その場は完全に制圧したはずだった。
賊一味の四肢を拘束し、口も塞いだ上で失神させていた。
その上で覗いていたのだ、ひとりの男の脳内を。記憶の中深く仕舞われた敵忍自身の情報を。
男は木の葉の里から見て西方にある、石の里の抜け忍だった。記憶を辿る中で、作物の育たない固い土地に生まれ、飢えに飢えて育ってきた男がまだ二十代半ばだと知り、アオバは驚いた。どう見ても四十は過ぎていそうな乾いた肌、目元に深く刻まれた皺はいっそ炭で書いたかのようだった。
他里の抜け忍と結託し、行商人から荷や人を奪っては売りさばく。どこにでもあるような、しかし粛清されるべき罪を犯しながら生き延びてきた男の記憶が次々流れ込み、アオバは知らずサングラスの上で眉間を押さえていた。
捕らわれている人質の居場所を突き止めるまでには五分もあれば充分だった。
アオバは知り得た情報を手早く仲間へ伝え、それは仲間から隊長へ伝えられた。フォーマンセルの小隊が四つ。全体を統べる隊長はアオバと同じ特別上忍の、不知火ゲンマである。
今回の任務は火の国の豪商からの依頼だった。積み荷や人材を奪われ怒りに燃えた老商人は、捉えた賊の処遇を木の葉に一任した。この場で、叢に転がされ捕虜となった賊の数は十人に満たない。他にも荷を運ぶ人足や人質の世話をする者など、アジトへ行けばその数は倍ほどには増えるだろう。
賊の頭と思しき男から情報を抜き取ったアオバは、男を他の捕虜と同様に縄へ繋ぎ直すと、あとを配下の中忍に任せてゲンマの元へ向かった。
フォーマンセルのうち三つの小隊長をアオバ、並足ライドウ、そして普段は火影の付き人を務めている医療忍のシズネがそれぞれ務め、ゲンマが残る小隊の隊長と全体の長を兼任している。
気心の知れた相手を前に、油断していたとは思わない。だが、支持を仰ごうと口を開いたとき、背後にきらめいた光に気付くのが一瞬送れた。
「誰だっ」
ゲンマの鋭い声が飛ぶのと同時に、その口から放たれた千本が藪に飛んだ。どさりと音がしたのはそのすぐ後だった。
アオバは首筋を片手で押さえ、石の転がる地面に片膝をついた。
「おい!」
頭上から焦ったような声が落ちてきたと思うと、アオバの隣に膝をつく影があった。アオバは彼、ライドウの顔を漆黒のサングラス越しに見、こくりと頷いてみせた。致死量の毒では無い。ちくりとした痛みはあったものの、焼け付くようだったり、そこから血が吹き出すようなことは無かった。
特別上忍ともなれば毒へある程度の耐性を持っている。それに当てはまるものであれば良いが。アオバは己の失態に舌打ちした。
しばらくして、茂みから細身の男が引きずり出されてきた。額宛も無く、服装もその辺の農民に毛が生えたような粗末なものだ。
この騒ぎに目を覚ましざわついていた捕虜の中で、アオバが頭を覗いていた男が目を見張ったのが分かった。猿轡の下で何やら呻いている。
アオバは駆け寄ったシズネに傷口を検分され、手当てされながら事の成り行きを見守っていた。ライドウは既にアオバの傍を離れ、捕虜の傍で目を光らせている。
上腕から血を流しながらがたがたと震える、どう見ても忍には見えない男はゲンマによって直々に拘束された。アオバへ放った毒の種類を聞き出すべく、その男は己の血で赤く染まった腕を捻り上げられると簡単に口を割った。
「あ、あいつらが売ってる薬だ…っ、俺にはよくわからねぇが、打たれて倒れない奴なんて見たことねぇ」
必死の形相でそう言う男に、ゲンマがふん、と鼻を鳴らした。他の忍たちも男へ嘲笑を向ける。
「生憎、俺らは薬ってもんが効きにくいんだよねぇ」
「ちくしょう、あいつらを離せよ…!あいつらが帰らなきゃ、皆殺されちまう!」
その言葉には、流石に周りの空気が変わった。
「おい、どういうことだ」
前のめりになったゲンマに、男が声を震わせ語った内容はこうだ。
男は物資を運ぶ人足として、人質の中から選ばれ連れて来られていたうちの一人だった。今回捕らえた賊は一味の中心で、彼らが商隊を襲う日には見張りとなる居残り組にいつもあることを伝えていた。
夕刻までに一味がアジトへ戻らなければ、牢へ繋いでいる人質たちを小屋ごと燃やしてそこを立ち去れ、と。
ゲンマは空を仰ぎ見た。日はとうに傾き、山際を紅く染めている。
ちっ、と幾人かが舌打ちをした。
「急ぐぞ!」
短く指示を出したゲンマは、シズネを班長とする四班をその場へ残し、他を引き連れアジトへ向かった。首に包帯を巻いたアオバも班を率いてそれに続く。針の刺さった首筋の痛みは元から小さく、今となっては何も感じなかった。
間に合え、と念じながらアオバは枝から枝へ飛び移った。
里からの増援が到着したのはそれから一日後のことだった。
無事保護した人質と、捕らえた賊とを引き渡し、里へ向かう彼らを見送った後にアオバたち本隊も陣営を畳み帰路へ着く。
