口布の下の素顔がイルカの目の前に晒されている。
すっと通った鼻梁、話すたびに浮き上がる唇の薄さ、形の良い顎。
そこを順に食んでいくと、ふ、とカカシの唇から音が漏れた。感じているというよりは、笑っているような響き。
それを良いように解釈したイルカは動きを止めない。すべらかな顎の先を甘く噛んで、そっと舌でなぞる。薄く生えた髭のじょり、という舌触りに満足し、そこをちゅうと吸った。
すると彼は目を細め、唇の端をくっと持ち上げる。そうして、甘い声で言うのだ。いやらしいひとだーーーと。




ジリリリという目覚ましの音でイルカは覚醒する。
額には汗をかいて、寝間着代わりのTシャツがしっとり濡れていた。
恐る恐る上掛けをめくると、悲しいかな愚息が元気に起立している。
「はあ……」
ばたりと倒れたイルカは、腕で顔を覆った。
息子が元気なのは良いことだ。自分はまだ若い。夢精したわけでなし、朝勃ちしたからって嘆くほどのことではない。
その原因が問題なのだ。
どう考えても、それは今までみていた夢。
自分の教え子を託した上忍師であるところの、はたけカカシと睦み合う、その厄介な内容に影響されていることは間違いなかった。
同じような夢を見るようになって、イルカは毎度こうして愚息にため息をついているという訳だ。
イルカにはこの屹立を慰めてくれる恋人もなく、またこれまでの人生でそういう相手をもったこともなかった。
潔癖という訳ではない。ただ機を逸し続けたまま、気づけば23歳になっていた。
そして、イルカが恋人をもつのには高いハードルがあった。
おそらく、自分はゲイだ。
おそらく、というのは今まで誰とも肉体関係を持ったことがないため、確証が持てないことに起因する。しかし第二次性徴の頃から、目で追ってしまうのは少し年上の男性ばかりだった。
それを自覚し始めた頃には両親ともに亡く、親しい友人はおろか、世話になっていた火影にも相談できなかった。
同期のくのいちと良い雰囲気になりそうになったこともあるが、どうしても友人としか見られずそれとなく逃げてしまった。
戦地で後方支援にあたっていたときなど、伽の任務を言いつかるのではないかと内心少し期待していた(何しろ若かったのだ)こともあったが、いかにも男らしい見た目のイルカにその任務が回ってくることは無かった。
明け方、上忍の天幕から疲れた顔で戻ってくる見目の良い同僚を労りながら、自分ならばいっそ喜んでーーと人に言えないことを思ったりもした。
教師になってからは特に保護者の目も気になり、里内で自分の欲求を満たすことは諦めていた。滅多に里外へ出ることもなく、たまに火影の使いで都会に赴いた時にちら、と花街へ視線を向けたりもするが、一般人にまぎれた忍に見咎められたらと思うと、どうしても足を向けることはできなかった。
隠し続けた性癖が顕になることを、イルカはひどく恐れていたのだ。
それでも若い身体からは欲求が湯水のように湧いてくる。
イルカは仕方なく自分で自分を慰めるうち、すっかり一人上手になっていた。
自慰のネタにするのは密かに手に入れた雑誌であったり、男女もののAVの男優であったり。決して、身近な相手をオカズにしたことなどなかった。
それなのにーーー
イルカは夢の内容を思い出し赤面した。
夢の内容は何パターンかに分かれる。今日のように素顔(想像上ではあるが)のカカシと優しく触れ合うだけのもの、口布をしたままの彼に全身を愛撫されるもの。そして、有無を言わさず激しく抱かれるものーーー
「うわあああっ」
後ろから激しく突き入れられた夢の中での姿を思い出し、イルカはベッドの上でじたばたともがいた。ぎしぎしと安物のフレームがきしむ。
どう考えても元生徒の上忍師に対して見て良い夢ではない。
素顔どころか手甲を外したところすら見たこともないくせに、夢の中のカカシは美形だった。そして優しく、時に意地悪にイルカに囁くのだ。都合の良い愛の言葉を。
うなじをなぞる指を想像し、ぶるりと身震いした。熱はまだ収まりそうにない。
イルカはそっと上掛けの下へ手を伸ばした。




「はあーっ」
本日二度目の大きなため息をつきながら、イルカは狭い玄関に座り込んで脚絆を巻いていた。
結局あれから自慰をしてしまった。
吐き出したティッシュを丸めてくずかごに入れながら、とんでもない罪悪感に苛まれるのもいつものことだ。
きっとカカシは思いも寄らないだろう。ろくに話したこともない中忍が自分をオカズに自慰にふけっているなどとは。
そう、イルカはカカシと決して親しいと言える関係では無い。
カカシがナルトやサクラ、サスケの属する七班の上忍師になったのはつい数ヶ月前のことだ。
挨拶の場に遅れてきた彼と短い挨拶を交わしたり、偶然かち会った一楽で子どもたちに一緒にラーメンを奢ったりしたことはあれど、世間話の域を出ない。相手にしてみればせいぜい知人という認識が関の山ではないだろうか。
しかし、イルカにとっては違った。
初めて会った時から、目が離せなかったのだ。
右目しか露出していない特殊な外見をしているにも関わらず、整った顔立ちであることを察せられる切れ長の瞳。歩行時の体重移動に至るまで完璧な忍びとしての立ち居振る舞い。そうして、耳の奥にいつまでも残るような低く、甘い声ーーー。
『はじめまして』
夕焼けに染まるアカデミーの教室で。
『は…はじめまして!うみのイルカと申します。アカデミーでは七班の生徒の担任をしておりました。何かありましたらいつでもお声がけください!』
思わずまくし立ててしまったイルカの手を。
『こちらこそ』
ぎゅ、と握ったあの手。手甲越しの、少しひんやりとした手のひら。イルカのものよりも細く、長い指。
思い出すだけで、顔に熱が集まってくる。

イルカは、カカシに恋をしていた。

パン!と頬を両手で挟み、イルカは立ち上がった。
どんな夢を見ようと、アカデミーの始業時刻は待ってくれない。
勢いよくドアを開き、外の空気を思い切り吸い込んだ。
夏の日差しが目に染みる。今日も暑くなりそうだ。



***



夕方の受付は任務帰りの忍と、翌日の任務依頼に訪れた里の人間とでごった返している。
イルカが担当するのは専ら忍の任務報告書の受付だ。
アカデミー教師になると同時に、内勤として兼務するようになった。
受付専門の忍も居るが数は少なく、日中なら足りるがこのような繁忙時には手が回らなくなるのだ。現に三つある窓口にはどこも行列ができていた。
慣れた手付きで報告書に判を押しながらも、イルカは目の前の相手への笑顔を忘れない。
それは心からの労りの意味もあれば、余計な難癖をつけられるのを回避したい思いからでもあった。任務帰りの忍には気が立っている者も少なくない。
夜中のシフトに当たった時などは特にそうだ。殴られたことも一度や二度ではない。
「はい、結構ですよ。お疲れ様でした」
にこ、と笑顔で言うと、おう、とそっけない返事が返ってくる。それで良いのだ。
きびすを返した中忍の向こう、受付所の入り口に、見慣れた金髪頭が覗いた。大きな声で何事か話しながら、ぴょんぴょんと弾むようにして中へ入ってくる。その後にピンク色のふわふわとした髪の毛が。そして連なるようにして尖りのある黒っぽい髪。そうして、少し遅れて来たのはーーー
「ちょっとお前ら、静かにしなさいよ」
聞こうとしなくても耳に入ってきた、艶っぽく甘い声。銀色の髪をいつものようにツンツンと逆立てて、カカシが入ってきた。
「だってよだってよ、サスケってばよ!」
「うるさい。ウスラトンカチが」
「そーよそーよ!」
尚言い合う下忍たちの頭上、パシパシパシッと順に小気味良い音が響いた。
いででっ、と三人とも頭を押さえている。カカシが手に持つ報告書で彼らをはたいたらしかった。ただの紙切れとはいえ、上忍の手にかかればハリセンほどの威力はあるかもしれない。
その様子を、報告書をさばきながら見るでもなく見やる。イルカがナルトたちの担任だったのは周知の事実だから、多少気をとられていても多めに見てもらえるのだが、じいっと見つめているわけにもいかない。
いつも通りイルカの列に並んだナルトに、心の中でよくやったと褒める。そうしてくれないとカカシと言葉を交わすチャンスなど無いのだ。
打って変わって大人しくなった三人のためにも、と常以上に気を張りながら行列をさばいていく。
そうしてやっと目の前に金髪の子供が立ったとき、イルカは顔を上げて今日一番の笑顔を見せた。
「任務、お疲れ様でした!」
三人とも、いつも仏頂面のサスケですら一瞬ぱっと表情を緩めそうになった。しかし、他の忍の目を気にしてか、下忍としてのプライドを前面に出したのか、すぐさまきりりと表情を引き締める。
その様子にぐっと来てしまうのはやはり教師だからだろうか。
イルカは頷くと、受付の顔に戻った。そして、下忍たちの後ろに付き添うようにして立つ上忍師へ、ふっと顔を上げた。
「お疲れ様でした。カカシさん」
「いえいえ、イルカ先生もね。はいこれ」
カカシはにこりと、イルカに応えるように片目だけで笑顔を向けてくれた。
それだけで心臓が跳ねそうになるのを堪えて、受け取った一枚の報告書に素早く目を通す。数時間に及ぶ失せ物探し。いがみ合いながらも最後には協力して獲物を捕獲した様子が目に浮かぶ。
緩みそうになる口元を引き締めて、イルカは認印を押した。
「はい、結構です。あとこちら、明日の任務です」
差し出した紙を三人が覗き込み、またげえっという声を出した。
「また農作業かよぉ、もっとカッコいい任務は無ぇの?イルカ先生」
「こら、任務に貴賤は無いぞ。いつも言っているだろう?」
「そうよぉナルト。まぁ、あたしも飽きたっちゃあ飽きたケド、ね」
サクラが桃色の唇をぷう、と突き出した。その隣で何も言わないサスケも瞳は雄弁に不満を語っている。
「イルカ先生の言う通りだぞ。明日も九時に集合ね」
言ってカカシがイルカの手から依頼書を受け取る。微かに触れたひと差し指の先が、じんと痺れた。
どうせ遅刻するんだろ!と喚く子供たちを連れて立ち去る背中を、横目に追った。
ナルトは名残惜しそうにちらちらとイルカを振り向いてくれたけれど、カカシはさっさと受付を出ていった。それを当然だと思うのに、どこか寂しがるかのように胸の奥がずきりと痛んだ。



