「かかっているのは恋の術2」の無料配布。


---------



 深夜零時。木の葉の里には夜の帳が降りていた。
 開発が進んできたとはいえ、空に広がる星空を視認できるほどにはネオンもまだ少ない。
 そのせっかくの星空を二つの瞳ではなく背中に映して、六代目火影、はたけカカシは書類と向き合っていた。一人だ。側近として仕事を任せるようになったシカマルが、特別な任務のため里を離れて二日。その間に積み上がった書類の山に、彼が常日頃いかに効率よく職務を回してくれていたのかを思い知る。
 あと三日。めんどくさい、が口癖の彼の帰りをこれほど待ちわびることになるとは、送り出した時は思いもしなかった。働き詰めの青年の息抜きになれば、と日程に余裕を持たせたのがあだになったかもしれない。
 一回り以上若年の部下をいっそ恋しく思いながら書類に判を押していると、コンコン、と扉を叩く音が聞こえた。
 こんな夜中に。
 常ならば自分も火影屋敷(といっても簡素なものだが)で床についているような時間に、何の用があるというのだろう。怪訝に思えど、扉の向こうの気配は凪いでいる。
どうぞ、と言えば、重い扉が静かに開いた。
「失礼します」
 身体を滑らせるように執務室へ入ってきた人影を見て、カカシは一瞬息を呑む。
 伏せられた目元のほんの少し下、顔を横切る一文字の傷。手本のようにきっちり結ばれた額当ての上で、ひと括りにされた黒髪が天に向かって跳ねていた。
「まだおられるようでしたので、お持ちしました」
 うみのイルカ。アカデミーの教師と受付業務を兼任する彼の手には、書類の束が握られている。
「明日でも良かったのに」
「なるべく早く、と上に言われておりまして……と言っても、厳しそうですね」
 ちら、と視線を上げたイルカが、机上に積まれた紙の塔を見た。
「いいよ、先にやるから。こんな時間に持ってくるってことは、本当に急ぎなんでしょ?」
 本当に急ぎ、で無いものなどこの部屋には無いのだが、それは見て見ぬふりだ。片手を差し出せば、イルカが机に歩み寄る。どうぞ、と渡された紙一枚挟んだ距離に、ちり、と首筋が焼け付くようだった。
 二年と少し前、二人は肌を合わせる仲だった。
 カカシが上忍師として抱えていた七班が解散状態となり、ただ目の前の任務をこなしていたあの頃。いつか子供たちと囲んだ食事の、その温かさを思い出し縋るように訪れたイルカの部屋で、彼を抱いた。
 思いがけない寛容さで受け入れてくれた彼と、そのままずるずると付き合いを重ね、いつしか恋人と呼べる間柄になっていた。生まれて初めて味わう甘い時間としなやかな彼の身体に、カカシは夢中になった。
 そんな、身も心も溶けるような関係が始まって一年もした頃、アスマが戦死した。気の置けない仲だった。イルカとの関係も打ち明けていたような、仲だったのだ。
雨降る中の葬儀。腹に子を宿した紅が墓石に縋って崩れ落ちる姿が、しばらく頭から離れなかった。
 イルカを残して死にたくない。瞳に巴を宿してからこちら、感じたことの無かった感情が自分の内にあることに気付いてしまった。死を恐れている。それが何より恐ろしかった。
 別れを切り出した夜、イルカはカカシの前で初めて涙を見せた。声を上げ、子供のように泣いたのだ。
 脳裏によぎった泣き顔を頭の隅に追いやり、カカシは判をつく。
 あれからイルカとの距離は、遠ざかったままだ。火影の名を背負うようになってからは、なおのこと。
「お待たせ」
 数枚の書類を束ねて、彼へ差し出す。イルカは両手でそれを受け取り、一歩下がった。カカシも目線を机上へ戻す。
 だが数秒の間が過ぎても、目の前の男はその場から動かない。