アオバへ針を飛ばした男は救出された人質の中に姉の顔を認め、抱き合って大粒の涙を零していた。思わずもらい泣きしそうになる光景に、アオバは彼への罰を極々軽くしてやれないかとゲンマに掛け合ってしまった。
「その必要あるか」
憮然とした表情でそう言ったのはライドウだった。黙々と事後処理に当たっていた男は、その大きな体躯の前に腕を組みアオバをじっとりとした目で見つめていた。思わず、なんだよ、と呟いてしまったのは幼馴染の気安さからだろうか。
「結局大したこと無かったんだし、家族を思えばこそってやつだろう?俺が良いっていうんだから良いじゃねぇか」
「お前に耐性の無い毒だったらどうしたんだ。あんなことで死人を出したらわざわざ側近を派遣して下さった五代目に顔向けができないだろう」
「ンだと?」
思わず一歩踏み出したアオバとライドウの間、まぁまぁと間延びした声が割って入った。
「ガキみたいな喧嘩すんなよ、あの男もまぁ、それほど酷い事にもならないだろうさ」
銀色に光る千本を楊枝のように加え、ゲンマが二人の肩をぽんぽんと叩いた。
「さ、俺らも帰ろうぜ。そろそろ温かい飯も食いたいし」
その言葉に、アオバの胃もきゅうと鳴る。たった一週間、されど一週間冷え飯だけを収めてきた身体には、湯気の出る料理が恋しい。
渋々頷いただろうライドウにさっと背を向けて、アオバは撤収準備を行う中忍に手を貸しに走った。
阿吽の門をくぐったのは、陣地を発ってから丸一日後の事だった。
夕焼けに染まる木の葉の里に一歩踏み入れると、懐かしい空気に包まれる。詰めていた息をそっと吐きだし、アオバは今回の隊長であるゲンマの号令を待った。
「じゃあ、報告書は俺が出しておくからここで解散な。怪我人も出さず任務成功ご苦労だった。あ、アオバ、お前は念のため病院行っておけよ。シズネさんが診てくれたからには心配いらねぇと思うが…」
名前を呼ばれたことは分かったが、内容がうまく呑み込めなかった。アオバはただゲンマにこくりと頷いて見せ、ゲンマはそれを了承の返事と取った。
場はお開きとなり、各々、自宅や飲み屋街へ消えていく。シズネが少し心配そうに一度こちらを向いたが、アオバは口元をにこりと上げて手を振ることで彼女を任務から解放した。
帰ろう。とにかく、家へ。
そう思い一歩踏み出した時、頭の中がぐわんと揺れた。つんのめりかけた所に、横から伸びてきた太い腕に掴まれる。
「おい、どうした」
体躯に見合った低い声が耳に届く。
ライドウは自分の班もとっくに皆立ち去っているのに、アオバと同じくまだその場にとどまっていた。
「いや、なんでもない」
そう言った自分の息が荒い。掴まれた腕が、そこからじんじんと痺れるようだ。
「何でも無くねぇだろ、なんか変だぞお前」
幼馴染を心配する男の声が、まるで耳元で囁かれているかのように脳に響いた。サングラスの下、瞳が潤んでくる。
「大丈夫だから、ほっといてくれ」
「ほっとけるかよ、顔が赤いぞ。熱でもあんのか。病院行くんだろ、連れてってやる」
いつもは寡黙なライドウが言い募るのを煩わしく思いながら、アオバは精一杯の力で腕を振り払った。
「大丈夫だって言ってるだろ!」
ぱしん、と音がし、周囲にぽつりぽつりと立っていた警備の忍に訝し気な目を向けられた。だが正直、それどころではない。
木の枝を飛んでの移動中、里が近づくに従い、アオバの身体には変化が訪れていた。
体温が上昇し、発汗、心拍の上昇も見られた。何より顕著だったのは下半身の変化で、アオバは頭をもたげそうになる己の陰茎をありったけの理性をもって抑え、ようよう里へ帰りついたところだったのだ。
こんなことは常の状態ならありえない。
食事の内容は他の皆と同じだったから、どう考えても昨日受けた毒によるものだった。
針から回収した毒を調べたシズネによると、成分は濃縮した弛緩剤と媚薬を混ぜたものとのことだ。訓練で耐性を作るそれとほぼ同じ成分だから身体に影響は少ないだろうと言われ、現に任務中は何の影響も無かった。
それなのに、枝を飛び地を駆けている間に、血が巡ったのか遅効性の成分があったのか、アオバの身体は媚薬成分に侵されてしまっていたのだ。
目の前で、ぽかんとした表情のライドウが突っ立っている。そこまで強い拒絶を食らうとは思っていなかったのだろう。
しかし、男としてこの症状を収める方法は一つしかないことを知っていた。仮に病院へ行ったとしても、自宅に常備してあるような解毒剤を渡されてお大事に、と何かを含んだ顔で言われるだけだろう。
それなら自宅に戻って一人熱を鎮める方がましだ。
「……すまん」
アオバは一言それだけ残して、瞬身の印を切った。
「ふっ…く…う…っ」
自宅へ戻るなり前を寛げたアオバは、ベッドの下に座り込んで自慰に没頭していた。カーテンを閉め切った暗い部屋で、不在中に篭った空気を入れ替えることもなく。