***



とっぷりと日が暮れた里の中で、一際賑やかな一角。
居酒屋が立ち並ぶその場所へ、イルカは吸い寄せられるように足を向けた。
受付の仕事を夜間の担当へ引き渡した後、アカデミーの残業をしていたらすっかり遅くなってしまい、自炊をする気力も残っていなかったのだ。
弁当を買って帰ろうにも、気に入りの店はもう閉まっている。
それに明日は休みだ。決まった休み以外にも、シフトの都合で時々ぽっかりと一日だけもらえる貴重な休暇。少しくらい酒を飲んでも誰にも文句は言われないだろう。
馴染みの居酒屋兼定食屋のような店に入ると、週の真ん中にも関わらず席はほとんどが埋まっていた。
「いらっしゃい。今日は何にします?」
カウンターの端に腰掛けると、ふくよかな女将が熱いおしぼりを手渡してくれた。
「ビールと枝豆と…あと何かおすすめ出してもらえますか?」
「あいよっ」
にっこりと笑った女将は、驚くべき速さでカウンターの向こうから差し出されたジョッキと小鉢を受け取ると、イルカの前にでん!と置いた。
この早さも、この店の人気たる所以だろう。
きんきんに冷えたジョッキを口につけて、イルカはぐいと中身を喉に流し入れた。
生き返る心地だ。
今日は朝から調子が狂ったようで、普段ならしないようなミスをして同僚に心配されもした。
口では大丈夫と言っておきながら、ちっとも大丈夫ではなかった。
ふとした拍子に夢の中のカカシが浮かんできては赤面しそうになり、あまつさえ受付で顔を見てからは気が逸れそうになるのを必死で堪えていたのだ。
明日が休みでちょうど良かったのかもしれない。
酒を飲んで、夢も見ずに寝てしまおう。
「よし、そうしよう」
「何がです?」
いきなり降ってきた声にガタンと手の中のジョッキが揺れる。
「え?」
声のした方に振り向けば、たった今思い描いていた相手が不思議そうな顔でイルカを見下ろしていた。
「カ、カカ…」
「カカシ」
「あ、あの、カカシ…さん?いつの間に…」
「さっきですよ。混んでますね、この店」
言いながら隣に腰を下ろしてくる。
ぐるりと店内を見渡せば、なるほど先程までは空いていた席もすっかり埋まっていた。
カカシは女将に何やら注文しているが、急なことに緊張して内容が耳に入ってこない。まさか会えるなんて。しかもこんなところで、こんな距離で。
内心の動揺を抑えようと必死なイルカに、カカシはいつもの飄々とした様子で話しかける。
「ここ、よく来るんですか?」
「ええまぁ、時々。……カカシさんは」
「前に一度来たかな。でも随分久しぶりですよ」
顔を覆う口布と額当てはそのままだというのに、片目を合わせるだけでもイルカの心臓はひどく高鳴った。
運ばれてきたカカシのジョッキと小さく乾杯する。
ごくり、とビールを流し込む喉元をそれとなく横目で追ってしまった。
口布をしたままでどうやって飲んでいるのだろう。黄金色の液体が真っ黒い口布の中に吸い込まれていく。幻術でもかけられているのか、イルカにはどういうからくりなのか分からなった。
意外とせり出した喉仏が上下する様がとんでもなくセクシーに見えて、思わず内腿を擦り合わせそうになる。
慌てて目を逸らすと、カカシの衣服が受付で見たときよりも汚れていることに気づいた。
「お出かけでしたか」
言外に任務かと問えば、ああ、とカカシが目を細めた。
「内緒の、ね。ちょっと行って帰ってきたら、飯作る気無くなっちゃって」
「カカシさんでも自炊されるんですね」
「やだな、人を何だと思ってるんです」
はは、と笑う声が好ましい。
受付にはイルカの知る限りカカシ単独の任務予定など入っていなかったから、火影直々に言い遣ったものだろう。暗部ーー暗殺特殊部隊ーーに在籍していたとは聞くが、未だにその任務を受けているのだろうか。
戦忍だった時期に何度か目にした、特徴的な彼らの装束が脳裏によぎる。
「あ、怖いこと考えてるでしょ。違いますよ。ただのお遣いみたいなもんです」
「内緒、じゃないんですか」
「だってイルカ先生、眉間に皺なんか寄せちゃって」
ここ、とカカシが自分の眉間を指す。イルカがどう捉えていると思ったのか、カカシは大丈夫ですよ、と続けた。
「今日も明日もあいつらとの任務だっていうに、血生臭さい仕事なんて受けませんって」
「そんな……任務に貴賤はありませんよ」
夕方の受付でも言ったような台詞を言うと、カカシがふっと笑った。
「そう?優しいね、イルカ先生は」
その言葉に蔑みの色が無いことにほっとする。
外回り、とも呼ばれる戦忍と内勤の忍との間には、目に見えない壁のようなものがある。
時には戦忍から面と向かって覚悟の甘さを(それは彼らの思いこみだが)嗤われることもあった。
しかし今のカカシの言葉は、イルカの資質を単純に評しただけのようにも聞こえた。
カカシがつまみに手を伸ばしたのを合図に、イルカも放置したままの料理に手をつけた。
それからぽつり、ぽつりと当たり障りの無い会話を重ねていくうちに、気づけば卓の上には空の徳利と2つの猪口が並んでいた。
カカシにつられて日本酒まで飲んでしまった。
うっかり明日は休みだと口を滑らせたら、それならもっと呑めるでしょうと次々注文されてしまったのだ。
意外に強引なところのあるカカシに乗せられて杯を重ねたはいいものの、そろそろ外で呑むにしては限界がきそうだ。
重くなった瞼をそのままにカカシを見れば、同じ量を呑んでいるはずの相手は普段と変わらぬ顔色でこちらを見ていた。
その目がふっと逸らされる。
「……そういえばね、こないだちょっと面白いことがあったんですよ」
「はい?」
顔をかしげて応えれば、カカシはいたずらっぽく口の端を持ち上げた……ように見えた。何しろすべては口布の下だ。
「任務の終わりに、ついでの用があって立ち寄った街でね。やたらと声をかけられるんですよ、男ばかりに」
「はぁ」
「何てことはない客引きなんですけど、やけに見目の良い奴らばかりで。聞けば男娼だって言うじゃないですか」
「だ、だんしょ…」
「そう。よくよく聞いてみると、その街は男専門だったんですよね。客も店側も。街自体に女が居ないわけじゃないけれど、言われてみれば良い雰囲気で歩いている二人組なんてのは男ばかりでねぇ。最初は簡単に断れていたんですけど、数人目になるとアスマよりいかついような男が真っ赤なドレスに厚化粧でつきまとってくるようになって…」
イルカは思わず吹き出した。男娼の街であっけにとられるカカシの姿が浮かんだからだ。
一分の隙もないように見えて、それは存外可愛らしい姿のように思えた。
「あ、笑いましたね。酷いなぁ。とにかく俺はその気が無いことを猛アピールして、光の速さで用を済ませて街を出たというわけです」
「それは大変でしたね」
「ねぇ。別に男同士がどうとか言う気はありませんが、いざ自分が対象となるとねぇ」
苦笑するカカシに、思わず言葉が詰まった。
男は対象外なのだ。
恐らくそうだろうなとは思っていた。数ある通り名の中には女性との色恋に関するものもあるような男だ。男に手を出すほど困ってはいないのだろう。
イルカのように元々男しか対象にできないというのでなければ。
変な夢を見てごめんなさい。
そう口に出してしまいそうな自分をぐっと押し込めて、ふ、と口元を緩めた。
「カカシ先生は、ご経験があるのかと思ってました」
「はは、まあ戦地では珍しいことでもないですけどね」
言って、カカシはちらりとイルカを見た。
「そういうイルカ先生は……って、こんなこと聞いちゃっても良いのかな」
「どういう意味ですか?」
「だってあなた、いかにも先生!って感じの人なのに……やらしい質問なんかしたら怒られそうじゃないですか」
「そんな……」
言葉に詰まる。堅物だと揶揄されるのは慣れたものだが、カカシに言われると後ろめたいような気になってしまう。
朝、この人で抜いたのに。
思い出すとカッと頬が熱くなる。酒のせいにできるのが有り難かった。
一度夢のことを思い出すと止まらなくて、いま隣に居る男の存在が急にリアルに感じられた。どんなに呑んでも顔色ひとつ変えない彼は、しかしその瞳にだけ薄く水の膜を貼っている。隣に座っていてさえ体臭のひとつに感じさせないが、耳をすませば呼気を拾うことができる。
夢の中でない、現実のカカシが今生身の男として隣に座っているのだ。
これ以上のチャンスはもう無いように思えた。
イルカが黙っているのをどう捉えたのか、カカシが猪口の中の酒をぐびりと煽った。徳利の中はもう空のはずだ。
女将に合図しようとカカシが右手を上げかけた時ーー
「あの」
「はい?」
カカシが手を下ろす。
イルカはその様子を見ながら、意を決して口を開いた。
「試して、みますか」
「え?」
どういう意味ですか、と今度はカカシが尋ねてきた。
「その、男同士がどんなもんかってことです」
言いながらイルカは顔が熱くなるのを押さえられない。きっともう酒では誤魔化せていないだろう。
指先が震えそうで、そっと机の下に隠した。
しかしカカシは
「やめておきましょう」
さらりと笑い、そう言った。
「ほんの遊びですよ、カカシさん。あなたとどうこうなりたいという訳ではーー」
尚言い募るイルカの唇に、ひやりとしたものが触れた。
「酔ってますね、イルカ先生」
人差し指一本でイルカの言葉を止めたカカシは、困ったように眉を下げ、笑った。
「疲れてるんじゃないですか、先生も忙しいんでしょう」
カカシはわざと『先生』とゆっくり言葉にすることでイルカがそれ以上言葉を紡ぐのを防いだ、ように思えた。
イルカは急に頭の芯が冷えていくのを感じた。
「そう、かもしれません」
カカシの指が離れた唇からは、先程の勢いがすっかり消えていた。
「そろそろ出ましょうか」
伝票を持ったカカシが立ち上がる。
否という術はもうどこにも残されていなかった。




