごと震えさせるのだ。
そんな日は、どの店も閉めるのが早い。居酒屋ばかりは別だが、そもそもそれほど数も無い。酒宴にあぶれた者は大人しく家に篭り、熱燗を煽って冷たい夜をしのぐのがお決まりだ。特に、イルカのような独り者は。
今夜も一人でふて寝を決め込むはずだったイルカは、気の知れた来訪者に一瞬驚いた後、笑顔でドアを大きく開けた。いらっしゃい、と言葉をかけて。
「お邪魔します」
片方だけ晒された瞳を弓なりにしてぺこりと頭を下げたのは、四つ年上の友人だ。はたけカカシ。イルカの教え子だった、うずまきナルトの上忍師だ。この話をすると、元だろ、と意地悪く言われることもあるが、イルカは今でも彼らを一つのチームだと捉えている。今は別々の道に居るだけで、いつかきっと四人が揃うはずだ、と。
以前酔った勢いでそう言うと、カカシが珍しく照れたように目尻を赤くしていたのを覚えている。その日から、ぐんと距離が縮まったような気がした。こうして、互いの自宅を訪ねるようになるほどに。
任務帰りなのか、少し煤けたようなカカシに風呂を勧める。彼は遠慮せず、勝手知ったる風に風呂場へ向かった。その間に、手土産として渡された酒を燗にかける。父親が使っていた酒燗器は今でも現役で、15分もすれば湯気を立てて熱燗を仕上げてくれるのだ。
自分も風呂を済ませたばかりだったイルカは、夕食がまだだった。カカシも同じだろうと、コンビニで買ってきたつまみを皿に開け、冷凍庫を漁る。木の葉マートで人気の冷凍チャーハンが一袋残っていたので、それを温めた。チン、とレトロな音が鳴った頃、風呂場のドアがガタガタと音を立てる。
「相変わらず立て付け悪いね、蝋でも塗っとけばいいんじゃないの」
この溝に、と足先で木枠をつつきながら、カカシが濡れた髪をがしがしと拭いていた。
身に着けているのは、イルカと揃いのスウェットだ。自分用に色違いで買っておいたものを、そのままカカシの部屋着へ流用している。もちろん、量販店のセール品だ。イルカはあまり衣服に頓着する方では無い。高給取りのカカシにしてもそれは同じのようで、彼の家で寛ぐ時にも渡されるのは同じようなデザインのものだった。どことなく着心地が違うのは気のせいだろう。
先日カカシが訪れた後で洗って、その後一度自分も袖を通した(何しろ部屋着はこの二着しか無い)その服を着たカカシが、台所を覗き込んだ。近寄ったところで石鹸の匂いも何もしないけれど、寒い室内だ、彼の身体から湯気が出ているのが見えて取れた。何となくイルカの心も綻ぶ。
「すっごく良い匂いがするんですけど」
「ふふ、木の葉マートのチャーハンですよ。こないだ話したでしょう?売り切れ続出で、中々買えないんですから」
「そんな良いもの、いいんですか?俺が食っちゃって」
「勘違いしないでくださいよ、俺も食うんです。もう腹減って腹減って」
「あはは、じゃあ早く食いましょ」
言って、カカシが横から大皿を取り卓袱台へ運ぶ。既に並べていた小皿と並んで、酒燗器がしゅうしゅうと湯気を立てていた。
年季の入ったこたつ布団へ二人してもそもそと入り込み、どちらからともなくほう、と息を吐く。
「あー……こたつ最高……」
「だからカカシさんも買いましょうって。今は椅子でも使えるやつ、売ってますよ」
「でもなぁ、何かもっさりするでしょう。こう、ビジュアル的に」
「ビジュアルを気にして寒さが凌げますか?」
「それに、俺んちエアコンあるもの」
「………ちっ」
「あ、今舌打ちしたね?分かってるからね?」
「ま、一献どうぞ!」
無理やりに猪口を持たせ、熱々の徳利から清酒を注ぐ。ふわりと立ち上る香りが鼻孔を擽った。
カカシはまだ何かぶつぶつ言いながら口を尖らせていたけれど、イルカへ返杯して猪口を掲げる時にはもう機嫌を治しているようだった。何しろ、上手い飯が目の前にあるのだ。
乾杯、と言う二人の声と、視線が合わさる。イルカはへへ、と笑い、カカシは薄い唇をにこりと持ち上げた。最初は見慣れなかった素顔も、随分目に馴染んできたなと思う。口布をしているくらいだから傷や火傷の跡でもあるのかと思いきや、左目を走る傷跡以外はつるりとしたきれいなものだった。色白で、鼻梁も高く整っている。薄い唇の下にある黒子がどことなく色っぽくて、これは女泣かせだろうな、とどこか他人事に思った。この年になっても恋愛ごとに縁の薄い自分とはえらい違いだ、とも。
二人で奪い合うようにチャーハンを平らげた後は、ちびちびと酒を舐めながら総菜を摘まむ。ここ数日の間にあったことを互いに明かせる範囲で話していると、酒のせいもあり大分身体が温まってきた。特に、綱手の借金取りが受付まで乗り込んできてえらい目に遭ったというエピソードはカカシに受けが良かった。
「大変だったんですからね、居場所を知ってるんだろうって廊下を追い回されて」
「ドロンすりゃあ良かったじゃないですか」
印を組むふりをするカカシに、ふるふると首を振る。
「そんなことすりゃ上に苦情が行くだけですよ。ただえさえ五代目は借金のことで上層部に絞られてるんですから、これ以上はお可哀そうです」
「優しいねぇ、イルカ先生は」
「別に、受付に入ってる奴なら皆そうしますって」
「そうかなぁ」
「そうですよ」