「火影様」
「まだ何か?」
 堅い声に下を向いたまま、カカシは答える。
「……ご結婚されると、聞きました」
「ああ、もう噂になっていますか」
 そうか、と思う。
 カカシと火の国の大名の娘との間に、縁談が持ち上がっていた。似たような話はこれまで何度かあったものの、ここまで位の高い相手は初めてだったものだから、答えを出すのにも時を要した。その間に噂が広がってしまったのだろう。
 やっと断りの文句をまとめたところで、シカマルはその伝令のために火の国まで出向いているのだ。
 そう告げようと顔を上げたカカシは、また息を呑むことになる。執務机を挟んで向かい合うイルカの両の目が、射るような強さでカカシを見つめていたのだ。
 しかし、剣呑な光さえ携えたそれは、カカシと目が合うや否や、す、と伏せらせる。
「でもね」
「最後に」
 同時に口を開いた二人が、一瞬言葉に詰まる。そうしてカカシよりも早く、イルカは再び喉を震わせた。
「最後に、ご慈悲をいただけませんか」
「……どういう意味、かな」
「言葉のままです」
 書類を掴んだ手をだらりと脇に下げて、もう片方の手をきつく握りしめた彼の、目元にうっすら朱が浮かぶ。久しく目にしていなかった、しかし確実に見覚えのある表情に、カカシは胸の深いところがずん、と重く弾むのを感じた。
 イルカの足が一歩、踏み出される。それと同時に、カカシの脇に黒い影が舞い降りた。常に火影を警護する、暗部の一人だ。
 動物を象った面の奥で、殺気を纏った視線が鋭く光る。
「うみの中忍、お下がりいただこう」
「火影様に危害を加えるつもりはありません。何なら調べてもらっても良い」
「場を弁えるべきだ。ここをどこだと思っている」
「分かったうえでのことです」
 格上の暗部にも臆することのない受け答えに、久しぶりにこれだけ彼が喋るのを聞いたな、と場違いなことを思う。
 アカデミー教師であるイルカとは、大きな会議の場以外では話す機会もなかった。受付で稀に一緒になったとしても、儀礼的な会話以外交わした覚えがない。二年の間ずっと、だ。廊下ですれ違っても、かしこまって頭を下げる彼はカカシと目を合わせることもしなかった。
 それが、どうだ。
 剣呑な気配を隠そうともしない暗部に、一歩も引かずにイルカが渡り合う。そんな彼が求めているのが、自分の情だなどとほんの一時前には思いもしなかったことだ。
「……六代目、私は見られていても構いませんが」
 きりがない応酬に、イルカがついにカカシに助けを求めた。何を、と手を出しかけた面の男に片手を上げ、制す。
「俺にそんな趣味は無いんでね。……下がっていいよ」
「しかし」
「昔馴染みってやつだから。いーの」
 掲げた手をひらひらと振れば、男がようやく殺気を収める。
「……御意」
 一言、およそ納得のいっていないだろう声を残し、気配は見事なまでにその場から消えた。まるで最初からそうだったかのように、執務室の中、二人だけの空気が戻る。
「いいんですか、俺が本当は刺客だったら?」
 イルカが、口の端を歪める。皮肉そうな表情の裏、そこに期待と怯えが覗いていることに、二年経っても気付いてしまう。
「あなたになら殺されてもいいけど……ま、そんなことはさせませんよ」
「どうせ見張られているし?」
 イルカがちらり、と視線を上に流す。さっき消えたばかりの暗部は、天井の裏、いつでもイルカを殺せる位置に控えているだろう。互いに、そんなことは承知の上だ。
「分かってるじゃない。じゃあそんな物騒なことばかり言ってないで……おいで」
 身の内に灯った欲情を声音に乗せれば、彼はそれを引き出した張本人のくせして、うぶな娘のように唇を引き結んだ。