夏の夜はどこか明るい。ジー、ジーと鳴く虫の声が草むらから聞こえてきた。
イルカは店の前で別れるつもりだったが、カカシに同じ方向だと言われれば大人しく伴するしか無かった。
舗装の行き届かない砂利道を並んで歩く。
ふたりとも、店を出てから殆ど口を開いていなかった。
気まずい空気を、果たしてカカシはそう思っているのかもわからない。
ちら、と隣を見ても、唯一感情の窺える片目すら、今は逆側にあるのだ。
イルカの中には後悔ばかりが渦巻いて、なぜあんなことを言ってしまったのかと己を殴りたい気持ちでいっぱいだ。このまま死んでしまいたいとすら思った。
せっかく親しくなるチャンスだったのに、別のチャンスに捻じ曲げてしまった。
きっともう食事する機会などない。ひょっとしたら受付で言葉を交わすことすら無くなるかもしれない。
それで当然であるのに、今カカシがこうして連れ立って歩いてくれている意味が分からなかった。
そうして、小さな十字路に差し掛かったところでカカシが足を止めた。
「俺はこっちですが……」
右を示すカカシに、イルカは視線だけで反対側を差す。
カカシはそうですか、と言うと、手をポケットに突っ込んだ。
「じゃあ、おやすみなさい」
そう言って右の路地へ向き直るカカシへ「おやすみ、なさい」と返すのが精一杯だった。
街灯の少ない暗い道に、カカシの背中が吸い込まれていく。
地面に縫い付けられたように、イルカはそこから動けなかった。
カカシが歩くと、銀色の髪が僅かに揺れる。この先決して触れることのできないそこへ、酔ったふりをしてでも触れておけばよかった。意外と柔らかいんですね、なんて言ったら彼はどんな顔をしただろう。
斜めがけにした鞄のストラップをぎゅ、と握りしめる。
ふいに、カカシが振り向いた。
「ああ、そうだイルカ先生。また飲みましょうね」
今度は疲れてないときに、ね。
そう言ったカカシの右目がにこりと弓なりになったのが、暗い中でもはっきり見えた。
優しげなその仕草がイルカへの思いやりだと分かり、目頭がじんと熱くなる。
イルカの失態をカバーしてくれている。優しい人なのだ。
何も言えず、代わりにこくりと頷いたイルカに片手を上げて、今度こそカカシは去っていった。
もう振り向くこともなかった。
その背中から相も変わらず目を離せずにいる、イルカを残して。




どうやって帰ったのかも分からないが、自宅へ帰り着きドアノブを握ると、手の平に異様に汗をかいていたことを知った。
どうにか鍵を開け、倒れ込むようにして板の間に突っ伏した。
先走ってとんでもないことをしてしまった。その後悔は未だ胸にあるが、去り際の笑顔にまた心ときめかせたことも事実だ。
罵られて嗤われても文句は言えないようなことを言ったのに、次も、と誘ってさえくれた。
「度量が違うんだよなぁ…」
誰に言うでもなくひとりごちて、イルカは頭を抱えた。
「あー、やっぱり好きだ」
ぽつりと呟いた言葉は、暗い部屋に溶けていった。
次に会ったら詫びて、そしてまた飲みに行こう。
もう二度とあんなことは口にすまい。
話ができるだけでも奇跡なのだから。
そう決意し、重くなる瞼に任せて目を閉じた。




「うーん……」
大きく息を吐きながら、イルカはぐんと伸びをした。
結局布団へたどり着けないまま寝てしまった身体はぎしぎしと痛みを訴えてくる。
文句のつけようもなく晴れ渡った空を窓の外に見て、今頃汗を流して果物を収穫しているであろう元教え子たちの姿を目に浮かべた。
そこには当然、昨日酒を酌み交わした上忍の姿も浮かぶのだけれど、あえて無視をする。
じっとしていると余計なことばかり思い出してしまうから、と朝から溜まった洗濯や掃除に精を出していたら、昼過ぎだというのにもうすることが無くなってしまった。
持ち帰りの仕事も無く、手持ち無沙汰にストレッチをしてみたものの、それにも飽きてごろりとベッドに寝転んだ。
ベッドの真上にある正方形の窓は半分だけ開いている。そこから入ってくる生温い風に、そろそろ扇風機を出した方が良いだろうかと思う。
じわ、と汗のにじむ額に手を当てると、自然と瞼が閉じた。
すると。
『ーーーイルカ先生』
「っは………」
昨日間近で聞いた、自分を呼ぶ声。忘れようとしても忘れようのない、自分よりも低いその声が頭の中に響く。
こんなに甘い響きだっただろうか。都合よく解釈する脳に舌打ちをしながら、しかしイルカの首筋はぞわりと泡立った。
せっかく夢も見ずに眠れたのに。
昼間、受付でうっかり触れた指先の痺れがまだ残っているようだった。
誘いを口に乗せたとき、向けられた探るような視線の鋭さ。
ぶるり、と背筋が震えた
頭を振っても逃すことのできない熱が生まれたのを感じて、イルカはそろりと右手を太ももに添わせた。
そして自分を焦らすように、内側に向かってそっと撫でていく。
親指の背で触れた股間は布越しでもじん、とした快感を拾った
はあ、と声にならない吐息が漏れる。
イルカはズボンごしに陰茎を擦った。
それは慣れた慰撫に従順に応えてどんどん頭をもたげていく。
下着の中で窮屈になるほど育ったそれに直接触れるため、ためらいなく下着ごとズボンを脱ぎ去った。
日の差す明るい室内で。
薄いカーテンを閉めただけの部屋は、しどけなく足を開くイルカの姿をくっきりと浮かび上がらせている。
左手を亀頭に添えると、うっすらと先走りが滲んでいるのがわかった。
「はっ、…はぁ……っ」
右手で茎を上下にしごいていくと、口からはひっきりなしに荒い息が漏れる。
開けたままの窓辺でゆらめくカーテンが、どうしても視界に入った。
声を押し殺そうとするほど、感じて仕方なかった。
手の平で先走りをくるくると先端に塗り拡げながら大きく手を上下させる。
頭の中ではカカシの白い指がイルカのそれを掴んでいる。
意地悪く笑って、気持ちいいの、なんてあの声で言ってーー。
立てた膝にぐっと力が入る。腰はいつの間にか浮きかけていた。
シャツの裾から腹筋を辿るようにして、先走りでぬるつく指を胸元に沿わせる。胸の突起をくるくると撫でると、尻の奥がきゅんと疼くのを感じた。
『いけない人だね、こんなところで感じて…』
聞いたこともないような台詞が、カカシの声で再生される。胸の粒をしこしこと擦る手が止まらなかった。
誰一人、生身の男を知らないのに、自分でこんな淫らな身体にしてしまった。
だが今はそれを疎ましく思うことはない。
どうせ誰にも拓かれない身体だ。せめて自分くらい愛してやらなければ。
「あ……っ、ふぅっ…」
胸の突起を押しつぶし、またぎゅうっと摘む。その動きに合わせるように手を激しく動かしていると、股間に堪らない快感が押し寄せ、先端からびゅるっと白濁が飛び出した。
びゅる、びゅると押し出されるように放たれたそれは、イルカの腹を白く汚した。
はぁはぁと胸を上下させながら、未だ余韻にびくびくと震える陰茎を根本から先端まで数度擦る。残滓まですべて出し切って、腹に溜まったそれを枕元のティッシュで乱暴に拭い取った。
ふぅ、と一息ついても、行為中に感じた奥の疼きが未だくすぶっている。
じりじりと膝を擦り合わせるとまた茎に芯が通るのを感じた。
イルカはベッドの上で起き上がり、開きっぱなしだった窓をぱたりと閉めた。迷った末、カーテンも閉めてしまう。
部屋の中は途端に薄暗くなり、これから行われる行為がひどくいやらしいものだとイルカに知らしめるようだった。
イルカは身を屈めると、ベッドの下に隠すようにして置いてある箱を手繰り寄せ、自分の側に置いた。そうして、その中からスキンと透明なボトルを取り出す。
誰に見咎められる訳でもないのに、その手付きはひどく慎重なものになった。
壁際に枕を立て掛け、そこに背中を預ける。
人差し指にスキンを被せて、ジェルをとろりと垂らした。
むき出しの下半身の中心ではもう陰茎が大きさを取り戻している。イルカはそこを無視し、大きく足を開くと双珠の奥へ指を滑らせた。
窄まりの襞をなぞるようにするだけで、じんと奥が疼いて思わず腰が揺れた。
ずぷ、と指を挿入すると鼻から息が漏れる。
後ろを使った自慰は久しぶりだ。焦る気持ちを抑えて、ゆっくりと指を呑み込ませていく。
「はあ、あぁ……」
人差し指の第二関節まで飲み込んで、浅いところで出し入れする。
緩慢な刺激に、しかしイルカは感じ入っていた。だらしなく開いた口元からよだれが零れそうになるのを寸でのところで飲み込む。
一度引き抜いたスキンに中指も潜り込ませて、今度は二本一気に差し入れた。
「んぅっ」
先程より圧迫感は増したが、痛みは無い。むしろイルカの後孔は喜んで己の指をしゃぶっているようだった。
慣れてきた孔の中で、イルカの指はある場所を探して蠢いていた。
「ああんっ…」
そこ、を指が掠めたとき、孔がきゅうっと収縮して指の根元を締め付けた。内腿がびくりと震える。
思わず大きな声が出て、イルカは反対の手で口を覆った。
自分で弄っているうちに見つけたその場所は、この愉しみの醍醐味といってもよかった。ここを覚えてからというもの、ますます女性とは関係できないと思ったものだ。
見つけた当初はふわふわとした頼りない感触だったそこは、イルカが熱心に弄っているうちにこりこりとした固いものに変わっていった。行為の度に得られる快感も増していって、少し怖くなるほどだ。
大きな波をやり過ごし、恐る恐るまたそこへ触れる。きゅ、と二本の指で挟むようにすれば、びくびくと下半身が震えた。放置された陰茎からはたらたらと透明な液が漏れている。屹立したそこへ手を伸ばし、先走りを塗り込めるようにして擦りながらまた指を抜き差しすれば、今度は声を押さえることができなかった。
「あっあっあっ」
なるべく小さな声で、と思えば思うほど孔は指を締め付ける。今が昼間で、平日なのはむしろ良かったかもしれない。確か、隣人は任務に出ているはず。壁の薄い中忍寮において、色っぽい声は何かと憶測を呼ぶものだ。
しばらく指での抽挿を愉しんでいたが、次第に指では届かない奥が疼き出す。それはイルカにとって当然の流れともいえた。
淫具の入った箱を手繰り寄せ、直径3センチほどの太さのある肌色の棒を取り出した。根本にスイッチがあるそれは、男根を象ったシリコン製のバイブレーターだった。
教師になる少し前、人目を憚って恐る恐る入った店で手に入れたものだ。グロテスクな形をしたたった一本のそれが、これまで長い間イルカを慰めてくれていた。
大事な親友にちゅ、と口づけて、根本からずるりと舐めねぶる。男性器を模したそれは、カリが大きく張り出してイルカをたくさん鳴かせてくれるのだ。
口を大きく開けてフェラチオの真似事をしながら、イルカの瞼の裏に浮かぶのは恋しい男の姿だった。
イルカに奉仕をさせながら、吐息ひとつ漏らさず髪を掴んで奥まで押し込んできてーー
『上手だね』『気持ちいいよ』
聞いたこともない台詞がまたカカシの声で聞こえてくる。
妄想が、下肢で蠢くイルカの指の動きを早くした。
指で達してしまいそうになり、イルカは慌てて指を引き抜いた。
唾液で濡れた張り型へ新しいスキンを被せ、ローションをくるくると垂らした。
殆ど寝転ぶようにし顔だけ持ち上げたイルカは、膝を立て足を更に大きく開くと、指で散々慣らしたそこへ固いものをあてがった。
「は…あ……」
指とは違う大きさから多少の抵抗は感じるものの、ずぶずぶと己に埋めていく。
初めてのときは少ししか入らなかったのに、今ではその全長を収めることができた。
「ああんっ」
張り出したそこが中のしこりをぐり、と抉り、イルカの背は大きくしなった。
この波を逃すまいと大きく陰茎を擦ると、先端からびゅるると白濁液が漏れてきた。最初より量が少ないそれが出きってしまっても、イルカの快感は終わらなかった。
ナカが、気持ち良い。
ふぅ、ふぅと荒い息を吐きながら、震える指をバイブレータの根本にずらした。
スイッチを入れると、ビィ…ンと振動音が響く。他に音のない部屋で、イルカの吐き出す荒い呼吸と電子音だけが異様に浮き上がっていた。
つま先がシーツをひっかく。
小刻みに震えてイルカの中を蹂躙するそれに、イルカはのけぞった。
陰茎を擦っていた手はシーツを引っ掻き、放置されたそこは透明な雫を垂らすばかりだった。
頭の中で自分を抱くのは銀髪の上忍だ。ありえないからこそ燃え上がる。
見たこともない閨での彼が、激しくイルカを突き上げる。最後はきっとカカシも余裕なく、あの冷たそうな肌に汗を滲ませて、イルカの名前を呼ぶのだ。
快感に目を細める男の素顔を想像したとき、一際大きな波がイルカを襲い、声もなく達した。
腰ががくがくと震える。強い波が去ったあともびくびくと腿が痙攣し、中はぎゅうぎゅうと収縮して固いだけのものを締め付けた。
意識して呼吸を落ち着けると、一転して頭の芯が冷えてくる。股の間でぶるぶると震える物のスイッチを切ってずるりと引き抜くと、思わず生理的な声が漏れた。
緩くなった窄まりの周囲や腹の上の水たまりを乱暴に拭い、ゴムを捨てて後始末をする。
窓を締め切っていたせいで、体中じっとりと汗ばんでいた。
情熱的に自分を慰めてくれていた肌色の相棒が、終わってみれば疎ましく感じてしまう。
自慰行為のあと虚しくなるのはいつものことだが、何度止めようと思ってもまた繰り返してしまう。
カカシに出会ってから、その頻度が増えているのを自覚していた。