卓に肩肘をついたカカシが、眠そうな目でイルカを見つめていた。口元は楽しそうに緩み、常の彼を知る者ならちょっと驚いてしまうほどの優しい表情だ。それを向けられることに、イルカは時々堪らない気持ちになる。胸の奥がきゅっと締め付けられるような、目の奥がじんわりと湿ってしまうような、そんな気持ちだ。これを恋と言うのだと、周りの者は言うのだろう。誰にも、言う気は無いけれど。
黙ったままのイルカを酔ったと思ったのか、ふふ、と笑ったカカシが空いた皿を手に台所へ立った。気づけば、酒燗器に新しい燗がつけられている。いつもながら気の利く人だ。きっと女性にもモテて仕方が無いだろう。本人はいつも否定するが、こんな良い男放っておくはずが無い。
カカシが女性と一緒に居るところだって、イルカは何度も見ていた。あからさまに言い寄られている場面もだ。たまたま出くわしてしまったイルカに助けを求めるように手を振ったカカシを背に、走り去ってしまったこともある。あの時は後から随分恨まれたなぁと思い出して、イルカはくすりと笑った。
手の届くはずも無い人だ。こうして一緒に居られるだけで満足しなければ、きっとばちが当たる。
かち、と音を立てて酒燗器の電源が切れた。ちょうどこたつへ戻ってきたカカシのために燗を取り出しながら、イルカはいつもの笑みを顔に浮かべた。勝手にしんみりしていた心の内を、彼に悟られることの無いように。



気付けば、酒瓶が一本空になっていた。カカシが持参してくれたそれは口当たりも香りも良く、つい飲みすぎてしまったようだ。こたつが暖かいのもいけない。
明日が休みで良かったなと思いながら、イルカはふわふわとした良い気分のまま卓に頬を預けていた。火照った顔に、冷たい木の感触が心地よい。
そのままうつらうつらとしていると、ふいに反対側の頬へ冷たい何かが触れた。
「ついてますよ」
いつの間にか隣に座っていたカカシが、指先に米粒をひとつ乗せている。
「あれぇ、カカシさん、何してるんですかぁ」
「だいぶ前から気になってたんだけど、あなた全然気づかないから」
「そっかぁ、すみませんねぇ」
「いいんですよ、気にしないで」
そのままひょい、と米粒を口へ放り込んで、カカシがにこりと笑った。つられて笑いながら、何か違和感を覚えた気がするが、考えをまとめる前に今度は頬を撫でられる。
「かなり飲んでたけど、大丈夫?明日も仕事なんじゃないの」
「おれ、明日は休みなんれす、や、です、よ。だから大丈夫なんれす」
「そう」
カカシはずいぶん酒に強いらしい。イルカがこうして自失する寸前になっても、彼はいつもけろりとしていた。羨ましいなと思う反面、たまにはカカシもたがが外れる程飲めれば良いのに、とも思う。正気を無くす時間というのも、人生には必要じゃ無いだろうか。
イルカの頬を指の背でさりさりと撫でながら、カカシはまた、あの優しい表情を浮かべていた。酒で押し流したはずの疼きが再び、胸に灯る。格好良いなぁ。近くで見たら意外とがっしりしてるし、声もいいよなぁ。里で一番なんて言われる、押しも押されぬ実力者だし。どうしてこんな良い男が俺んちなんかに居るんだろう。そんなことを考えていると、また眠気に襲われる。
「そんな無防備にしてると、あなたのことも食べちゃうよ」
カカシが何か呟いたが、よく聞き取れない。もう、瞼を持ち上げることすら億劫なのだ。このままこたつで眠ってしまいたい。
「眠い……」
声を絞り出してどうにかそれだけ言うと、カカシが小さく笑ったのがわかった。でしょうね、なんて言う声が、今度はやけにはっきり聞こえる。
ちゅ、と濡れた音がした。それと同時に、撫でられていたはずの頬に何か柔らかいものが触れて、離れていく。
ん?と思いながらも、それが何か確かめるのも面倒で瞼を閉じたままでいると、立て続けにちゅ、ちゅ、と何かに啄まれる。
それは次第に触れる場所を変え、ついには唇までもちゅう、と緩く吸われてしまった。
「なんれすかぁ」
「こんなとこで寝たら風邪ひきますよ」
「でも、眠いんですよぉ」
「仕方ないな、イルカ先生は」
苦笑するような声が、背後に回る。背中がふわりと包まれたかと思うと、机に突っ伏していた身体がゆっくりと後ろに倒された。冷えていた背が、温かいものに触れる。座ったままで、カカシに後ろから抱きかかえられているのだ。
そう気付いてもまだ瞼を持ち上げられずにいるイルカのこめかみに、頬に、次々と柔らかいものが押し当てられた。
「ん、んー……」
「イルカ先生、暑いでしょう。上、脱いじゃおうか」
耳元に、少し上擦ったカカシの声が聞こえる。息が荒いようなのは、自分が体重をかけすぎているからかもしれない。
「汗かいてるよ。ほら」
れろん、と首筋に濡れた感触があった。ぞくりとしたものが背筋を走り、ぼんやりした意識の中で身じろぎする。ごそごそと動くイルカを追うように、うなじや耳の後ろがべろべろと舐められる。くすぐったさに首を振った拍子、強い力で頭の後ろを押さえられた。
と、口の中にしょっぱい味が広がる。
じゅるり、と吸い上げられたのは、自分の舌のようだった。酒のせいか眠気のせいか、鈍麻した感覚でもそれが口づけなのだと分かる。だが、どうしてカカシが自分にそんなことをするのかは理解ができない。不思議に思ったまま瞼を持ち上げると、文字通り目と鼻の先でカカシが目を細めてイルカを見ていた。