 思えば、好きだと告げたこともなかった。
 最初の夜、なし崩しに始まった関係は彼の寛容さにのみ支えられていたようなものだ。
 もう会えないと告げた時、その意味を正確に汲み取った彼が零した涙は今でも鮮明に思い出せる。武骨な成りをした男が、声を殺して泣く様はまるで誰かの死を目の前にしたかのようだった。
 二人の恋は、そこで死んだのだ。
そう、思い込もうとしていた。
 執務机の内側へ人を招き入れるのは初めてだ。そう思いながら、カカシは座ったまま、目の前に立つイルカを見据える。
「脱いで」
 一言命じれば、イルカは躊躇いなくベストに手をかけた。装備ごと床に下ろせば、どさりと重い音がする。続いて上着も脱ぎ捨てた彼の、引き締まった肉体が露わになった。
「そこに手ついて、下も全部見せて」
 そこで初めてイルカが躊躇うそぶりを見せた。カカシに背を向けて机に片手をついた彼が、ズボンに指をかけたまま動きを止める。
 形の良い尻を舐めるように見ながら、カカシはその逡巡の理由に気付いてしまった。背後から見た下着の中央が、不自然に盛り上がっている。
「こんなとこに何仕込んでんの?」
 割れ目を指でなぞり上げると、尻がきゅっと持ち上がった。良い反応に、布の下で口元が緩む。
 一拍の間を置き、イルカが自分から下着をずらしてみせた。生まれ持った、浅黒い肌色が徐々に露わになる。二年ぶりだ。こんな風にしてまた目の当たりにするとは思わなかったが。
 ただ見慣れないのは、たるみの無い双丘の合間で黒くてらてらと光る物だ。丸い、輪っかが覗いている。
「いけない先生だね、そんなにすぐしたかったの?」
 カカシは興奮のあまり声が上擦りそうになるのをどうにか堪えながら、彼のすべらかな尻を撫でた。
「それともいつもこうやって、男を誘ってるのかな」
 ぎゅう、と肉を揉んでやれば、イルカが小さな悲鳴を上げた。それでもカカシを振り向いた瞳は皮肉気に歪んでいる。
「そうだと、言ったら?」
 にやりと唇を曲げた彼にカカシは眉を上げる。そうして、彼の孔を埋めているプラグをぐり、と奥へ押し込んでやった。
「ひ、い」
 イルカの爪がぎり、と執務机に食い込む。短く切り揃えられたその指先が白く染まるのが見えた。昔の自分だったなら、すぐさまその指を取って口づけてやっただろう。しかし今は彼を傷つける言葉ばかりが口をつく。こんな物、かつての彼と使った覚えは無いのだ。
 カカシはわざとらしくため息をつきながら、つるりとしたプラグの持ち手を指先で弄んだ。輪に指を掛けてぬぷぬぷと引き抜くと、濃い色のふちがめくれ、ピンク色の肉がちらりと覗く。熱く柔らかく、カカシを包んだ場所だ。そこへむしゃぶりつく代わりにまた、カカシは彼を詰る。
「こんないやらしい穴してるんじゃ、男が欲しくて仕方ないでしょうね」
「……っ、しょうがない、じゃないか……俺のケツをこんなにしたのは誰ですか」
「だから、イルカ先生は夜な夜な男を漁ってるってわけ? 昔の恋人にも言い寄るくらいに。ああ、そっか。その辺の男、もう全部喰っちゃってたりして」
「だったら、どうなんです」
 あごをしゃくったイルカが、ふん、と鼻を鳴らした。急所を晒していてなお強気な姿勢を見せる彼に、胸がざわめく。陳腐な挑発だ。分かっていても、カカシはそれを無視できない。
「あんま調子に乗らないでよね」
 ぎりぎりまでプラグを引き抜き、ずぶりと深く突き入れる。持ち手の下にあったスイッチを押すと、鈍い電機音と共にイルカが足をがくがくと震わせた。
「そ、んな、いきなり……っ」
「相変わらず感じやすいね、やーらし」