シャワーを浴びて部屋へ戻ると、暑さのせいだけでないむわっとした空気に眉を顰めた。
換気をしようと窓を開ければ、空はいつの間にか茜色に染まっていた。
途端に腹がぐうと鳴って思わず苦笑する。冷蔵庫には何もなく、イルカの頭には湯気を立てる丼がででんと浮かぶ。
「……よし、こんな時はラーメンに限るな!」
何かに言い訳するように独りごちて、イルカは街へ出た。




***




大通りに面した一楽のカウンターで、イルカは一人でラーメンを堪能する…はずだった。
「うんめー!」
「よ、よかったな…」
隣で雄叫びを上げるナルトに苦笑いを返す。
のれんの隙間から差し込む夕日で、汁まみれの唇がてかてかと光って見えた。
「先生は食わねーのか?」
「お前がうるさくて食べられないんでショ。ね、イルカ先生」
ね、と言われてイルカはいやいや、と反対隣に座る男に首を振ってみせた。
黒い布に覆われた口元へラーメンがずるずると吸い込まれていく。その様に一瞬気を取られたものの、いかんいかんと頭を振る。
目の前のラーメンに改めて対峙することにして、イルカは雑念を振り払った。
が、どうしたって隣が気になってしまう。
いつもの調子でカウンターに腰掛けて今か今かとラーメンを待っていたら、任務を終えた七班が元気よく飛び込んできたのだ。
手にはそれぞれ大きな袋を携えて。
奥のテーブル席も空いているのに、ナルトはそこに見向きもせずに「イルカせんせーじゃん!」とイルカの隣にどしんと腰を下ろし、サクラ、サスケと続く。
泥まみれの子供たちにも店主のテウチは嫌な顔ひとつせず、お疲れさん、と素早く水を差し出していた。
あっけにとられている内に、ごく自然にイルカの隣へカカシが座ったのだった。
ほんの一刻前にベッドの上でオカズにしていた相手とこうして日のあるうちに隣り合ってラーメンを啜るというのは、何かの罰ゲームだろうか。
一人気まずい思いをしながら食べるラーメンはいつもと違う味に感じた。