「ね、汗の味したでしょ」
おまけのように唇を舐められ、イルカは改めてその味を確かめる。
「ほんとだ、しょっぱいれすねぇ」
「でしょ?ほら、バンザイして」
促されるままにのろのろと腕を持ち上げると、カカシと揃いのスウェットががばりと捲り上げられた。そのまま頭からすっぽりと脱がされ、額をぐい、と拭われる。
ひやりとした空気を涼しく感じたのも束の間、暖房といえばこたつしか無いイルカの部屋ではすぐさま寒さに襲われる。ぶるりと震えたイルカを、背後から包む声があった。
「寒い?じゃあ俺にくっついてごらん」
カカシの言葉に甘えて、猫がすり寄るように彼の胸に背中を預ける。カカシはこたつ布団をイルカの胸の下まで持ち上げてくれ、冷気に晒された胸のあたりをしきりに撫で擦ってくれた。
緩く盛り上がった胸筋が、かさついた手のひらに柔らかく揉みこまれる。チャクラの経路を辿るように上から下に、下から上にと筋肉がほぐされ、確かに胸がじんじんとして血行が良くなったように感じる。
時おり指先がぴん、と乳首を弾くのにいちいちびくりと反応してしまい、イルカは彼の二の腕あたりをきゅ、と掴んだ。
「カカシさん、くすぐったいですよぉ」
「でも良いところにあるんだもん」
「あはは、カカシさん子供みたい」
カカシが子供にはあり得ない表情を浮かべていることにも気づかず、イルカは良い気分のままでへらへらと笑った。しかし、その笑い声も次第に熱を帯びていく。
カカシの指はそれを弾くだけでは飽き足らなくなったのか、寒さとマッサージに反応して固く尖った粒を執拗に弄り始めてしまった。ぎゅうと摘まんだり、くにくにと左右に引っ張られ、イルカの鼻からん、ん、と甘えるような声が漏れてしまう。
これでは勘違いしているようで恥ずかしい。カカシは遊んでいるだけだろうに、自分だけ気持ちよくなってしまうだなんて。
それでも身体の疼きは止められず、イルカはいつしかこたつの中でもぞもぞと膝を擦り合わせていた。忙しさにかまけてしばらく処理していなかったせいか、血行が良くなったせいなのか、聞き分けの無い息子がスウェットを押し上げているのが分かる。
どうにかカカシに知られずにトイレへ行けないかと考える間にも、長い指が乳首を摘まみ、その先端を親指の腹でくりくりと撫でるものだから堪らない。
「んっ……あ、あんまり、遊ばないでくださいよ」
「ごめーんね。だって弄ってたら段々楽しくなってきたんですよ。ほら、こんな風にすると……」
言いながら、親指と人差し指で摘ままれた乳首がきゅうっと引っ張られ、普段ではあり得ない長さに持ち上げられる。思わず胸を浮かせると、今度はぐりぐりと押しつぶされ「ああっ」だなんて女のような声を上げてしまった。
「ね、面白いでしょ」
邪気の無い笑顔で覗き込まれても、イルカはふうふうと息を荒げたまま言葉も出せない。抗議のつもりでぐりぐりと肩に頭を押し付けてやると、カカシがくく、と喉を震わせていた。
暴れたせいで、こたつ布団がずれてしまった。はっとして布団を掴んだイルカの手は、それを引き上げる前にカカシの手に掴まれてしまう。
「あれ……イルカ先生、ここもすごく窮屈そうですね」
ここ、とはつまり、それのことだろう。先ほどから存在を強く主張している、イルカの聞かん坊だ。
「んー、俺疲れてるのかも」
わざとあっけらかんと応じる。だから離してくれよ、との願いを込めたその言葉は、しかしさらりと受け流された。
「ですね、俺がマッサージしてあげましょうか?」
「いや、そんな……」
とんでもない、と言いかけた時、それまで気にもしていなかった尻の辺りに、何かがごり、と当たった。まさか、と思い恐る恐る手を背後に回せば、手のひらに確かな手ごたえがあった。
「カカシさんのも、でかくなってる」
触れたままそう言えば、その固いものがぴく、と反応した。布地の上からも分かるほど、熱くて大きな、それが。
「ああ、俺も疲れてるんですよ……ね、マッサージお願いできますか?」
耳元で、吐息を吹き込むように囁かれる。その声だけで、腰の辺りから頭まで電気が走ったようだった。ごくりと喉が鳴ったのは、きっとカカシにも聞かれただろう。
「もう、しょうがないですねぇ……」
ちら、と振り向いた先で、濡れた視線が絡み合う。寒さを忘れる程、身体の芯が熱かった。



見た目よりも、温度の高い唇だった。
後ろから抱えられたままの姿勢で、首をひねって無理やりに舌を絡ませている。彼の高い鼻が頬を擦り、そこから肌を掠めるように息が漏れた。
口づけの作法など知らない。とにかくカカシに促されるままに口を開き、酒臭い息を吐きながら舌を伸ばした。優しく舌先を擽られ、歯列を舐められて鼻から甘えるような声が出る。素面なら耳を塞いでしまいそうな、甘ったれた声だ。
酔いはまだ醒めてはいないはずだ。頭はどこかぼうっとして、身に降りかかる現実をまともに受け止められているとは思えなかった。そうでなければこんな真似、できる筈も無い。