 細かい振動を指先に感じながら、ぐりぐりと回してやる。彼は体を震わせ、机に肘をつくことでその体重を支えていた。孔の縁がぎゅうぎゅうと器具を締め付ける様はどこか哀れだ。こんな道具じゃなくて、もっと良いものを知っているだろうに。
「自分ばっか気持ちよくなってないで、ほら、膝つきな」
 命じれば、イルカは膝を震わせながら床に跪き、カカシの前立てを寛げた。既に半分立ち上がったそれに唇を寄せ、躊躇いなく口に入れる。
 じゅるり、と唾液をまとった舌が茎を這う。雁首と茎の間の筋をちろちろと舐め、雄を奮い立たせるように根元まで呑み込んでいった。
 窄めた頬の内側が、ぴたりとカカシに寄りそう。懐かしいような、どこかあの頃よりも上手くなっているような技に嫉妬がこみ上げる。カカシ以外に、何人の男を咥えてきたのだろう。
 胸を黒く染める思いに任せ、彼の頭をぐ、と押さえた。イルカがぴくりと反応する。喉奥へ突き上げられることを身構えているのか、添えるだけだった手がカカシの足を強く掴んだ。その哀れを誘うような仕草に、急に気持ちが萎れていく。痛めつけたいわけでは、決して無い。
 頭を押さえる代わりに、額当ての結び目に指を差し入れた。しゅるり、と外れたそれを執務机の端に置く。現れたなだらかな額には、じっとりと汗が滲んでいた。ほつれた髪が、閉じられた瞼に一房落ちる。
 局部を晒しただけのカカシとは違い、イルカは半裸だ。必死にカカシの雄に吸い付き身を捩らせる彼の乳首はぴんと尖り、目線を落とせばその下で彼のものがきつく勃ち上がっていた。丸みのある先端から、透明の雫が床へ零れて溜まりを作っている。
「ねぇ、垂れちゃってる。あんまり汚さないで欲しいんだけどなぁ……ゴム、持ってるでしょ? 出して」
 髪を撫でると、イルカがやっと瞼を開いた。上目にカカシを見つめながら、ゆっくりと陰茎を口から抜いていく。てらてらと淫靡に濡れた唇と、血管の浮き上がった性器。その顔へ擦り付けてやりたいという思いを唾液と一緒に飲み込んで、カカシは彼を立たせた。
 ごそごそと、尻ポケットからイルカが差し出した包みを二つ、受け取る。そのうちの一つを開け、彼の雄に被せてやる。肌の色とそう変わらない陰茎が、ひくひくと震えていた。色味の薄さは、男としての経験の薄さを物語っていた。カカシと共に居た頃と、同じだ。
「こっちはあまり使っていないみたいだね。ひょっとして、まだ童貞、とか?」
 揶揄すれば、イルカの顔色が変わった。悔しそうに唇を噛んだかと思うと、カカシが何か言うより先に再び膝をつく。
 ぱくりと先端を咥えると、そのままずるずると喉奥まで呑み込んでいった。彼が頭を前後するたびに、上顎に先端が押し付けられ思わず眉が寄る。
 髪より色の濃い、銀の叢にイルカが鼻を擦りつけた。すう、と呼吸する音が聞こえた。匂いを、嗅いでいるのか。
 そう考えた途端に思わず深く突き上げてしまい、イルカが大きくむせた。
「悪い」
 げほげほと咳き込む彼の背を擦ろうと屈んだとき、黒い瞳とかち合った。短い睫毛に縁取られた、一重の瞳が濡れている。
「カカシさん……」
 その、掠れた声。考えるより先に手が動いた。イルカの高く括られた髪の後ろをぐ、と引き寄せ、口布を顎まで下げて濡れた唇にむしゃぶりつく。
 戸惑う舌を探り出し、強引に絡め合うと、自分の苦みに混ざって懐かしい彼の味が咥内に広がった。肉厚の唇が心地良い。遠慮がちな舌が、いじらしい。
 彼の両脇に手を入れ、ぐい、と抱え上げた。口づけたまま膝の上に乗せると、イルカがカカシの首に腕を回した。頭を掻き抱くようにして、唇を押し付け合う。
 足に絡まる下穿きを二人協力して脱がしてしまえば、イルカは一糸纏わぬ姿となった。