外では決して外さないサングラスは額当てと共に脇に置かれ、埃のついたベストも脱がず必死に濡れた陰茎を擦っている。
既に二度吐き出したもので手は汚れ、伝い落ちた白濁が床に溜まりを作っていた。
長身を屈め己の雄を何とか宥めようとしているアオバの額には汗が浮いている。普段なら一度吐き出せば落ち着くはずの性欲が、今は自分自身を支配しているかのように後から後から湧いてきた。
「くそ…っ」
誰にともなく悪態をついて先端を包む。じゅわりと滲み出た透明な雫が手の平で広がり、また滑りを良くした。
頭の中には過去に抱いた女や煽情的な映像も何もなく、ただひたすら欲望を解放したいという思いでいっぱいだった。
特定の相手もいない今、岡場所にでも行ければよかったのかもしれない。だが、自分でもみっともないと思うこの姿を誰かに、まして女性に晒すのは気が引けた。優しくしてやれる自信も無い。誰かを傷つけるくらいなら一人で片を付けたかった。
三度目の逐情に向けて手の動きを速めていたとき、ふいに玄関から音がした。
コンコン、と最初は遠慮がちにノックされていたドアは、アオバが応じないでいると次第にドンドンと激しく音を立てだした。
こんな時に、と心の中で舌打ちしながらアオバは立ち上がる。勃ち上がったままの陰茎を無理やり下穿きに押し込めて、サングラスで瞳を隠した。
何の用か知らないが、追い払ってしまえば良い。そう考えていた。
「誰だ、ドアが壊れるだろ」
言いながら、重い扉を僅かに開いた。その少しの隙間に顔を出したのは、少し前まで共に居た幼馴染、ライドウだった。
「どうしてすぐ出ない」
「寝てたんだよ、悪いか」
「病院へは行ったのか」
「行ってねぇよ。寝てたら治る」
「顔が赤いぞ。やっぱり熱があるんじゃないのか」
「無ぇよ…ってお前しつこいぞ、放っておいてくれって言っただろ」
うんざりしてきた。本当なら今にもベッドへ戻って続きがしたいのだ。それほどアオバは追い詰められている。
はぁ、とわざとらしいため息をついて、そういうことだから、とアオバは扉を閉めようとした。そこへ、ライドウの足が挟み込まれる。
「おい」
頑丈なサンダルが扉の閉まるのを阻止する。いくらなんでもしつこい、と眉間に皺を寄せ、長身のアオバより更に背の高い男を見上げた。
「様子が変だ。部屋に入れろ」
頬から首にかけて火傷の跡があるライドウは、黙っていると子供なら小便を漏らしてしまうような迫力がある。有無を言わさない視線に、だが幼馴染の対等さからアオバは尚ねばった。
「だから、しつっこいんだよ。なんでも無いって。帰れよ」
「駄目だ」
途端、渾身の力で引っ張っていたノブが手の平からすっと消えた。かと思うと、外気が一斉に部屋へ入ってくる。アオバは前に倒れそうになるのを寸でのところで踏ん張り、耐えた。
馬鹿力としか言い様のない勢いでドアを開き玄関へその身を収めたライドウが、拳ひとつ分の距離で前に立つ。背後で、重い音を立てて扉が閉まった。
「てめぇ」
悪態をつくアオバの、サングラスの下の瞳はまだ潤んでいた。それでも精一杯相手を睨み上げ、その後くるりと背を向ける。
男の脱いだサンダルがごとりと土間に落ちる音が聞こえた。
一度新鮮な空気が入ってきたとはいえ、狭い部屋だ。アオバの行為によって澱んだ空気はまだ燻っているだろう。三代目の側付きを務めたほど聡明なライドウであれば、アオバが何をしていたか一瞬で察知したに違いない。
「お前も男ならわかるだろ……頼むからほっといてくれよ」
玄関であんなに威勢の良かった声が、今は情けなく沈んでいる。
アオバはうなだれ、幼馴染を振り向けない。そんなアオバとは逆に、ライドウは背後で静かに佇んでいた。
「あの毒か。媚薬だと言っていたな」
びやく。普段性的なことから遠いこの男から飛び出した言葉に、今更ながら顔へ血が集まる。
「くっそ、笑うなら笑えよ」
「笑わない。あの場に居たんだ、俺にも責任がある」
「はぁ?そんなの良いから帰ってくれよ」
ドン、と壁を叩いたアオバは、ついに振り返り友人を見た。責任だなんだと言うのなら今すぐここを立ち去って欲しかった。情けないことに、こんなやり取りをしている間も下肢は張りつめ、解放をねだっている。
ライドウはアオバの顔を正面から見た後、ゆっくりと視線を下にずらした。彼がどこを見つめているのか分かり、羞恥に手を握りしめてしまう。そのまま殴りかかろうかとした時、ライドウが静かに口を開いた。
「手伝ってやる。一人じゃ収まらないんだろ」
「……何言ってんだお前、あ、おい」
ライドウの意図するところが分からず口を開けているアオバの拳が、何かに包まれた。それが彼の手だと認識した時にはもう、アオバは自分のベッドの上へ身体を投げ出されていた。