唇を合わせている間も、二人の股ぐらでは互いの手が蠢いていた。柔らかいスウェットの上から、カカシの固い芯を上下に擦る。他人のものなど初めて触れるのだ。自分がいつもしているように、と思えど、後ろ手では尚更動きが鈍くなる。さっきからイルカは彼のものの太さと大きさを確かめるような動きしかできずにいた。
一方のカカシは器用なもので、後ろから回した右手で布地越しにイルカのものを掴み、揉みこむように上下している。マッサージ、とはよく言ったものだ。
先端をくるりと撫でられると腰がひくりと震え、思わずそこを押し付けてしまいそうになる。大きな手のひらにすりすりと擦り付ければどんなにか気持ち良いだろう。しかし、頭のどこかで冷静な自分が待ったをかける。すっかり溺れ切ってしまえたらいいのに、忍の習性がイルカにそれを許さない。
「んっ、あ、は……」
口づけの合間、思わず唇から細い声が漏れた。普段の自分のものとは思えないほど熱っぽいその声に、恥ずかしさがこみ上げる。至近距離で見つめてくる濃灰の瞳から隠れるように顔を背けると、ふふ、と低く笑う声が聞こえた。
「イルカ先生、マッサージ気持ち良い?」
「き、もちいい、です……」
「良かった。俺も気持ち良いですよ」
「でも、俺へた、で」
顔を見れないまま言えば、うなじのあたりにちゅう、と吸い付かれた。
「そんなことは無いですよ。ほら」
イルカの手の上から、カカシが自分のものを握りこむ。言われてみれば初めに触れた時よりも質量が増し、裏筋がぐん、と張り出しているようだった。布地の上からもわかるその逞しさに、イルカの口からほう、とため息が零れる。カカシに思いを寄せ始めた時から、何度となく夢想した屹立が、この手の中にあるのだ。ぐ、と手の平に力を込める。想像よりもずっと太く大きな逸物が、イルカの手の中でぶるん、と跳ねた。
「……ねぇ、このままじゃあ俺もあなたも下着が汚れちゃうね。脱いじゃおうか」
耳元でカカシが囁く。その声は確かに欲に濡れていて、彼もこの遊戯に興奮を覚えていることが知れた。
「で、でも、そしたら俺すっぱだかに……」
「嫌?」
躊躇うイルカの胸を、カカシの指がきゅう、と摘まんだ。あう、とみっともないような声が出る。彼の左手でずっとくにくにと弄られていた粒は片方だけがぷっくりと膨らんで、常に無いほど赤く、刺激に弱くなっていた。
喘いだ拍子に、持ち上げた顎がカカシに持ち上げられる。ちゅう、と唇に吸い付かれて「嫌なの?」と聞かれてなお、イルカは首を振った。
「だって、恥ずかしいです、よ」
「じゃあ俺も脱ぐから、それなら恥ずかしくないでしょう?」
言うなり、カカシはがばりと上着を脱いだ。白い肌が蛍光灯の下に露わになり、鍛え上げられた肉体がイルカの目をくぎ付けにする。イルカとは元々の人種が違うのではないかと思う程白い肌に、胸の下にある色の薄い乳首。きつく割れた腹筋を目で辿れば、下履きとの合間に銀色の叢が覗いていた。
首をひねったまま彼の肉体に見入っていたイルカに、カカシがねぇ、と声をかける。
「ここで脱ぐ? それともーー」
ベッド、行く?
艶めいた声が、身体中を駆け巡る。湿度の有る視線はイルカの瞳しか見ていないはずなのに、身体中を舐め回されたような錯覚があった。これが術ならどんなにか良かっただろう。素のままのこの男に、囚われていなかったら。
後戻りできないぞ、と頭の中で声がする。もう、冗談にも茶番にもならないんだ、と。
カカシが、ゆっくりと立ち上がる。
伸ばされた手に、自分の右手が重なるのをどこか他人事のように感じた。こたつから出た両足がしばらくぶりの外気に強張る。
くい、と軽い力で手が引かれた。まるで自分の家のようにイルカをベッドへエスコートするカカシの口元は、どこか楽しそうに弧を描いている。
数歩の距離なのに、そこへたどり着くまでやけに時間がかかったように感じた。寝室の真ん中に置かれたベッドへ、流れるように横たえらえる。見慣れた天井を目にしたのは一瞬のことで、瞬きの後には色男がイルカの上に圧し掛かっていた。
開かされた足の間に、カカシが当然のような顔で居座っている。気付けば、二人とも一糸まとわぬ姿になっていた。閉じかけた足が彼の素足に触れたことで、それに気付いたという始末だ。教壇に立ち、忍びとしての心得を説くはずの自分が、こんな体たらくでどうしたというのだろう。
どこか夢見心地のイルカに、整った顔が近づいてくる。慣れない口づけを与えられ、身体の横に投げ出した両手が行き場なくシーツを彷徨った。朝自宅を出たままの状態で放置していた寝具は当然、冷え切っている。
「ふ……う、あ……」
咥内が、長い舌に蹂躙される。根元から舌を吸い上げられ、上顎をくすぐられ、初めて他人の舌を味わう唇は快楽に戦慄く。痛いほど張りつめた陰茎はカカシが動くたびに彼のものと擦れ、目が眩むほどの快感が走った。
何度も夢想した、憧れたと言っても過言ではない彼の身体。熱く貫かれたいと願っていたそのものが、欲望に濡れているのが分かる。擦れるたび、互いの先走りが交わりぐちぐちと音を立てていた。
縋るようにシーツを握りしめたイルカの手が、ふいにひょい、と持ち上げられる。右、左、と交互に持ち上げられた腕は、カカシの背にふわりと落ちた。うっすらと汗ばんだ肌が、手のひらに触れる。
「イルカ先生、可愛いね」