 夜の執務室で、裸の男と抱き合う。誰に咎められてもいい。この一瞬が人生のすべてであるかのように、カカシはイルカの背を抱いた。
 忙しなく肌をまさぐる指先に、僅かに盛り上がった傷跡が触れる。教え子を、今では里の英雄となった青年を守った時の傷だ。年月が経っても彼の身に深く刻まれたその傷を、舐めて、きつく吸ってやりたい。あいつ以上に俺を愛してくれと、叫んでしまいたい。二年前も言えなかった言葉が、喉の奥まで出かかる。
 指先で何度も傷跡をなぞりながら、カカシは彼の舌を吸い上げた。
「んっ……ふ……」
 鼻から抜けるような吐息が、椅子の軋む音に紛れて聞こえる。両の目を開いたままのカカシとは違い、イルカは切なげに目を閉じて口づけに没頭していた。朱い目尻に、うっすらと涙が滲んでいる。
 カカシはそろそろと手を前に回し、盛り上がった胸の筋肉を柔らかく揉んだ。ぴくり、とイルカが跳ねる。
 手の平全体で揉みこみ、ぴんと尖った場所を優しく刺激する。困ったように眉を寄せたイルカが、口づけを浅くしながらちらり、とカカシを見た。唇を合わせたまま笑ってやると、またその目が閉じられる。どうしていいかわからない、とその瞳に書いてあった。
 一方的に身体を繋ぐためだけに来たのだろう。こんな風に交わるなどと、思いもしていなかったに違いない。
カカシもまた、思ってもいなかった。再び、イルカと肌を合わすことができるなど。
 口の端から唾液を滴らせながら、ふやけるほど彼の唇を吸う。きゅん、と勃ち上がった胸の粒を引っ張ると、ん、と甘えたような声が聞こえた。無意識だろうか、腰をぐいぐいと押し付けてくるのが何とも可愛らしい。
 二年経ち、互いに様々な経験をしたはずなのに、彼は昔と変わらず愛らしかった。少なくとも、カカシの目にはそう映るのだ。たとえ彼の体躯が自分とそう変わらなくとも……腰回りなど、カカシよりも逞しくとも、そう思ってしまうのだ。
 決して小さくは無い彼の陰茎が、無遠慮に押し付けられる。スキンを被っていなければ、背中に六火を背負ったベストが彼の欲に濡れていたことだろう。
 散々弄んだ胸の粒から手を離し、鍛えられた腹を通って下へ降りて行く。先走りだけでスキンの先端がぷくりと膨れていた。その場所をぐるりと撫でてやると、イルカが耐えきれないというように口を離した。
「あっ……」
 控えめな、しかし充分艶っぽい声を出しながら、イルカが恥ずかしげに口元を押さえる。天井裏で監視しているだろう暗部が忌々しい。結界を張るのは簡単だが、それではイルカの立場が悪くなるだろう。この部屋にあって彼はまだ、刺客と変わりない立ち位置だ。
 両手を使い、彼の熱を包み込む。ゴム越しでも温かなそこを根元から扱き上げ、先端をぐりぐりと刺激してやれば、イルカはあっけないほど簡単に白いものを吐き出した。
 どぷり、と音がしそうなほどねっとりしたものが、スキンの先端を大きく膨らませていく。
 声を詰めていたイルカが、カカシの肩にばたりと倒れた。
「は……あ、あ……」
 大きく上下する彼の背を撫でながら、ゆっくりと下へと滑らせる。口づけに夢中になってすっかり忘れていたが、彼の中にはまだあのプラグが収まっているのだ。達するのが早いのもそのせいかと納得する。
「イルカ先生……立てる?」
 支えながら膝から降ろしてやる。イルカはカカシを見ないまま頷き、最初命じられたのと同様に机へ手をついた。
 窓から入り込む月明りが、彼の背にカカシの影を映す。
 カカシは荒い息もそのままに、きつく勃起したままの自分のものへもう一つのスキンを被せた。
「足、開いてごらん」
 カカシの言葉にイルカは素直に従う。足の間から、つけたままの彼のスキンが見えた。重たげに頭を垂れたまま、股間の狭間でぶら下がっている。