アオバの瞳は生まれつき黒に、金色がかっていた。
幼い頃などはまだ黒目が勝っていたが、年を重ねるにつれ金色が濃くなり、熱のある時など鏡を見るときらきらと光るのがわかった。
血継限界でもないそれは突然変異のようなもので、それゆえに価値のあるものだと、下忍になりたてのアオバに三代目は言った。好事家にはそのような珍しい眼球を好む者もいるだろうとも。隠しておくに越したことは無いと結論づけられ、以来アオバは漆黒のサングラスをつけ、事情を知る幼馴染ら数人以外の前では決して外さなかった。
その瞳が、今はきらきらと輝いている。
明かりの無い室内で、カーテンの隙間から差し込む月の光だけが散らかった部屋を照らしていた。
強引に脱がされたベストはベッドの下に転がり、ズボンは下着と一緒に脱がされた後どこへ行ったか分からない。サングラスだけが丁寧に畳まれ、出窓の桟に置かれていた。
胸までたくし上げられた黒の上着は、汗を吸い込んで湿っている。
後ろから大柄な男にぴったりと抱きこまれ、アオバは座ったまま大きく足を開いていた。
背後から伸びた二本の腕が、片方は胸に、もう一方は足の間で震える雄に添えられている。
ぴんと立った乳首が太い指にこねられる度にびくりと肩が震えた。
「あ、あぁ…」
女にも弄らせたことの無い場所で、アオバは確かに快感を得ていた。そのことにアオバが怯えると、背後の男は薬のせいだ、と落ち着いた声を耳に寄せた。
男の手の中で今日三度目の精を放った陰茎は、最初ほどの勢いは無いもののまだ芯を持ち、固い手の平で擦られる度に先走りをだらだらと溢れさせている。
何度も足を閉じようとしては玄関扉と同じようにこじ開けられ、ついには男の両足で足首を固定されてしまった。自力では閉じられないように大きく開脚させられた足をわななかせながら、アオバは堪らずライドウに頭を預けて喘いだ。
躊躇いなくアオバの服を脱がし、陰茎に手を伸ばしたライドウは殆ど言葉を発さず、部屋にはアオバの嬌声と時おり宥めるような男の声が落ちるのみだった。
「あっ、ら、ライドウ、終わら…ねぇ…っ」
「大丈夫だ。最後まで付き合ってやるから」
言いながら搾り取るように根元から陰茎を擦られ、アオバは胸を突き出し仰け反った。
先端からは白の混じった粘液がしとどに溢れるが、常にない回数を放出したそこは、射精には至らない。
達することのできない辛さに涙が滲む。こんなことは三十そこらの人生で初めてだった。
いきたいのに、いけない。
アオバは無意識にライドウの腕に片手を絡めていた。短い黒髪の下、首筋に男の息がかかり、それだけでああ、と細く高い声を漏らした。
背後でライドウが身じろぎする。アオバはそこでやっと、腰に当たる固いものの存在に気がついた。アオバの痴態に煽られるようにして、下穿きの中で屹立したもの。仰ぎ見た男は、目尻を赤く染めていた。
「お、お前のすげぇ固い…」
自分でも声に熱が籠っているのがわかった。
「俺のはいいから」
「良くねぇだろ、出せよ…」
後ろに伸ばしたアオバの腕をライドウは止めたが、その力は緩かった。アオバは彼を振り切って、その窮屈な股間に手の平を当てた。
彼のものがこうして形を変えているのを見るのは、実は初めてでは無い。幼馴染の気安さから、性に目覚めだした子供の頃は仲間同士、幼稚な見せあいをしたものだ。その頃は互いの形を検分したりどこまで飛ばせるか競い合ったりと戯れの域を出なかったが。
今はどうだ。
手の平に感じる男の雄は布越しにもびきびきと脈打つようで、その大きさは子供の腕をも連想させた。
思わず心の中でずりぃ、と呟いてしまう。
人並みの大きさのアオバのものより、一回り大きなそれは男の羨望を煽るに値した。
ウエストに指を差し入れ布を下に引っ掛ければ、ライドウがそれでも制するような動きをした。だが再び見上げて金色がかった瞳で訴えると、彼は鼻から大きな息を吐いて腰を上げ、ついにズボンごと下着を腿のあたりまで引き下ろした。
自分の陰茎を愛撫されながら、彼のそこへ手を這わした。想像以上に熱い茎は手に余るほどで、真ん中あたりが特に太く張り出していた。
「デカいな…」
素直な感想がぽつりと出た。ライドウはそれには返事をせず、アオバの手の動きに合わせて息を詰めているようだった。
うまく見えないし、後ろ手のために思うようなやり方はできなかったが、それでもアオバは熱に浮かされるまま手を動かした。
先端に僅かに浮かんだ先走りを亀頭へ塗り付け、茎の間を結ぶ短い筋を親指でぐりぐりとしてやれば、ライドウがはぁ、と熱い息をアオバの耳へ吹きかけた。ぞくりとして、腰が浮いてしまう。
良い反応に気をよくして自慰をする時の様に手を上下させていると、背後の男がアオバの耳に噛みついた。軽く歯を立て、ぬめつく舌を耳朶へ沿わされアオバは今度こそ目に見えて震えた。