鼻の先を触れ合わせながら、カカシが微笑んだ。そうしてべろりと鼻の傷が舐められる。普段はどうと思うことも無いその古傷が、カカシの舌に辿られるだけで性感帯のようにじくりと疼いた。
未知の快感に耐えられずイルカが目を瞑ったのを合図のように、再び唇が合わさる。イルカは彼の背に回した手に、ぎゅうと力を込めた。



他人の肌が、これほど心地よいものだとは知らなかった。
布団の中、合わせた素肌はしっとりと湿りを帯びている。窓の外は雪景色だというのに、二人の周りだけむわりとした空気が漂っていた。
カカシが腰を動かすと、屹立した二人のものが擦れ合う。あっ、あっ、と小さく漏れる声を抑えることもできず、イルカは彼の背中で指を滑らせるばかりだ。
「イルカ先生、気持ち良い?」
「ん、ん、気持ちい……」
「可愛いね。思った以上だ」
間近で囁かれ、腰がいっそうずくんと疼いた。低く、耳の底を舐めるような、甘い声。堪らず、は、と息を吐いた隙間から、カカシの舌が再び入り込んでくる。
ぐちゅぐちゅと唾液を分け合いながら、蛇のように舌が絡まる。大きく足を開き、イルカは半ば腰を浮かせながらカカシに自分のものを擦り付けた。もう、夢中だ。今までしたどんな自慰よりも興奮していた。
「あっ、はぁ、う……あ、あっ、ん」
口の端を吸われながら、絶頂を目指してイルカはカカシの腰に足を絡ませる。もう少しでいけるのだ、溜まったものを出してしまえる。カカシに縋り付いていた手をそろりと伸ばし、股間へ触れようとした時。
「駄目だよ」
くい、とその手首が捕らえられた。痛みも無い、弱い力だ。しかし、引いても押してもびくともしない。
「で、でも」
「もう少し我慢してごらん。もっと良くしてあげるから」
ね、と囁かれれば、イルカは頷くしか無い。頂の見え始めていたそこは突然刺激を失い、戸惑うようにびくりと震えていた。どちらのものとも分からない先走りでぬるついたままなのが、触れなくても分かる。
行き場を失くした手が、ぱたりとシーツへ落ちる。手のひらに触れた冷たさに正気を取り戻しかけたとき、膝裏がぐんと持ち上げられた。
「え……あっ」
右足だけを大きく開かされている。戸惑うイルカをよそに、カカシはその膝から腿にかけてをすりすりと撫で擦った。そうして、きわどい場所を分け入って一番深い場所をつん、と指先で突く。
「うわっ」
咄嗟に素のままの声が出る。無理も無いだろう、そんな場所、他人に触れられた覚えなど無いのだ。
「ここ使ったことある?」
とんとん、と突きながら、カカシが問うてきた。指の動きに合わせて、そこがひくひくと物欲しげに蠢くのが自分でも分かる。分かってしまう。それでもイルカは何も知らないふりで、小さく首を振った。
「な、ない、です」
「ふうん……そう。大丈夫、変なことはしないからね。マッサージだから」
「マッサージ、うん、そうですよね」
とっくに忘れたと思っていた設定を引っ張り出してきたカカシに、イルカは半ばほっとして頷いた。この行為は、いやらしいことなどでは無い。互いに疲れた体を癒すための、マッサージなのだ。熱いから服を脱いだだけで。身体が冷えるといけないから布団へ入っただけで。そこにはいやらしい気持ちなど、どこにも無い。
そう思い込むことで羞恥を追いやり、イルカはもう片方の膝を自ら抱え上げた。真上で、カカシがくすりと笑う気配がする。
「協力的で助かりますよ。でもちょっと見づらいかな……布団めくるよ。少し寒いけど、我慢してくださいね」
こくりと頷くと、カカシが身を起こしてその背にかけていた布団を背後へと落とした。ぼふ、と重い音がして、続いてひやりとした冷気が肌を覆う。膝を抱えたままぶるりと震えたイルカの肩を、固い指先がそろりと撫でた。
居間から差し込む明かりに、カカシの身体が暗く浮かび上がっている。暗がりの中にあっても白い肌に、鍛え抜かれた肉体。少し目線を落とせば、腹を打たんばかりに反り返ったものが視界に入った。男なら誰でも憧れるような、えらの張った太く長い逸物。出来る事なら今すぐ咥えて、唾液にまみれさせてやりたい。
想像だけで喉を上下させていたときだ。ひたりと秘所に押し当てられた指の感覚にイルカは小さく息を呑んだ。
「ゆっくり解して、血行を良くしていきましょうね」
「は、い……あ、はぁっ」
くに、と皺を伸ばすように、縁が外側へ引っ張られる。そこに濡れた感触を覚え、戸惑いながらカカシを見上げた。
「ん?」
小首を傾げたカカシに何も言えないまま俯くと、シーツの上にころりと転がるボトルが目に入った。何度となく、最近ではつい二日前に見たばかりの、赤い蓋のそれ。ローションのボトルだ。イルカの、自慰用の。
ベッドの下、奥に仕舞っておいたはずのそれが、なぜここにあるのだろう。
「ど、して」
「どうしてって、何が?」
「だって、これ、俺の……あっ、あんっ」
不意打ちのようにつぷりと挿し入れられた指に、イルカは言葉を途切れさせた。閉じかけた足を、カカシが肘でぐいと押し返してくる。
「ほら、まだ終わってないんだから、ちゃんと足開いておいてくれなきゃ」
「っ……あう、で、でも……んっ、あ、う、動かさ、ないで」
「動かさないとマッサージできないでしょう?ちゃんという事聞いてくれないと、縛っちゃうよ。……あ、今すごく締まった……そういうのも好きなんだね、覚えときますよ」