「あまり、見ないでください……」
 控えめに振り返ったイルカが耳を赤く染めて言う。カカシはふふ、と笑っただけで、尻の合間から覗く、黒い持ち手へ指を引っ掛けた。くい、と引っ張ると、イルカが可愛い声で鳴く。赤く充血した縁が、名残惜しそうに吸い付いてきた。
「だ、だめ、早く抜いて……あっ、や、あんっ」
 上擦った声をもっと聞きたくて、少し引き抜いては戻し、を繰り返す。イルカがいよいよ音を上げたタイミングで、にゅるりと引き抜いてやった。彼の体液とローションでぬめるそれを、床へぽいと投げ捨てる。
 ぱっくりと口を開けたそこへ左右の親指を挿し入れ、ぐにぃ、と開いた。こうすると、彼のピンク色の内側がよく見える。
「いやだ、嫌ですっ、六代目……そんなところ……っ」
 よほど使い込んだのだろうと思ったのに、彼の秘部は昔と変わらずきれいなものだった。顔を近づけ、わざとふう、と息を吹きかけると、締まった尻がびくりと震える。
「だめ、だめです、本当に……」
 許して、と言うのを聞きながら、カカシはひくひくと蠢く孔へ舌を埋めた。
「ああ、あう……っ」
 柔らかく溶けた孔が、舌へきゅうきゅうと吸い付いてくる。その弾力を押し返すように舌を動かせば、彼の腰が揺らめいた。手を前にやると、雄が勢いを取り戻しているのが分かる。
 この身体を自分以外に楽しんだ奴がいるのだ。あの慎ましかったイルカに道具を使うことを教え、具合の良い身体に仕込んだ誰かが。湧き起こる激情は、カカシの雄をますます張りつめさせた。
「もう、もう……っ」
 にゅぷりと舌を引き出し、カカシは鷹揚に立ち上がる。イルカの腰を片手で掴み、スキン越しに孔へ先端を押し当てた。
 もどかしげに腰を突き出した彼をなだめるように、すべらかな尻を撫で、ぐ、と腰を進めた。
「はっ……う、あ、ああっ」
 道具に道をつけられていたそこは、太いカカシのものも始めから奥へと導いていく。
「あー……ぬるっぬる……」
 根元まで埋め込み、彼の背中へ口づけを落とす。その背がぷるぷると震えていることに気付き、前へ触れた。先ほどよりも膨らみを増したゴムが、たぷりたぷりと揺れている。
「入れただけでいっちゃったの? すごいね、やらしい……中もびくびくしてる。自分でも分かるでしょ」
 久しく人肌に触れていない身だ。これほど具合の良い身体に絞られては、カカシも長く持ちそうにない。
 達したばかりのイルカが落ち着くのを待って、律動を開始する。最初は奥を突くようにじわじわと揺すり、次第にストロークを大きくしていく。熱い襞が絡み、カカシをきゅうきゅうと締め付けた。
「ああ、いい、いい……っ」
 熱に浮かされたような声で、イルカが鳴く。隙間なく合わせた肌は汗ばんで、彼の鼓動の速さを伝えてきた。どくり、どくりと息づく身体だ。
 どこにも余裕など無かった。イルカと別れて二年。カカシは他の誰とも夜を過ごしていない。欲を覚えても、イルカ以外と肌を合わせる気にはなれなかった。世界を賭けた大戦に火影の襲名と、大きな出来事ばかりがカカシの上を通り過ぎ、そんな余裕が無かったとも言える。
 頭の奥で理性の糸が焼き切れそうな感覚も久々だった。胸に手を回し、健気に立ち上がったままの尖りを摘まんでやれば中がぎゅうぎゅうと締め付けられる。あう、と喘いだイルカが、涙を浮かべてカカシを振り返った。
 誘われるまま、唇を吸い上げる。無理な姿勢に挿入がより深くなった。堪らなくなって下から突き上げるようにすれば、イルカが口を離して大きく息をした。