食べ終えて一息つくと、サクラが「ねぇねぇイルカ先生」と、座席の後ろに置いた袋を指差した。白い袋の結び口からは、ピンク色の果物が覗いている。
「これ、今日の任務報酬なんです!…って、オマケっておじさんは言ってたけど」
「ああ、桃かぁ。それにしても随分多いな」
ごつごつと膨らんだ袋の中には一体どれほどの桃が詰められているのだろうか。柔らかいもののはずだから、こんな風に詰め込むと傷んでしまうだろうに。
「チカクガイって言ってたってばよ!」
「規格外、だ。ウスラトンカチが…」
「んだとぉっ!?」
サクラを挟んでナルトとサスケが揉めるのを、こらこらと諌める。アカデミーではよく見られた光景だが、こうしてみると三人とも少し顔つきが変わったような気がする。少年から青年へ、一歩踏み出したような。
その三人を導いている上忍師が、イルカの隣で呆れたような声を出した。
「お前ら、あんだけ動いてまだ喧嘩する元気があるの?じゃあ俺の分も持って帰ってよ」
「無理無理ィ!俺だってそんな食えねぇってばよ」
「私もー。ご近所に配っても余りそうだもん」
サスケも無言で首を振る。
「カカシ先生の分もあるんですか?」
よく見れば、カカシの後ろにも子供たちの倍はあろうかという大きさの袋が置いてあった。
「遠慮したんですけどねぇ、あの依頼人押しが強いったら…」
「ははは、じゃあ俺が引き受けますよ」
「えっ。いいんですか?」
「ええ、同僚に配っちまえば一日で無くなりそうですから」
にかっと笑って言えば、カカシは一瞬虚を疲れたような顔をして、そうですか、と頷いた。
「それは助かります。イルカ先生」
そうと決まれば、とイルカが席を立とうとすると、カカシがそれを引き止めた。
「家まで運ぶのお手伝いしますよ。重いでしょうから」
「いや、上忍の方にそんなことしていただく訳にはいきませんよ。それに、そんな重くないですし」
「イルカ先生、遠慮するなってばよ!」
何故かナルトにどん!と背中を叩かれ、無理やり飲み込んだラーメンが胸に詰まった。
「いや、でも……」
せっかくいい感じに断れていたというのに、ナルトはすっかりそのつもりでうんうんと頷いている。
「じゃ、そろそろ出ましょうか」
すっと立ち上がったカカシに促されてみれば、なるほど店内は混み合ってきていた。
席を占領するわけにもいかず、代金を払って店を出る。
仰ぎ見た空は僅かな赤を残して、すっかり夜の色を映していた。
宣言通りカカシがイルカの引き受けた分の袋を持ち、子供たちをそれぞれの分かれ道で見送ってみれば、昨晩と同じ道を二人で歩く羽目になっていた。
さく、さくと歩くカカシの足音が近い。
必要以上に意識しそうになって、イルカはぺらぺらとどうでも良い話ばかりしてしまう。カカシが調子を合わせてくれるのが有り難かった。
昨日も思ったが、話してみれば意外ととっつきやすい人なのだ。夢の中ではあんなに意地悪くイルカを弄ぶのにーー
ふと蘇りそうになった妄想を慌てて打ち消した。どうかしている。
「それにしても、良い匂いですねぇこれ」
カカシの担いだ袋を見やると、カカシはええ、と頷いた。
「桃って甘ったるいだけかと思ってましたけど、収穫したばかりだと意外と爽やかなもんですね。……そう言うあなたは、石鹸の匂いがしますね」
「えっ。よ、よくおわかりですね」
イルカが使っているのは忍御用達の匂い消し石鹸だ。寝ぼけていれば自分でも風呂に入ったか分からない時があるというのに。
「ふふ、忍犬遣い舐めちゃいけませんよ。風呂入ってからの一楽ですか?いいですね」
からかうような口ぶりに、ぼりぼりと頭を掻いた。
「部屋の掃除してたら汗だくになっちまって……で、さっぱりしたら一楽が浮かんで、ですね……」
「いいじゃないですか。せっかくのお休みなんだし」
「カカシ先生たちは任務だったっていうのに、何だか申し訳ないですね」
「そんなことないですよ。あとね、そろそろその先生、っていうのやめませんか」
え、とカカシを見れば、柄じゃないんでと肩をすくめている。
「えっと、……じゃあ、俺のことも呼び捨てになさってくださいよ」
「いやいや、イルカ先生は良いんですよ。いかにも先生って感じでしょう?」
「……やっぱりそれは、喜んで良いのでしょうか」
昨日も言われた台詞だ。真面目に答えたつもりが、カカシがははっと笑う。
「ね、そういうとこ」
そういうとこ、と言われてもいまいち納得はいかないが、イルカは渋々頷いた。
「それにね、話戻せば俺だって休みの日はごろごろしてます」
「カカシ先生……失礼、カカシさんが、ですか?イメージ無いなぁ」
今度はイルカがハハハ、と笑うと、カカシがふと真顔になった。
「……イルカ先生にとって、俺ってどんなイメージ?」
視線がぱちりと合う。先程までよりいくつか低いトーンの声は、一瞬遅れてイルカの耳に届いた。
「え、あの、そりゃあ……」
里の誉で。子供たちを預けるに足る上忍師で。カカシの表面をなぞる言葉がいくつも浮かぶが、口にすべきなのはそんな言葉ではない気がした。
「困っちゃった?ごめーんね。何かあなたってからかいたくなるなぁ」
「ひどいですよ」
もごもごとしているうちに、気づけばアパートの目の前まで来ていた。
「あ、ここ、です」
先導して古い階段を登りながら、他の住人に見られやしないかと急に焦ってきた。写輪眼のカカシに荷物持ちをさせているなどと、今更だが冷や汗ものだ。
そういえば往来でも何度か視線を感じたが、当たり障りの無い会話をするのに必死でうっかりしていた。
イルカが半袖シャツに短パン姿なのに対し、カカシはきっちり忍服を着こんでいるものだから、そういう意味でも違和感がすごい。
二階の突き当りのドアの前でぴた、とイルカの足が止まった。
このまま招き入れて良いものか考えあぐねたのだ。
「あの、カカシ先生、ありがとうございました。こんな重いもの」
くるりと向き直って袋を取ろうとすれば、カカシがひょいとそれを持ち上げる。とても重そうには見えなかった。
「いえいえ、どうせなら中まで運びますよ」
「いや、そんな、そこまでしていただくわけには…」
「ここまで来たら同じでしょ……って、中に彼女でも居る、とか?」
肩を竦めるカカシにぶんぶんと首を振った。
「とんでもない!そんなの居ませんって……あの、散らかってるんです」
「汗かくくらい掃除したのに?」
「あ、いや……」
冷や汗が背中を伝う。蛇に睨まれた蛙の相を呈したイルカに、カカシは思わずといったふうに吹き出した。
「ははっ、冗談ですよ」
「す、すみません……」
「謝ることないでしょう。ほら、そろそろ開けないとご近所が帰ってくるんじゃないですか」
人に見られては困ると思っているイルカの頭の中を見透かすように言われ、ぐ、と言葉に詰まった。
最後の抵抗というようにポケットからゆっくり取り出した鍵を、がちゃりと回した。
イルカに続いて部屋に上がったカカシが、へえ、と言うのを背中越しに聞いた。
「きれいにしてるじゃないですか。本当に掃除してたんだ」
「そう言ったでしょう、俺は」
パチリと部屋の電気をつける。
玄関を入ってすぐの台所から寝室に続く仕切りも開きっ放しになっていた。
ベッドの上の乱れたシーツや、処理後のティッシュが入ったくずかごが気になったが、今から直しに行くのもわざとらしい。
独身男の住まいだし良いだろうと自分を落ち着かせる。用は済んだし、早く帰ってもらえば良いのだ。
カカシから桃の入った袋を受け取ると、ずしりと重かった。台所の一角にそれを下ろすと、ふわりと甘い匂いが部屋に広がったような気がした。
「だってねぇ……てっきり花街でも行ってたのかと思いましたよ。明るいうちから良い匂いさせちゃって」
「そんな……」
面白がるような声に顔を上げると、いたずらっぽく笑うカカシと目が合った。
カッと頬が熱くなるのを感じる。
「からかわんで下さい」
思わず拗ねたような口ぶりになってしまった。男同士のからかいなど慣れているはずが、カカシ相手だと必要以上に意識してしまう。
「そうだ」
急に屈み込んだカカシが、袋の中をごそごそと漁りだした。
「実は、こっちが本命です」
そう言って取り出したのは、透明な瓶に入った桃色の液体。
ラベルも何もないそれは、一見するとジュースのようだった。
「これは?」
「果実酒ですよ。自家用に作っているそうで」
味見したけど、上手いですよ。とカカシに手渡され、しげしげと見つめる。カカシにとっては味見というより毒味のようなものであっただろう。
「俺は甘い酒はどうも苦手でね。断ろうかと思ったんですが……あなたの顔が浮かんで」
「俺、ですか」
「ええ。あいつらの頑張りの成果ですから」
柔和に目元を緩めたカカシの言葉に、じんわりと胸が温かくなる。
アカデミーを卒業した生徒たちの頑張りを、間近で見る機会はほとんど無い。任務報告書で間接的に知るか、運が良ければ上忍師に話を聞くことができるかだ。前者の方が圧倒的に多く、しかしそれはあくまで紙面上のもの。こうして目に見える形として成果を出されるなんてことは、滅多に無かった。
しかも、イルカが特に気にかけているナルトたちのものだ。
「ありがとう、ございます……」
鼻の奥がつんとなる。
「あの、よかったらカカシさんもご一緒にいかがですか」
早く帰ってもらいたかったのを忘れて誘えば、甘い酒が苦手と言ったカカシは「喜んで」と頷いたのだった。




「カカシさんは、洒落た部屋に住んでいそうですよね」
ひんやりとした卓袱台に頬を預けて言えば、カカシが面白そうに喉の奥で笑った。
卓の上には食べ散らかされたつまみを乗せた皿と、空き瓶や缶がごろごろと転がっている。
「イルカ先生、飲みすぎ」
「んなことないれすよ、あれ?れす、です、よ」
「ほら」
今度は声を出して笑ったカカシは、口布を顎まで引き下げていた。
イルカがつまみを用意して振り向いた時には口布を下ろしていたのだ。驚いて皿を落としそうになった。
ベストまで脱いで寛いだカカシは、卓袱台を挟んでイルカと向かい合っている。
まるで随分前からの友人のように親しく話すうち、イルカの緊張も溶けてしまっていた。
その結果、飲みすぎてしまったというわけだ。
甘い口当たりの果実酒は旨かったが、物足りなくなり秘蔵の酒を出したりしているうちに気づけば夜も更け、イルカは出勤前日としての酒量を大きくオーバーしていた。
「うち、今度来てみますか。散らかってて驚きますよ」
カカシが肩を竦める。
「へぇー、意外れす」
「イメージと違う?」
ん?と聞かれて、イルカは素直に頷いた。
「里を離れて長かったですからね。留守の間片付けてくれる人もいないし」
それが恋人のことを指しているのだと気づき、イルカはまた「意外」だと口に出していた。
「カカシさんなんて、百人くらい彼女がいるもんだと思ってました」
「どういうイメージなのよ、本当に」
呆れたように笑うカカシも、随分機嫌がよさそうだ。
「そんなキレーな顔で、説得力無いですよ」
額当てで片目を隠したままでも、カカシの顔は十分整って見えた。
イルカが想像したよりもすらりとした鼻筋に、薄い唇。夢の中では知りえなかった口元の小さな黒子が、色っぽさに拍車をかけていた。
「……良いんですか、俺なんかに見せて」
素顔を指して言えば、カカシは「ああ」と顎を撫でる。
「誰にでもってわけじゃないんですよ。……あなたには良いかな」
じぃ、と見つめられて、思わず身体を起こす。反動で卓袱台が揺れた。
「なーんてね。ドキッとしました?」
そう言って笑うカカシからは、邪気のかけらも感じられない。
自分ばかり意識しているのが急に恥ずかしくなって、イルカは俯いた。
「俺で、遊ばんでくださいよ……」
小さな声が口から出ていく。カカシが小さく身じろいだのが、視界の端に映った。
「……イルカ先生って、かわいらしいですね」
カカシの声に、甘い響きが乗ったのは気のせいだろうか。何も返せないでいると、イルカのつま先に何かが触れた。
カカシの足だと思うより早く、背筋にぞくっと痺れが走る。
卓袱台の下で窮屈に折りたたまれていたはずの彼の足は、器用にイルカの五指を順に伝うと、そのままつぅ、と脛までをなぞった。
剥き出しの皮膚が刺激され、きゅう、と股間が甘く疼く。
たったこれだけで、イルカの中心は芯を持ち始めていた。
「ねえ、イルカ先生」
向かい合うカカシが、足の動きを止めないまま甘く囁く。
「昨日のアレ、まだ有効ですか?」
色を帯びた視線がイルカを捕える。
言葉の意味が分からないほど酔ってもいなかったし、とぼけられるほど正気でも無かった。
夕陽の差す一楽で、のれんをくぐったカカシを見てからずっと、頭のどこかでそれを期待している自分がいたことに、イルカは今はっきりと気づいた。
こくりと頷くと、カカシはすぅっと目を細めた。