「ち、違い、ます、あ、んっ、だ、だめっ」
長い指が、遠慮なく深いところへ押し入ってくる。ずぶずぶと肉を掻き分けながら、イルカの弱い場所を探るようにぐるりと円を描いた。ああん、などと聞くに堪えない嬌声が自分の口から飛び出し、イルカは手の甲を唇に押し当てた。とても聞いていられない。一人でしている時はこんなみっともない声なんて出なかった。
そうだ。一人で後ろを弄っていることなんて、誰にも話したことは無い。当然だ。男が好きなことなんて、閉鎖的なこの里で知られる訳にはいかなかった。ましてや教師の身分なのだ。外の任務で、男しかいなくて仕方なく、なんて状況もイルカには当てはまらない。
誰にも言えない薄暗い愉しみに、使っていた道具。その一つであるローションを事も無げに取り出したカカシは、一体何をどこまで知っているのだろう。
そもそも初めて他人の指を受け入れる身体が、こんな容易く拓くことをおかしいと思わないのだろうか。
「あ、は……ああ、う、ふう……っ」
自分でするのとは段違いの快感だ。二本目も挿し入れられたそこは、潤滑剤にまみれてぐちゅぐちゅとはしたない音を響かせている。
揃えた指が、腹側のある場所を掠めると、イルカの腰がびくりと揺れた。ひ、う、と噛み締めた歯の隙間から悲鳴じみた声が漏れる。本来なら一度触れたくらいではあるかどうかも分からない前立腺が、イルカの内側でまるで触って欲しいと言わんばかりに存在を主張しているのだろう。
カカシは繰り返しそこを撫で、二本の指で挟み込みさえした。口を閉じていられない。内腿が強張り、目に涙が滲んでしまう。
「あ、ぐ……うあっ、だめ、そこいやだ……あ、あ、いやだ、って、おねが、いく、いっちまう、からぁっ」
「大丈夫、マッサージの効果が出てるんですよ。悪いもの、全部吐き出しちゃいましょうね」
もっともらしいことを言いながら、カカシが欲に濡れた目でイルカを見下ろした。いつもの冷めたような彼はどこにもいない。
ぐちぐちと後ろを弄びながら、カカシがそれまで放置されていた雄へ手を伸ばした。透明な先走りでどろどろに濡れているものを一握りされただけで、電気が走ったかと思う程の刺激に震える。
いやだ、触らないで、とうわ言のように繰り返しても、カカシはぺろりと唇を舐めるだけでうんと言ってはくれない。むしろイルカを追い詰めるように、両の手を激しく動かした。
大きく抜き差しされた後ろはぐぽぐぽと空気を含んだ音を立て、前は指を輪っかにしてにゅぽにゅぽと上下される。瞼の裏が燃えるように熱い。イルカは喉の奥から呻くような声を出しながら、ぐん、と腰を突き上げて絶頂を迎えた。
「ーーーーーーーーーっう、あ、はぁっ」
びゅるびゅると飛び散った白濁が、胸にまで届いている。がくがくと揺れる腰の間で、カカシがイルカのものを根元から先端までぎゅう、と搾り上げていた。一人遊びに慣れた身体には、過ぎる刺激だ。イルカはまた小さく呻いて、震えの収まらない身体をどうにかシーツへと下ろした。
途端、後ろに咥えたままの指がにゅるりと抜ける。あう、と喘ぎながら、また陰茎からぴゅ、と何かが飛び散ったのを感じた。
涙に潤んだ視界の先に、カカシがべろりと舌を伸ばしたのが見えた。真っ赤なそれは、指先にまとわりつく白濁をねっとりと舐め上げる。
満足げに笑った彼は、イルカに見せつけるようにゆっくりと、シーツに転がるボトルを掴んだ。これで終わりでは無いと、言葉もなく伝えるように。



たらりと垂らされたローションが、カカシのものへ絡まっていくのに目が釘付けになった。
血管を浮かせ、赤黒く光るそれがカカシの手により二、三度緩く扱かれる。イルカは大きく足を広げたまま、自分の股の間に擦りつけられる怒張にびくびくと腿を震わせていた。
カカシの指だけで達してしまった身体は、未だ余韻を燻らせている。もっと、もっと深い刺激が欲しいと訴えるように、だ。
熱に浮かされたようにぼんやりする意識の中、イルカはカカシの腕をするりと撫でた。遠慮がちに見上げると、男のじっとりとした視線とかち合う。
「……カカシ、さん。俺、家にいるとき、ときどき誰かに覗かれてる気がするんです。でもまさか、カカシさんなわけ、ないですよね」
恐る恐る紡いだ言葉に、カカシは一瞬表情を凍らせた後で破顔した。それはもう楽しそうに、髪をかき上げながら笑っている。
「ははっ。あなたって本当……。そうだねぇ、もしそうだったらどうする?」
銀髪の合間からちらりと見下ろされる。口元は楽し気に持ち上げられているが、傍から見ればぞっとするような笑みだ。戦場で見たなら、泡を食って逃げ出してしまいそうなほどの。
イルカはその笑みに、背筋をぞくぞくとしたものが走るのを感じた。恐怖ではない。これは、そうーー。イルカはほとんど無意識に、上唇をべろりと舐めた。
「あ、あはは……、それってすごく、興奮します」
「ふふ、本当、最高だ」
ぐ、と足の付け根が掴まれる。秘所にぬるついた丸みが擦りつけられ、孔の入り口がひくついた。
「どうします?もっとすごいマッサージ、する?」
「す、する、すごいマッサージ、してください」