「あぁ、あっ…ライ、ドっあ、だめ、だ」
手が役目を果たせなくなっているアオバと対照的に、ライドウの手はますますアオバを駆り立てる。だらだらと透明の液体をまき散らす陰茎はもう痛いくらいだったし、胸の粒はきっと赤く腫れているだろう。
男同士でもこんなにぐずぐずになってしまうなんて知らなかった。くのいちの少ない戦場で何度か聞いたことはあったが、上背のあるアオバは伽に呼ばれたことなど無いし自分が少年を相手にしようと思ったことも無い。
だが、ライドウはどうなのだろう。彼女がいたことも知っている、それも一人や二人でもなく。特別変わった性癖があるとも聞いたことがなかった。しかし、隠されていたのなら知りようが無い。
アオバは頭に浮かんだ疑問をそのまま口に乗せていた。
「お、お前、男とやったこと、あるのか」
耳の中まで入ってきた舌に慄きながら紡いだ言葉に、ライドウはじゅう、と濡れた音を残してアオバの耳から口を離した。
「今は答えたくない」
そのものが答えのような返事に、胸にちくりと刺すものがあった。何だよそれ、と言いかけた口は、彼の指が雄を伝い更に下方へ伸びたことで言葉を詰まらせた。
「あ、あっ…ライドウ…っいやだ、そこは…あぁっ」
双球の奥、柔らかい場所を越えて、固い指先が排泄することしか知らないところへたどり着く。数回に及ぶ吐精で垂れた淫液に濡れたその周囲をぐるりとなぞられ、アオバは唇を噛んだ。
「前じゃもうイケないんだろう?ここなら、良くしてやれるから…」
耳元でライドウが囁く。吐息交じりの声はしっとりと濡れていて、アオバは一つ年上の幼馴染に欲望を強く煽られた。
身体を強張らせるアオバを宥めるように、ライドウが胸を柔らかく揉む。手のひらで筋肉ごと包まれるようにされると、やがて身体が弛緩していくのが分かった。
その隙をついたかのように、つぷりと指先が穴に差し込まれる。
「ひっ…」
初めて感じる異物に強張る身体を耳への口づけで解され、それを何度か繰り返すうちに男の太い指を根元まで受け入れてしまった。
「あぁ、あ…」
呼吸が浅くなる。放置された陰茎はそれでも硬度を保っているようで、見下ろせば腹にもたれるようにして濡れた先端をぬらぬらと光らせていた。その下に伸びたライドウの腕が、ゆっくりと動く。上着をまとったままのライドウの腕に自身の素肌が浮いて見え、卑猥さにぞくりと背筋が粟立った。
初めはアオバに異物感しか与えなかった指は、しばらくじっとして内部にその存在を馴染ませたかと思うと、ゆっくり動き出す。ぬくぬくと出し入れされる感覚がはっきりと伝わり、アオバは後頭部を男の肩に擦りつけた。
「狭いな」
ぽつりと男が呟いたのに、ちらりと濡れた視線を向ける。
「当たり前、だろ、は、初めてなんだか…ら…」
お前はそうじゃないかもしれないけど。
そこまでは声にならず、俯いたアオバの顎にぐっと手がかかった。
何、と思う暇も無く、唇が塞がれる。
「んぅっ…」
目を見開いたアオバは、眼前に切羽詰まった男の顔を見た。至近距離でこちらを睨みつける、火傷跡の目立つ男。
厚く、柔らかい唇がアオバの口をちゅうっと吸った。驚いて開いた唇の隙間に、ぬるりとした舌が差し込まれる。
縮こまるアオバの舌を掬うように絡み取られ、咥内を丹念に嬲られた。上顎を舌先でなぞられると後ろを締め付けてしまい、太く固い指の感触がリアルになる。
食らいつくすような口づけから解放された時、アオバは長い息を吐いた。そうして身体から力が抜ける。ライドウにもたれていた身体が横にかしげそうになると、差し伸べられた彼の手に促されるままベッドに横たえられた。
火照った身体に冷たいシーツが気持ち良い。ところどころ濡れているのは自分のせいだが、不思議と不快感は無かった。
入ったままの指がずるりと抜かれ、アオバは短く声を上げた。
しどけなく開いたままの足の間に、ライドウが居直る。そこで初めて彼は服を脱いだ。鍛え抜かれた肉体が暗闇に浮かび、アオバは無意識にごくりと喉を鳴らした。
中途半端に穿いたままの下履きも脱ぎ捨て、額当ても取り去った全裸のライドウが圧し掛かってくる。アオバの胸元にわだかまっていた上着をぐい、と引っ張られ、そのまま脱がされてしまった。互いに一糸まとわぬ姿となり、途端に羞恥が湧いてくる。
「ライ、ドウ…」
顔を寄せてくる相手を制するように名を呼んだつもりが、逆に引き寄せてしまった。再開された口づけは先ほどよりももっと長く、アオバの頭がぼうっとするまで続けられた。
ちゅ、と舌先を吸われ、やっとのことで解放される。
はー、はーと息をつくアオバを、ライドウが近いところで見下ろしていた。
「ゴムあるか。それと何か…ローションみたいなの」
「へ…?」
「無かったら最悪、油でもいい。取ってきていいか」