ベッドへ腰掛けたカカシの前でイルカは立ち尽くしていた。
手を取られ、流れるように寝室に連れてこられてしまったはいいが、誰かを閨へ連れ込んだ経験の無いイルカはこの先どうすれば良いか知らない。
暗い寝室には居間の明かりが差し込んで、カカシの額当てを鈍く照らしていた。
繋がれたままの右手がじっとりと汗ばむ。空いた手でシャツの裾をぎゅうと握りしめた。
「おいで」
普段より少し低く響く声が、イルカを誘う。
右手がぐいと引き寄せられ、カカシの膝に跨る形になった。
急に縮まった距離に、ぐっと息が詰まる。つんつんと尖った銀髪が目の前にあった。夢の中で触れるだけだった存在が、今こんなにも近い。
少し低いところからイルカを見上げるカカシの素顔に見とれていると、その瞳がゆっくりと近づいてきた。
唇に、柔らかいものが触れる。
初めての口づけは、表面を軽く触れ合わすだけで、すうっと離れていった。
胸が高鳴る。どうしようもなく。
口から漏れた吐息は、自分でも驚くほど甘いものだった。
「キス、しちゃいましたね」
カカシがいたずらに笑う。心臓がどくどくと胸を叩いた。
何も答えられずにいると、今度は先程よりも長い口吻が与えられた。
冷たそうに見えた薄い唇が、想像以上の熱さでイルカの唇を喰む。
上下を順に啄まれたかと思うと、ぬめったものがその間から差し入れられた。
初めて味わう他人の舌は、夢想したものよりもずっと熱くイルカを翻弄した。
最初は探るようだったそれは、次第に大胆さを増してイルカの咥内をねぶっていく。
歯列をなぞるようにされるだけでイルカの腰はカカシの膝の上で揺らめいたし、上顎をつぅっと舌が伝えば鼻からは女めいた音が漏れた。
「んっ…ふぅん……っ」
口づけに夢中で、知らぬ間にイルカはカカシの頭を掻き抱いていた。
勃ちあがった己の形を知られるのも厭わず、そこをなすりつけるようにしてカカシにすがりつく。
何度も角度を変えて唾液を交らわせ、やっと唇を話したときには二人の間に透明の糸が伝っていた。
はぁはぁと息が上がっているのはイルカばかりだ。カカシはそんなイルカを宥めるように、こめかみに滲む汗を親指で拭った。そのまま口元へ運び、ちゅぽんと音を立ててそれを吸った。
「しょっぱい、イルカ先生の」
「カカシ、さん…っ」
この先の行為を模するように言うその口元は唾液で光っている。きっと自分もそうなのだと思うと、興奮がこれ以上ないほど高まった。
それに比例するように、布地の中でイルカのものははちきれそうに膨らんでいた。
当然気づいているだろうに、カカシはけしてそこに触れようとはしない。あまつさえ、
「俺はどうしたらいい?」
男同士のこと、教えてくれるんでしょう?
などと、イルカよりずっと詳しそうな顔をして口の端を上げた。
ぞくりと背中が泡立つ。夢の中で自分を責めていた男より数段色気のある視線に、それだけで達してしまいそうだった。
「あ……。な、何も、しなくていい、です」
やっとそれだけ答え、イルカは上着の裾に手をかけると、思い切りよく脱ぎ捨てた。
軽く目を見開いたカカシの頬にちゅ、とキスを落として、その膝から降りる。
そして、カカシの見ている前で下着もろともズボンを取り去る。
じっと見つめられるのを感じるが、恥ずかしさに顔を上げることができない。暗がりでも、顔が真っ赤になっているのが丸わかりだろう。
内勤でも鍛錬は怠っていない身体は決して人目に晒すのに恥じるものではないが、割れた腹筋の下でそそり立つものや、緩く弧を描く胸筋の中心でピンと立った乳首が見られていると思うと、それだけで達してしまいそうな気さえする。
座ったままのカカシの前に跪くと、イルカは相手の膝を割りその間に身体を入れた。
太腿を撫でながら布越しの股間に頬を寄せ、すん、と鼻を鳴らすと僅かに土埃の匂いがした。
彼自身の体臭は布越しではわかるはずもない。きっと全て脱いだところで、体臭が知れる人ではないのだろう。
黒い支給服の上から、その形を確かめる。口づけで彼も興奮したのか、萎えていないのが嬉しかった。
初めて触れる他人の性器は、布の上からでも十分な熱さを手の平に伝えてくれた。
形をなぞるように上下に擦り、唇でやわやわと喰む。カカシがイルカの結ったままの髪を優しく梳くのがわかった。
このまま続けていると服をべとべとに汚してしまいそうだ。
「カカシさん……」
おずおずと顔を上げると、カカシが心得たように頷いた。
「ん、脱がしてくれる?」
その慣れた仕草に気後れしながら、カカシのウエストにそっと手をかける。悩んだ末、下着ごとアンダーを引き下げれば、目の前にぶるんとカカシのものが飛び出してきた。
イルカのものよりも赤みが強く、長さのあるそれに目が釘付けになる。
繰り返しビデオの中で見た、どの男優のものよりも立派に見えた。
「そんなに見ないでよ、穴があいちゃう」
茶化したような口ぶりだが、声のトーンには先程までの余裕が消えているように思えた。
「舐めても、いいですか」
目を見て聞けば、カカシが一瞬ぐっと言葉に詰まったように見えた。思ったよりエロい、なんて言っている気がするが、待ちきれず眼前のものに視線を移したイルカにはよくわからなかった。
「もう……ほら、ベロ出して」
言われて差し出した舌に、カカシの男根がずりずりと押し付けられる。あんなに薄いと思ったカカシの体臭が、そこだけむわっと溢れるようだった。
「は……っあ」
男臭い匂いをいっぱいに吸い込みながら、長く伸ばした舌で根本から亀頭に向かってべろりと舐める。辿り着いた先端にちゅ、と口づけ、そこから咥内に迎え入れる。
張り型には何度も行った行為だが、生身は全然違った。イルカの奉仕に応えてびきびきと浮き出る血管、大きく張り出したカリに歯が当たったときの感触。何よりもその熱さが、イルカをいやがおうにも興奮させた。
「……っ、イルカ先生、上手」
カカシが頭を撫でる。頭皮を指でなぞられて、首筋が粟立った。
夢で聞いたよりもずっと甘く響くその声。
左手でカカシの陰茎の根本を支え、口での愛撫を続けながら、右手をそっと自身の股間へ下ろしていく。
きつく勃起したそこは、触れなくてもさっきから先走りの空気に触れる、ひんやりとした感覚をイルカに伝えていた。
「ん、ふ……っ」
先走りを塗りたくるように右手を上下する。シチュエーションも相まっていつになく感じたが、昼間に二度も出していてはすぐに出そうもない。イルカは先走りを絡めた指を、陰嚢の更に奥へと伸ばした。
自慰のあと風呂場で洗浄しておいたそこは、まだ柔らかい。一度に二本突き立てても抵抗なくずぶずぶと指を呑み込んでいった。
「は、んっ……ん、んっ」
上ではカカシのものをしゃぶりながら、下で自分の指を咥えている。ちら、と上目にカカシを見れば、いつの間にか額宛てを取り去った彼は写輪眼を携えた左目を閉じたまま、濡れた目で荒い息を吐いていた。
カカシに一部始終を見られていると思えば、これ以上ないほどの興奮がイルカを襲った。
ぐちゅぐちゅとはしたない音が、狭い部屋に響く。
次第に、口の中にしょっぱい味が広がる。カカシの先走りだろうか。一旦口を離して先端をじゅう、と吸うと、カカシが思わずといったふうに「んっ」と鼻を鳴らした。
それを可愛らしく思い、カカシを見上げて、へへ、と笑えば何故か睨みつけられた。
普通ならそれですっかり意気消沈してしまうだろうに、今のイルカには視線だけでも愛撫に近かった。
べろりと出した舌で今度は亀頭から根本へなぞり、ぱんぱんに膨らんだ2つの膨らみの片方をじゅっぽりと口に含んだ。
舌で転がすようにしながら、もう片方を手の平でやわやわと揉む。
濃いピンク色のそこは張り型にはないもので、イルカはそこにも夢中になった。
そうしている間も後孔を嬲る指の動きは止められない。
双球に名残惜しく別れを告げてまた茎へ上ったあとも、イルカは指を増やして己の内部を刺激していた。
頬をすぼめてきつく陰茎を吸い上げながら、舌先で裏筋をちろちろと刺激すれば、カカシが息を詰めたのが分かった。イカせたい、と更に続けようとすると、ぐい、と肩を押されイルカの唇から陰茎がじゅぷんと離されてしまった。
「待って、エロすぎ……イッちゃいそ」
濡れた口を半開きにしたイルカを前に、カカシが息を荒くしている。口づけのときは自分ばかりが翻弄されていると思ったが、カカシがこうして反応してくれているのが嬉しかった。
「出してくれて良かったのに……」
思ったままを言えば、チッと舌打ちしたカカシがイルカの右腕を掴んでぐいと引き上げた。はずみで後ろにまだ収めたままだった指が抜けて、「あんっ」と高い声が漏れる。
最初と同じようにカカシの膝上に座ったイルカの股間は、恥ずかしいくらいに濡れていた。
「しゃぶりながらこんなに濡らして……あなた、後ろも弄っていたでしょう」
昂ぶりをきゅうっと握り込まれ、同時に反対の手が後ろに伸びてイルカの引き締まった双丘の割れ目をつうっとなぞる。
「あぁんっ」
肌がぞわりと粟立つ。至近距離から見つめるカカシが、ぺろりと唇を舐めた。
「ね、ここ、気持ち良いの?」
言いながら二本の指が孔を広げるように皺を伸ばす。
緩んだ入り口が空気に触れて、イルカは息を詰めた。
「んっ……あ、き、気持ち良い、です」
「随分柔らかいじゃない。慣れてるんだね……」
「や、んっ」
ずぶり、と指を突き立てられる。あの白く長い指が自分の中に。
「あ、カカシさ、ぅんっ」
すぐさま二本、三本と増えた指をイルカのそこはやすやすと受け入れていった。
自分の身体があまりにはしたなく思えてカカシの顔を直視できず、イルカはカカシの肩に顔を埋めた。
「熱いね、イルカ先生の中」
そう言うカカシの息こそ熱を帯びている。押し付けるようにした首筋からは、かすかに立ち上る匂いがあった。カカシの体臭なのだろうか、だとしたら、なんて甘い。
イルカはたまらなくなって、カカシにぎゅうと抱きついた。
「カカシさん……っ」
「ん、イイ……?」
こくこくと頷きながら、今にも好きだと伝えてしまいそうだった。誘うような真似をしたのも、すべてあなたが欲しいからだと。
だが、こんな浅ましい身体を晒しておいてどうしてそんなことが言えるだろう。
イルカは唇を引き結び、刺激をこらえようとした。
しかし、
「ああんっ」
器用に動くカカシの指は、イルカの弱いところを見つけてしまう。
中のしこりを指で挟むように柔らかく揉まれ、イルカは口を閉じていることができない。
「や、あん、そこ、いやっ、あんっ」
「いやなの?随分気持ちよさそうだけど」
耳の側で息を吹き込むように言われ、下肢ががくがくと震える。女のように上擦った声が次々に溢れた。
「だ、だめ、いっちゃう、でる、でちゃう、から」
「イくとこ見せて、イルカせんせ」
後ろをぐちぐちと嬲られながら前を擦られて、もうだめだった。
イルカはびくびくと腹筋を震わせながら、陰茎から薄い白濁をびゅるりと吐き出した。
「あ、あっ、んーーっ」
絞り出すように根本から先端にかけカカシの手が上下する。
じわりと滲む残滓を親指で亀頭に塗りつけられ、腰が揺れた。
「ん、んっ、そ、れ…恥ずかし…っ」
「うん、恥ずかしいね、イルカ先生」
「……っ」
イルカはカカシに体重を預け、ふぅふぅと大きく肩を上下させた。
目線を下に落とせば、勃ち上がったままのカカシの陰茎がイルカの出したもので汚れていた。
それに目を奪われていると、頬にちゅ、とカカシの唇が触れる。顔をずらし、舌を絡めて咥内へ導いた。
片手でカカシに抱きついたまま、もう片方の手を下肢へ伸ばして、すっかり力を失った自分のものをカカシのそれにこすりつけた。
カカシと指を絡ませるようにして、白濁を二人の間で塗り拡げる。
口づけは止まず、瞼を持ち上げればカカシと目が合った。
「ん……ふ、うぅ……」
後孔からゆっくりと指が引き出され、抜け落ちる感覚にイルカは「んっ」と肩をすくめた。
それと同時に、舌が離れていく。
鼻が触れるほど近くにカカシの顔があった。
「いつも、こんな少ないの?それとも……昼間、いっぱいした?」
それが精液の量を言っているのだとわかり、イルカは目をそらしてしまう。
一人でしていたことがバレているのだ。
「知って……たんです、か」
消え入りそうな声でいうと、カカシがフフと笑う。
「言ったでしょ。鼻がいーの、俺」
カカシの目線の先にあるのは部屋の隅のくずかごで。その中に昼間の残滓が残されていることを、誰よりもイルカがよく知っていた。
「あ、呆れた、でしょう……俺、こんなで」
「とんでもない。滅茶苦茶興奮してますよ。……わかるでしょう?」
イルカの右手ごとカカシが昂ぶりを擦り上げる。もう出るものが無いと思えたイルカのものも、ゆるく芯を持ち始めていた。
「ね、イルカ先生。俺、そろそろ限界」
ここに入れていい?
すり、と割れ目を撫でられて、背中に震えが走った。