膝裏を抱え、すべてをカカシへさらけ出す。期待にぶるんと震えたイルカの陰茎が、はずみで己の腹を打った。
「いい子だね」
囁くような声が降ってくる。カカシは見せつけるようにゆっくりと、それを孔へと宛てがった。窄まりを押し開くように、ゆっくりと先端が埋められる。
「あ、ああ……」
指よりもずっと太いものが、圧迫感を持ってイルカの内部へ侵入する。熱い、痛い。身を裂かれる恐怖に心臓がぎゅっと縮こまる。それでもやめて欲しいとは思えず、イルカは深く息を吐きながら挿入に耐えた。
「うっ、んぅーーあ、あぁっ」
「キツいね、すっごい締まる……もう少し、がんばれる?」
イルカの腰を抱えたカカシが、額に汗の球を浮かべ、眉を寄せていた。イルカはこくこくと頷き、身体を弛緩させようと更に深く呼吸する。痛いのはきっとイルカだけでは無いだろう。慣れない身体を押し開くのは、相手にとっても辛いはずだ。まして、本来受け入れる場所ではないのだから。
半分萎えてしまったイルカのものが、腹の上でぺたりと寝転んでいる。しかし痛みを覚えても性感が去ったわけではない。あれだけ憧れたカカシの肉棒を身体の中に感じ、イルカは言いようもなく興奮していた。後ろが、彼を呑み込もうと蠢いているのが分かる。奥へ、奥へ招くようなその動きは、イルカの心情そのものに思えた。
「あ、あ、カカシさん、はいって、くる……っ」
ずぐり、と一段と深く腰を突き入れ、カカシが前のめりに倒れ込んでくる。挿入したばかりのものが角度を変え、イルカはあう、と小さく叫んだ。
密着した腹の合間で、イルカの雄がむぎゅうと押しつぶされる。縋るように手を伸ばしたカカシの背は汗でべとついていた。
「全部入ったよ、わかる?」
腰をくい、と突き上げ、カカシが問うてくる。イルカは彼の腕の中で小さく頷き、背に縋る指先に力を込めた。
「カカシさん、カカシさん」
「ふ……あなたって本当、かわいいね」
こめかみに、ちゅうと口づけられる。薄い唇は頬を伝い、イルカのぽってりとした唇を優しく食んだ。初めての情交に戸惑うイルカは、覚えたての口づけに応えようと口を開き、彼の舌をその奥へと招いた。
唾液を交換しながら、カカシがイルカの中を掻き回すように腰を動かす。敏感な襞をあらゆるところから刺激され、身体中が熱を持った。むわりとした空気が互いを包んでいるのが分かる。
夢にまで見た濃密な交わりの中、イルカは必死で膝を持ち上げ、カカシの腰をぎゅうと挟んだ。二度と離したくないと、とても口では言えない思いを身体で表したつもりだ。
カカシにしてみれば冗談のような交合かもしれない。しかし、イルカにとっては人生に一度あるか無いか、だ。
「カカシさん……」
薄い唇の端を食みながら、かすれた声で名前を呼んだ。
カカシはそこで初めて、はぁ、と悩まし気な吐息を吐いた。
ぐ、と彼の体重が乗る。拘束するかのようにイルカを押さえつけながら、カカシが強く腰を振り始めた。粘ついた音と肌のぶつかる音と一緒に、イルカの甲高い声が部屋に響く。カカシは耳元で荒い息を吐き、小さな声でごめん、と言った。
それが何に対しての言葉なのか、聞き返す余裕も無い。
初めて男に貫かれた身体は激しい打ち付けに強張り、意識して力を抜かないと本当に裂けてしまいそうだった。イルカはカカシの背中に短い爪を立て、時おり勢い余って雄が抜けては涙を零した。すぐさま突き入れられ、瞼ごと涙を吸い上げられる。
乱暴なほどの挿入の中にも、イルカの身体は快楽を拾い上げた。良い場所を掠め、時にそこを狙って突き上げられ、あられもない声が止まらない。
特に、長い彼のものが根元まで嵌った時だ。奥の、玩具でも届いたことが無いような場所へ切っ先が当たった時、目の前に火花が散った。
「っ……あ、だ、だめっ、そこ……ア、ああぁっ」
がくがくと身体が跳ねる。カカシに組み敷かれながら、腹の間でぶしゅ、と何かが噴き出したのが分かった。自分の意志と関係なく、壊れたようにびくびくと腰が、腿が痙攣する。
カカシはその様子を間近で見下ろしていたかと思うと、イルカが落ち着くのを待たずにぐん、と奥を突きあげた。
「ひ、い……うぁ、や、いや、動いちゃだめ……っあ、お、おねが、カカシさ……っ」
イルカのうわ言のような願いは聞き届けられなかった。先ほどまでの激しさとは違う。イルカの腰を抱え、ゆっくりと奥を目指してくるその動きは、慣れない身体に度を越した快楽を刻み付ける。
「うう~~~っ、うぁっ!や、嫌だぁっ、また、また変なの出る……あ、だめ、ほんとに、あ、ああっ」
ぐちゅう、と身体の中から音が聞こえた。少なくとも、そう錯覚した。イルカの孔の、奥深くにある突き当たりのような場所。少なくともそこより先には触れてはいけないような場所に、カカシのものがぐっぽりと嵌ったのだ。
もう声も出なかった。
目を見開いたイルカを睨みつけるように、カカシがずるずると腰を引く。襞を擦られる感触をつぶさに感じていると、ぎりぎり、かりが引っ掛かるところまで引き抜いた後、柔らかい肉を貫いて再び最奥が押しつぶされる。
死んじまう。
そう思った瞬間、身体の奥にじわじわと熱いものが広がったような気がした。宙に跳ね上がった自身の足が、ぶらりと揺れている。足先がぐ、と丸まり、白くなっていた。