 腰をぐっとつかみ、深く大きく突き入れる。イルカは喉が潰れたような声を上げ、机に縋り付くように突っ伏した。その背を見下ろしながら、カカシは一心に腰を振る。誰に見られていても良い。みっともなくても構わない。イルカの中へ、すべて吐き出してしまいたい。二年の間に溜まった彼への思いも、言えなかった言葉も、すべてを。
「あ、あ、カカシ、カカシさん、いく、いく……っ」
「……っ、俺も、出す、よ」
 カカシを包んだ襞が、びくびく、と痙攣した。仰け反って達した彼の、逃げかける腰を押さえ、ずん、とひと際大きく突き上げる。己の管から、どくり、どくりと勢いよく精が飛び出していくのを感じた。被膜の内側に、行き場の無い種が吐き出される。
一瞬、瞼の裏が白くなるような強い快感だった。自分の右手では味わえない快楽に、指先までが痺れるようだ。机に縋り付いて裸の背をひくりと震わせるイルカを見ろしながら、カカシはもう一度深く腰を突き上げた。
天井裏にあったはずの暗部の気配は、いつの間にか消えていた。


「ねぇ、この二年であなたを抱いた奴の名前、教えてよ」
 膝の上に座らせたイルカの髪を梳きながら、その耳元で囁く。支給服を着込みカカシに背中を預けた彼は、くすぐったいのか肩を竦めて小さく笑うばかりだ。
「記憶を消すくらいのこと、しても良いでしょう? 写輪眼が無くたって、やり方はいくらでもある」
「火影様がそんな物騒なこと仰っていいんですか」
 また、イルカがくすりと笑う。二度、三度と挑んだために疲れ切っているだろうに、彼の顔はつやつやと色づいていた。
「許してよ、嫉妬でおかしくなりそうなんだから」
「ふふ……その顔を見られただけでも充分です」
 ちらり、といたずらな瞳がカカシを振り返る。
「嘘、ですよ」
「え?」
「カカシさん以外に触れられるなんて、舌噛んで死にます。俺の慰めは、ああいうのだけでしたよ」
 赤い舌をぺろりと出して、イルカが笑った。床に転がる、ああいうの、を照れたように指して。その姿にほっとするやら呆れるやら、カカシはずるずると背もたれに沈み込む。
「そっか、そうなんだ……」
 ごめんなさい、と言う彼の声には、ちっとも悪そうな響きが無い。してやられたなと思いながらも、胸には安堵が広がる。イルカの身体は、今でもカカシしか知らないのだ。
 安堵ついでに、自分もこの二年誰とも肌を合わせていないのだと告げると、流石に彼も驚きを浮かべた。
「俺はこう見えて未練たらしい男なんですよ」
 唇を尖らせ言えば、イルカが困ったように笑う。
「そんなの、俺も一緒です」
 リラックスした様子でカカシにもたれる彼の、腹に手を回す。ぎゅう、と抱きしめれば、その手が優しく包まれた。
「ねぇ、俺たちやり直せないかな。ま、都合良いこと言ってる自覚はあるんだけど」
 昔と変わらず長い髪に鼻を埋め、その匂いを吸い込む。いつの間にかほどけた髪紐はどこかへ落ちたらしい。
「いいですよ、でも覚悟して下さいね。また捨てられたりなんかしたら、俺今度こそ死んじまう」
「イルカ先生……本当に、いいの?」
 窺うように名を呼べば、手を包む力がぐ、と強くなった。
「もう離しませんよ」
「俺だって……。ああ、二年も我慢したのがばかみたいだ」
「これからずっと一緒に居られるんですから、二年くらいどうってことないですよ」
 振り向いたイルカが、口元に笑みを浮かべた。その厚い唇へ吸い寄せられるように触れ、ちゅ、と音を立てて離れる。
「でしょ?」
 得意げに笑う彼のうなじに顔を埋める。良い大人が、子供のように額を押し付けて。
イルカが、カカシの腕をぽんぽんと優しく叩いた。
 慰めるように、すべてを包み込むように。
 空には満点の星が瞬き、時を経て結ばれた恋人たちを遠くから見つめていた。






 終