ベッドの下からスキンとジェルを出した時は恥ずかしかったが、カカシは揶揄することも装着を拒否することもなく協力してくれた。
自分で避妊具を着けようとする彼を制して、イルカがその小さな正方形の包みを手に取る。
ぴりりと破いて取り出したピンク色の薄いゴムを唇で挟み、カカシの茎の先端へ口づけるようにしてあてがった。
そのままぐ、と押し付けるようにずらし、根本まで包み込んでいく。
カカシが頭上ではぁ、と息を付くのがわかった。紐をほどいた髪が顔にかかるのを、優しく梳いてくれる。
「ほんと、やらしい……」
ちゅ、と派手なピンクに彩られた亀頭へキスをして顔を離せば、触れるだけの口づけを与えられた。
上着も脱ぎ去ったカカシの身体は無駄のない筋肉に覆われている。肌の白さも相まって、彫刻のようにすら見えた。二の腕に、赤く浮かび上がる入れ墨だけがひどく現実的だった。
ゆっくりと、イルカの背がシーツに倒される。
足を開いてその間にカカシを迎え入れれば、視線が絡み合う。
ほしい、早くほしい。
期待が先走ってみだらな言葉ばかりが頭の中であふれかえる。これで初めてなんて、自分ですら信じられなかった。
カカシが固くそそり立ったものをイルカの後ろへあてがう。
「入れる、ね」
答える代わりに、ジェルで濡れた後孔がひくひくと蠢くのを感じた。
「あ……っ」
ぐ、と先端が押し入ってくる。玩具とは比べ物にならないその大きさに、イルカはシーツをきつく掴んだ。
「痛い?」
「だ、いじょぶ……だから、入れて……っ」
顔をしかめたままそう告げたら、もう目を開けていられなかった。
ぐ、ぐぐ、とイルカに負担をかけないようにだろうか、ゆっくりとカカシのものが押し入ってくる。
「あ、あ、すご……っ」
口で奉仕していたときにも思ったが、カカシのものは人並み以上に長さがあった。太さならイルカとそうは変わらないように見えたが、カリ高で長いそれは今までどれほどの女性を泣かせてきたのだろう。
女性の影を見てしまった気分になり、イルカは自分の足を押さえるカカシの腕をそっと掴んだ。
それに気づいたカカシが、ん?と最中とは思えないほど優しく微笑み、身をかがめて口づけを落とす。
ぐん、とその動きに合わせて抽挿が深くなり、イルカは大きく喘ぐ羽目になった。
大きく張り出したカリが抜き差しのたびにしこりを引っ掻いて、イルカの口からはひっきりなしに嬌声が漏れる。
「あっ、あ、あんっ」
イルカはカカシの背にしがみつき、必死で快感に耐えていた。
「イルカ先生っ……あんたの中どうなってんの…っ」
「あっ、わか、んな……っ、へ、変ですか…?」
「んなわけないでしょ……っ」
腰が止まらない、とカカシはイルカの片足を肩に担ぎ上げ、更に奥まで突いてくる。
すがりつく背を失った右手で、イルカは己の中心を握った。そこは大量の先走りで濡れそぼっている。あまりの量に、潮を吹いたのかとすら感じた。
「あぁっ、はぁんっ」
玩具でも入れたことのないほどの奥にカカシを感じる。瞼の裏がチカチカして、イルカは必死で淫茎をこすった。
「あんた、今まで何人ここで……くそっ」
ひときわ大きく腰を打ち付けられて、イルカはぎり、とカカシの腿に短い爪を食い込ませた。
「し、しらな……、あ、だれ、も……っ、あんっ」
「は?」
ぴたり、とカカシの動きが止まる。
最奥まで串刺しにされた状態で、イルカはびくびくと四肢を震わせた。
「イルカ先生、今なんて?」
「え……?」
はあはあと汗まみれの顔でカカシが見下ろしてくる。額から雫がぽたりと腹に落ちた。
「あんた、誰ともって」
「あ……俺……」
言ってしまった。
はっとして口を手で覆うと、ずん、と中でカカシのものが体積を増したのが伝わった。ふちを広げられ、イルカは大きくのけぞる。
「ああうっ」
「初めてなの?」
何故か焦ったようなカカシに、失言をしたとうっすら涙が浮かぶ。知られたくなかった。誰の肌も知らないのに、身体ばかり淫らになった自分のことなんて。
「ご、ごめんなさ……」
「なんで謝るのっ」
「だって、俺、偉そうなこと言って……初めてなんてーー」
言えなかった、という言葉は音にならなかった。
カカシが、先程とは比べ物にならない勢いで腰を打ち付けてきたからだ。
「ああっ」
速度を増した抽挿に逃げた腰が、ぐっと骨ごと抑え込まれ引き寄せられる。
大きく引き抜いてはまた奥まで打ち付けられて、イルカのペニスがびたんびたんと腹を打った。そのたびに透明の雫が飛び散って二人を汚す。
「や、あっあっ、む、むり」
「ごめ、ちょっと我慢して……っ」
「あ、あ、あんっ、だめ、いっちゃう、いっちゃう、いくぅ……っ」
びくびくっとイルカの内腿が震え、足の先まで痺れが伝う。
カカシのものをぎゅうぎゅうと締め付けながら、イルカは達した。カカシがくっと息を詰め、動きを止める。
「は……っすっごい締まる……」
快楽に揺れる青灰色の瞳が、びくびくと痙攣するイルカを舐めるように見下ろした。
イルカのペニスはすっかり萎れていたが、とろとろと白濁混じりのねばついた液を出し続けていた。
カカシの指がそれを掬い、イルカの胸の粒をぎゅっと摘んだ。
「あんっ」
ふいの刺激に大きな声が出て、カカシがにやりと笑う。
「ここも好きなんだ」
やらしいね、と言ったカカシに両膝の裏を抱えられ、膝が肩に付くほど折り畳まれた。
ズン、と頭のてっぺんまで貫かれたような衝撃が走る。
「か……はっ」
思わずのけぞったイルカにカカシが覆いかぶさった。
胸の突起をじゅう、と吸われてイルカは頭を振る。
「あ、や、そ、そこ、いや……っ」
「嫌じゃないでしょ。ほら、自分でここ持って」
カカシに導かれるまま、膝裏を自分で抱える。すべてをさらけ出す格好にどうしようもなく興奮した。
自分でもカカシのものをぎゅうぎゅうと締め付けてしまっているのがわかる。
カカシの舌はイルカの突起をつつくようにチロチロと舐めたかと思うと、乳輪ごと吸って時に歯を立てた。
そこが性器だと勘違いするほど、良い。
自慰では得られなかった胸の強い快感に、もう後戻りができないと思い知らされる。
こんな快楽、知らなかった。
片方を舌で、もう片方を胸筋ごと指で嬲られながら、カカシが腰の動きを再開する。先程よりはゆっくりと、しかしイルカの中の良いところを確実に擦り上げるようにして奥まで抜き差しされ、目に涙が滲んだ。
「あんっ、ん、ん、んーーーっ」
つま先をぎゅっと丸めてイルカは達した。内部が収縮し、カカシのものを締め付ける。ペニスはもう勢いなくだらだらと粘液を吐き出すだけだ。
視界がゆらぎ、一瞬音すら聞こえなくなったイルカは、しかし唇を強く吸われてまた意識を取り戻した。
「ん、かわい……イルカせんせ」
カカシはなぜか少し困ったように眉を下げ、イルカの顔中にちゅ、ちゅ、とキスを落とした。涙も、鼻水すらもその唇に吸い取られていく。
そしてまた辿り着いた唇で、イルカはカカシの舌を存分に味わった。
深い口づけを交わしたまま、カカシが腰を前後する。
張り詰めた陰茎が、達したばかりの敏感な内部をごりごりとうごめいて、イルカはもういく、とも言えずに身体を震わせた。
パンパンと肌のぶつかる大きな音が響く。
じょりじょりしたカカシの陰毛がイルカの会陰を刺激し、それすら快感になる。
イルカは口づけの合間にカカシの背中にしがみつき、足をその腰に絡めた。
「は……っ、カ、カシ、さ……っ、おれ、おれ……っ」
「ん、ずっといっちゃってるね、俺も……そろそろ」
「出して……このまま……っ」
中に。
言うと同時にきつく抱きしめられ、身をよじることすらできず激しい抽挿に襲われた。
「あー、あー、あーーーっ」
「……っ」
これ以上いけないほど奥にカカシを感じると共に、中でびくびくとそれが震えるのを感じた。
カカシの体温がすぐ側で一気に上昇し、首筋からぶわりと汗の匂いが立ち上る。イルカにとってどうしようもなく甘いそれを大きく吸い込むと、濡れた視線に捉えられた。
荒い吐息と共に、二人の唇が重なった。