イルカは腹の上が生ぬるく濡れていく感触を覚えながら、ぷっつりと意識を失った。



雀の鳴く声が聞こえる。
アパートの脇にある電線に、いつも数羽連なっている小鳥の姿を思い出しながら、イルカはうーんと伸びをした。布団から出た腕が寒い。確か昨夜は雪が降っていたから、そのせいだろう。
積もってないといいけど。頭の中でそんなことを思いながら、重い瞼を持ち上げる。
張り付いたようにごわつく睫毛を右手で擦って、起き上がろうとした時だ。
「っ……!い、いってぇ……」
腰にずきりと刺すような痛みを感じ、再び布団に身を沈める。
隙間から入り込んだ空気がやけに冷たくて身体を見下ろせば、何とイルカは全裸だった。
「え、えっ!?」
慌てて飛び起きようとして、また痛みに呻く。
うう、と唸ったイルカの耳に、ふふ、と吐息のような笑い声が聞こえた。
「朝から楽しそうですね」
まさか、と思いながら恐る恐る声のした方を見ると、同じく全裸の男が肘をついてイルカをじいっと見つめていた。
「カ、カカカ、カカシさん……っ」
「おはよ、イルカ先生」
「おっ、おはようございます……って、え、ええっ!?いてぇっ」
「ほらほら、何回同じことするんですか。今日は寝てなよ。休みなんでしょ?」
言われて、そういえばそうだったなと思い出す。と同時に、昨夜の記憶が怒涛のように蘇ってきて、イルカは誇張でなく頭を抱えた。
そうだ、酔っぱらって俺、とんでもないことをーーっ
心の中で叫んだと思っていた声は口に出ていたようで、カカシが「そうですねぇ」なんて呑気に口にした。
「いや、どうしてそんな平気なんですか、ああ、俺なんてことを……すみませんカカシさん、どうか無かったことに……」
言いかけた言葉は、最後まで紡げなかった。さっきまで天井が見えていた視界の全面に、カカシが現れたからだ。
どうやら彼の下敷きにされているらしい。身じろぎもできず、イルカは口をはくはくとする。カカシの体重を受け止めるには、身体が痛みすぎるのだ。
「無かったことに、したいの」
鋭い視線がイルカを捉える。暑くも無いのにじわりと汗が滲むようで、イルカはどうにか首を振った。そもそも、思い出した記憶に恥じ入りはすれど、後悔は無い。
「い、いえ、そんな……でも、ご迷惑、でしょう」
「俺が嫌々、あなたと寝るとでも?」
「でも、酔ってた、とか」
「酔っていたのはあなたでしょう」
そう言われれば何も返せず、イルカは肩を竦めた。仕掛けてきたのはカカシかもしれないが、受け入れたのはイルカなのだ。それを酔いのせいにするのはフェアとは言えない。
誰にも明かしていなかった秘密を彼が知っていたことだけは今でも解せないが、眉を顰めるカカシに今問うたところではぐらかされるだけだろう。
「あ、あの、俺ーー」
もぞもぞと動けば、ようやくカカシがどいてくれた。元通りイルカの横に転がり、むっすりとした顔で口をへの字にしている。
「大体、ガードが甘いんじゃないですか。俺じゃなくてもこうなってたんじゃないの」
「そんなーーいや、そう思われても仕方ないですよね……」
あからさまな誘いに乗って、身体を差し出したのだ。軽い奴だと思われて当然だろう。ローションと同じ箱に入っていた玩具を、彼はきっと目にしている。
しかし、これだけは信じて欲しかった。
「カカシさん、俺、あなたじゃなきゃ……その、寝たり、しませんでした」
横向きに、カカシの灰の瞳をじっと見つめる。ただ一つ伝えたいものを、しっかりと届けるために。
「あなたのこと、好きなんです。ずっと……こうやって、一緒に朝を迎えてみたいって、思ってました」
切れ長の目が、見開かれる。イルカは知らぬ間に彼の手を握っていたようで、そこが一気に熱くなるのに驚いた。
そうして、目の前の白い顔が段々と、ピンク色に染まっていく。今度はカカシが口をぱくぱくとさせる番だったようだ。
「イルカ先生、あなたはーー」
言いかけて、カカシが一度口を閉じた。そして一拍の間を置いて、イルカの手をぎゅうっと握り返してくる。
「俺も、同じです。ずっと、イルカ先生のことが好きでした。昨日だって、チャンスだと思って」
だからあなたが悪い訳じゃないんだ、意地悪を言ってごめん。尻すぼみにそう言って、カカシが眉尻を下げた。
そのへにょりとした顔がやけに可愛く見えてしまい、イルカの口角がどんどん上がってしまう。
イルカは片手を彼の頬に添え、僅かに生えた髭を感じながらすりすりとそこを撫でた。強張っていたカカシの表情が、徐々に緩み始める。
「こんな幸せな朝、初めてです」
へへ、と笑うと、目の前のきれいな顔が同じように、優しく笑った。
「また、マッサージしましょうね」
照れ隠しのように、カカシが言う。イルカは苦笑して、ゆっくりと近づいてくる彼の唇に自分のそれを押し当てた。
穏やかな口づけは、昨夜の激しい情交よりもずっと切なくイルカの胸を締め付ける。
カーテンの隙間から、細く、絹のような朝の光が差していた。この淡い光の中で、ずっとカカシと手を繋いでいたい。ささやかな、しかし叶うはずも無い願いは、声にも出さずにふわりと消えていった。









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