何に使うのか、など聞くも無駄なことだった。アオバはえーと…とぼうっとする頭で記憶をたぐり、ベッド下の収納を指した。
ライドウは正確にその場所を見つけ、既に開いていた紙箱から余っていたスキンをいくつか取り出し、使いかけのローションの蓋を開け中身を指に垂らした。
「大丈夫そうだな」
くん、と匂いを嗅いだり伸びを確かめたりしている。もっぱら自慰用に使っていたからまだ新鮮だぞ、と言いたくなるのをぐっと堪える。一方スキンは以前の彼女と使っていたが、久しく出番が無かったものだ。
ぴりり、と一つ目の包装紙が破られた。ライドウはひとさし指に薄いピンク色のスキンを被せ、その上にジェルをたらりと垂らしてみせた。
その指がどこへ向かうのか分かっているから、アオバは足をぎゅうと閉じた。しかし、それは真ん中に居座る男を挟むだけの結果に終わる。
「足開いとけ」
「できるかよっ」
体勢が変わったことで少し心に余裕のできたアオバは、幼馴染とこれから成そうとしている行為に若干怖気づいていた。素面なら既に逃げ出していただろうが、未だ身体は媚薬に支配されている。
逃げたいけど逃げたくない。いらないけど、欲しい。
相反する感情が態度になって表れたアオバを、ライドウは黒い瞳でじっと見つめていた。三白眼にも見える鋭い視線が、裸のアオバにだけ注がれている。
「くっそ…わかったよ」
アオバは彼の視線を受け止めていられなくなり、顔を逸らした。枕に頬を押し付けると、普段使っているシャンプーの香りが僅かに鼻をついた。日常の中の非日常とはこういうことを言うんだろうな、とぼんやりと考えていると、ぐい、と膝が押された。
「ここ、持っとけよ」
ライドウがアオバの手を掴み、膝裏に誘導する。アオバは最早抵抗する気力を失いつつあったので、それに素直に従った。両の手で、膝裏を掴み男にすべてをさらけ出す。
ひきつる孔に、濡れてつるりとしたものが押し当てられた。
「はっ……あ、あーっ…」
ローションの滑りを借りて、狭い場所へ指が入り込んでくる。開かれる痛みと圧迫感、そして強い羞恥に目を開けていられない。指は先ほどと同じようにしばらくじっとした後、ゆるゆると動き出した。
指が前後するのに合わせて、時おり違和感の中にかすかに違うものを感じた。腹の奥がむずむずするような、もどかしい、何か。
それが何か知りたいと思っていると、急に圧迫感が増す。指が増やされたようだ。女性に対してする様な手順が自分へ施されていると思うと、何とも言えず胸が騒いだ。
二本になった指は、相変わらずゆっくりとアオバの身体を開いていった。奥まで入っては、またぎりぎりまで戻るのを繰り返す。その内、微かに感じていたあの気配がよりはっきりしてきた。
「……あっ」
何度目かにそこを指が掠めたとき、アオバは今までになく高い声をあげた。自分でも驚くほどだ。
「気持ち良いところ、あったか」
潜めた声が落ちてくる。
「わ、わかんねぇ、けど、多分あった…」
「そうか。もうすぐイカせてやれるから、な」
な、と言われてもどうしたら良いのだろう。イカせてやるぜなんてポルノ男優も真っ青な台詞を吐いて、この男は恥ずかしくないのだろうか。頭の奥ではそう思うのに、どこかぼうっとしてその台詞を聞いてしまう自分もいる。
早くイカせてほしい。イイところに触れられるごとに、アオバの頭はそれしか考えられなくなっていった。
「ああ、ああ、ライドウ、そこ、そこぉ…っ」
膝を抱える手が震え、足がずるりと落ちてしまう。するとまた押されてもとに戻るというのを繰り返し、いつの間にかアオバは目に涙を浮かべてよがっていた。
指は三本に増え、足されたローションで抜き差しの度にぐちぐちと酷い音を立てていた。
最初は存在も不確かだったそこは、今やはっきりと認識できる。中の、少し奥の腹側。そこがアオバの前立腺の裏側だった。
そこを集中して責められると陰茎からびゅ、びゅ、と白濁が飛んだ。それでも望んだ絶頂にはあと一歩届かず、アオバは頭を振ってただただ声をあげた。
「も、もっと、イキた…い、あっ、どうにか、して」
ライドウ。
ぼやける視線で見つめると、灼けつくような瞳とかちあった。滅多に動揺しない男が、顔を赤くして額に玉のような汗を浮かべている。
ああ、こいつ俺に欲情してやがる。
それは何かの答えのように、アオバの脳裏に焼き付いた。
アオバは膝を抱えていた手を外し、だが足をくつろげることなくそのまま大きく開いた。そうして、自由になった両手を前に差し出す。
「お前の、くれよ」
目の前の男は一瞬目を見開き、その後すごい勢いで飛びついてきた。歯ががちんとぶつかるが、痛みを感じないほど激しい口づけに襲われる。乱暴に引き抜かれた指はアオバの頭に回り、逃げるのを阻止するかのように強く押さえつけてきた。
足の間、指を咥えていた場所が自分でもわかるほどひくついている。そこへ熱いものがぐりぐりと押し付けられ、アオバは口づけしたままで鼻を鳴らした。