「すっ……ごい出た…」
萎れた水風船のようになった避妊具が、ベッドの上に散らばっていた。
たっぷりと白い精液を内包したそれを摘んで、カカシがくずかごへ一つ二つと投げやる。
イルカはうつぶせに寝そべったまま、それをぼんやりと眺めていた。
頭の芯がぼうっとしている。
一度では終わらず、二度目は後ろから、三度目はイルカが上になって雄を受け入れたが、正直最後の方の記憶は曖昧だ。
かろうじて閉じている後ろの孔はまだじん、と痺れていて、カカシを咥えているかのようだった。
「だいじょうぶ?」
顔にかかった髪を長い指が梳く。
出されてもいない白濁を掻き回すように何度もイルカの中を弄った、長い指。
一瞬で感覚が蘇ってきて、イルカの頬がまた熱くなる。それを隠すように顔をシーツに埋めると、カカシが心配そうに身をかがめたのが分かった。
「辛い?無理させちゃったね」
最中とはまた違う優しいトーンのその声に、嬉しい反面いたたまれなくなる。
「いえ……」
おずおずと視線を上げながら口を開けば、みっともなくかすれた声が出た。喘ぎすぎだ。
カーテンの隙間から見えた空はまだ暗い。夜が開ければアカデミーに出勤しなければいけないのに、それまでに元に戻るだろうか。
「ね、ちょっと足広げられる?拭いてあげるから」
「えっ、いやそんな、とんでもない」
「いいからいいから。動けないでしょ」
抵抗虚しく、カカシがベッド脇のティッシュを取ってささっとイルカの身体を拭いていく。
ジェルでどろどろになった孔の周りをぐい、と拭われて思わず「んっ」と声が出る。
「ふふ、またしたくなりそ」
「あ、あの、もう……」
「わかってますよ、アカデミーあるんでしょ」
そう言って笑うカカシの表情は柔らかい。先程までの切羽詰まった表情は夢ではないかとすら思えた。
夢ではない証拠とばかりに、ぐい、と仰向けに転がされ、自身の白濁やら粘液やらでべとべとになった下腹部までも拭かれてしまった。
事後、というのはこういうものなのだろうか。
今夜はすべてが初めてづくしだ。
「あぁ、シーツぐっしょぐしょだね。布団もう一組ある?イルカ先生」
「はい、押入れに……って、俺がやりますから」
慌てて上半身を起こすも、力が入らずまたずるずると布団に倒れ込む羽目になった。
「いいから俺にやらせてよ。これでも申し訳なく思ってるんだから」
困ったように眉を下げるカカシに、何を、とは聞き返せなかった。イルカと寝たことを後悔していると言われたら、今度こそ二度と話しかけられないような気がした。
カカシは手早く下履きを身につけると、てきぱきとベッドの隣へ布団を用意してイルカを横抱きに担ぎ上げた。
「うわっ」
「暴れないでくださいねー」
例えイルカが全力で暴れてもびくともしないと思わせる身のこなしで、カカシはイルカを清潔なシーツの上に横たえた。
裸体に、これも押し入れで見つけたのか、ぺらぺらのタオルケットを掛けられる。
「本当は風呂に入れてあげたいんだけど」
動くのしんどいでしょ、と言って頬を撫でられた。そのまま口付けられるかと唇を引き結べば、しかしカカシの手はすっと離れていった。
「……じゃあ、ね」
そのまま立ち上がろうとするカカシの腕を、伸ばした手でぐっと掴んだ。
「カカシ、さん」
「……何です」
「帰らないで、ください」
絞り出すような声で言うと、カカシが眉間に皺を寄せた。
「そんなこと言って……いいの?またヤられちゃうかもよ」
「さっき、もうしないって」
「わからないでしょ。あなたさっきからそんな顔しちゃって」
「……怒ってらっしゃるんですか」
震えそうになる声で言えば、カカシが怪訝な視線を寄越す。
「怒るって、何を」
「その、俺……あなたを騙すような真似、を」
言いながらどんどん声が萎んでいく。男同士を教えてやるなんて誘っておきながら、結局ほとんどカカシに委ねてしまった。しかも、実は経験がないだなんて。
カカシが徐々に目を見開いていくのに、イルカの視界はどんどんぼやけていった。
みっともなく涙が滲む。
大の大人が、素っ裸で。
普段ならそう思うだろうが、今はどうしても伝えたいことがあった。
「悪意があったわけではないんです。それだけは信じていただけませんか」
カカシの二つ名に惹かれたわけでも、写輪眼に興味があったわけでもなかった。
指が、カカシの皮膚に食い込む。それでもカカシは微動だにせず、イルカを見つめていた。
「好き、なんです。俺、あなたがーー」
言うが早いか、イルカの身体が浮いた。カカシに抱きすくめられたのだと理解したとき、とっさに呼ぼうとした名前はその唇に閉じ込められる。
「ん……っ」
咥内の奥までカカシに塞がれる。舌の根本からきつく吸われ、まだ落ち着かない腰がきゅんと疼いた。
気づけば布団へ押し倒されていた。
角度を変えて繰り返される口づけに息苦しさを覚えて裸の肩を叩くと、やっと唇が離された。はぁはぁと互いに息が上がっている。
見上げれば、カカシが行為中にも見られなかったような焦った顔をして、イルカを見ろしていた。
「ねぇ、信じちゃっていいわけ?あなた、初めてだったんでしょ。だからって勘違いしてるんじゃ……」
「勘違いなんかじゃありませんっ。……ずっと、ずっと前から俺はーー」
そこまで言って、言葉を切った。
涙を拭いカカシを見据え、深く、息を吸い込んだ。

「あなたに、恋してるんです」

一瞬の間をおいて、ポンと音がしそうなほど顔を赤らめたカカシがぎゅうっとイルカを抱きしめた。
そうして、耳元でイルカだけに聞こえるような小さな声で、囁いた。

「俺も、いま恋したみたい……」





End