腿の内側が期待にわななく。受け入れようと、身体全体がライドウを包んでいるようだった。
しかし、ライドウは口づけを止めると、その熱い身体をアオバから離した。
二人の間に冷たい空気が流れるのを不満に思いながら彼を見上げると、シーツに放り出していた銀色の包装紙をまた一つ破った。取り出したスキンを手早く陰茎に被せるとローションを垂らし、残り少なくなったボトルの先端をアオバの孔へ突き立てた。
「あうっ」
びゅるる、とライドウに握りつぶされたボトルから直接中身が体内へ注がれる。冷たいが、それ以上に驚いてアオバは目をきつく瞑った。
ずるり、と抜かれたかと思うとあらぬところを何かが垂れる感触があって、アオバはライドウを睨みつける、はずだった。
ずん、と重い衝撃が走る。
え、と思って見上げたライドウは、眉間に皺を寄せていた。
「あ……」
熱く太い雄が、アオバに突き立てられていた。指はあんなにそろりと入ってきたのに、それ以上に太いものが一気に侵入してくる。
「ちょ、ちょっと待て、ゆっくり…!」
手で相手の胸を押しのけようとするが、逆にその手を取られシーツに縫い留められた。ぐ、と更に挿入が深くなる。薬の効果で常より筋肉が弛緩しているためか、それともライドウがしつこく解したからか、覚悟していたほどの痛みは無い。しかし押し入られる圧迫感はひどく、内臓をせり上げられる感覚にアオバは男の手をきつく握り返した。
緩く腰を揺すりながら奥へ、奥へと熱いものが突き進んでくる。浅い呼吸を繰り返しながら、アオバは必死でそれを受け入れた。さっきは確かに気持ちの良い場所があったのだが、今はそれどころではない。狭い場所をいっぱいにされて、もう無理、と身体が叫んでいるかのように涙が次から次に零れた。
しばらくして、ライドウの動きが止まる。
「ぜんぶ、はいったの、か」
息も絶え絶えにそう聞くと、ライドウはじっとアオバを見つめたあとゆっくり首を振った。
「全部は無理だ。お前初めてだろう」
嘘だろ、と思った。全部入れて欲しい訳ではもちろん無いが、これほど努力してまだ全長を収めていないことが信じられない。
でかかったもんな、と心の中で呟いて、アオバは握りしめていたライドウの手に指を絡めた。
彼の長く節くれだった指の間に、それより少し細い指を挟み、きゅ、と繋ぐ。
「アオバ」
ライドウが驚いたような顔をして、名前を呼んだ。
「イカせてくれんだろ…?」
自分でもびっくりするほど甘い声が出た。熱に浮かされたように頭がふわふわとする。
そのまま、べぇ、と舌を出すと厚い唇にじゅうっと吸われ、扱かれた。
口を吸い、舌を絡めながらライドウがじわりと腰を動かし始める。身体全体を揺するようにされ、中で粘膜と彼の雄が擦れる。体温が上がり、汗がぶわりとふき出した。
男の動きが次第に大胆になるとさすがに苦しくなって、アオバは顔を背けて口づけを終わらせる。ライドウはそれを追うことなく身体を起こし、アオバの筋肉質な腰を抱えなおした。
はぁ、と息を吐く姿が色っぽく見えて、じいっと顔を見つめてしまう。常に冷静で無表情なことの多い男が、頬を赤く染めしたたる汗もそのままに欲情を隠さないでいる。アオバはぞくぞくと背筋を震わせ、身をよじった。その動きにライドウが顔をしかめた。知らず締め付けてしまったようだ。
「だいじょうぶか、ライドウ」
「…っ、人の心配してんじゃねぇ」
太ももにライドウの指が食い込んだ。ずるずると引き抜かれ、あぁ、と喘ぐ声を抑えることができない。すぐさま深く押し入られると、今度は声にならなかった。
深く、浅く、ライドウが腰を前後させる。アオバはシーツを握りしめ、ときにライドウの腕に短い爪を立てながら高い声を洩らした。
「アオバ、痛くないか」
「あっ、なに、えっ、あ…あっ、い、痛くな…ああんっ」
そうか、と言ったライドウがぐり、と浅いところを抉った。びりびりと電気を流されたような痺れが走り、アオバは目を見開いた。
「や、いやだぁ、そこ…っ」
ライドウがその場所を突くたびに、アオバの陰茎からぴゅっぴゅっと汁が飛んだ。鍛えられ、割れた腹筋の上がぐっしょりと濡れていく。
「あんっ、や、むり、いく、いくぅ…っ!」
びゅるる、と雄から白濁が噴き出した。咄嗟にそこへ伸びたライドウの手を借り、量の少ない淫液をまき散らしながらアオバはびくびくと身体を震わせる。
何も残らないくらい出し切っても、まだ身体が熱い。肌が粟立ち、口からは獣のようにはっはっと荒い息が出るばかりだ。
中に入ったままの剛直が、ぐ、と向きを変えた。再びずぶずぶと奥まで挿し入れられて、アオバは無理、とうわ言のようにつぶやく。しかしライドウはぐったりと伸びたアオバの足を肩に乗せると、膝が胸に着くほど深くその身体を折り曲げた。
「あっ、も、無理だって」
もがいても身体に力が入らない。かろうじて動く手で肩を押そうとしたら、そのまま首の後ろに回された。べろりと頬を舐めた舌が、唇を塞いだ。
舌と舌を絡ませながら、遠慮を無くした動きに翻弄される。唾液を交換する音、そしてぐちゅぐちゅと泡でも立っていそうな音が結合部から聞こえて、耳からも犯される。
互いの腹に挟まれた陰茎からはだらだらと透明な液体が零れ、白濁と混ざって胸にまで伝う。二人とも、どこもかしこも濡れていた。
「んぅ、んっ、ふっ」
苦しい息の中、少しでも快感を逃がそうとするが顔を引いてもすぐさま追いかけられてまたどろどろに溶けてしまう。
肌と肌のぶつかる音が次第に早く大きくなり、ついに口を離したライドウがアオバの耳元で小さく名を呼んだ。アオバ、と発されたその声は掠れ、もう声も出ないアオバの脳裏に刻み付けられる。
今やその全長をアオバの中に撃ち込むライドウが、最奥目掛けて激しく腰を振った。
「……っひ、ひぃ…っ」
空気と共に喉奥から小さく悲鳴が漏れた。身体の内側でどくどくと己のものでない拍動を感じる。
すべて注ぎ込むように数度腰を動かしたライドウがそこから出ていくまで、アオバは目をきつく瞑ってシーツを握りしめていた。
「すまなかった」
事後のけだるさにベッドへうつ伏せとなっていたアオバは、その声に顔を上げた。
同じ布団を被ったライドウが、裸のまま身体を起こして俯いている。
「なにが」
しゃがれた声で問えば、男はちらりとアオバを見、また目を逸らした。
「久しぶりに同じ任務につけて少し舞い上がっていたみたいだ。本当ならお前に怪我なんてさせなかったのにな」
なんだそれか、と思う。関係を結んでしまったことを謝られたら、殴るくらいでは済ませないところだった。
「どう考えても俺のミスだろ。お前が気にすること無いぜ。ありゃたまたま当たったようなもんだ。…それによ、俺は自分の身は自分で守る。女扱いすんじゃねぇよ」
「すまない、そんなつもりじゃない。ただ俺は、お前を傷つけたくない」
「……よくわかんねぇよ」
その言葉は本心だった。同じ特別上忍という立場にあり、技のコンビネーションも行う間柄だ。確かにライドウには気を許していたし、一緒に組んでやりやすい相手というのは確かだった。しかし、ライドウが言うそれとアオバが彼に感じていたものは何か違うような気がする。
「なぁ、さっきの…」
アオバの言葉に、ライドウがまたちらりとこちらへ視線を向けた。
「男が好きなのか、お前」
事の最中に問うても答えの無かった話だ。男相手はすべてが初めてだったアオバに対し、慣れた仕草を次々見せたライドウ。結果として媚薬の効果も払拭するほど昇り詰めたのは確かだが、アオバはそのことがずっと気になっていた。
今度は視線を逸らさないまま、ライドウが口を開いた。
「いや、お前以外には何とも思わない。お前が気になりだした頃、そうなのかもしれないと思って男を試したことはある。さっきは言いたくなかった。すまない」
「き、気になるって」
「そういうことだ。……久しぶりにお前の目、見たな。きらきらして綺麗だった」
じっと見つめられる。
今自分の瞳はどうなっているのだろう。いつもの様に金をたたえているだけか、それともまだ、きらめいているのか。
ライドウが言ったようにたった一度経験しただけにしては、彼はやけに慣れた手つきだったような気がする。そう思い不安になる気持ちと、いや、何で不安になってるんだ、と我に返るような気持ちとがアオバの中で渦を巻いていた。
ただの幼馴染。気の合う仲間で、信頼できる同僚。
アオバにとってのライドウを称するあらゆる言葉が頭の中に浮かんでは消える。
混乱を読み取ったのか、ライドウが顔を歪めた。男らしく整った顔は、まだ引かない熱と色をたたえて顰め面さえどこか魅力的だった。
魅力的ってなんだよ、とまた頭の中でもう一人の自分が騒ぎ出す。そんなんじゃないだろ。ライドウは友達だ。今日のことだって事故みたいなもんで、明日になれば元通りになるはずだ。
口を開きかけたアオバの、手をライドウが取った。そのまま、彼の短い髪に手の平が触れる。
身を屈めたライドウが、自身の後頭部へアオバの手を押し当てていた。
「俺の記憶を消すか。アオバ」
落ち着いた声だった。
「お前が望むなら俺はそれでも構わない。今日のことを忘れても、俺はきっとお前を好きなままだ。
お前はどうしたい、アオバ」
目の前の男がアオバを見つめている。一見無表情にも映るその顔が、苦し気に歪んでいるのがアオバには分かった。
好きなのか、俺を。お前はそれを言うのか。
喉の奥がひりつく。声がまるでそこから出るのを嫌がるように舌の根に絡まって出てこない。ごくりと唾を飲み込み、アオバはやっとの思いで震える唇を開いた。
「俺は、俺はーーー」
End