Twitterだけに載せた話。
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「失礼しま――すみません、お取り込み中でしたか」
執務室に入るやいなや、ただ事でない気配を感じ引き下がろうとするテンゾウに対し、六代目火影は「いいよ」と言い放った。
「構わないから入って」
「しかし」
「この人ちょっとお仕置き中なのよ。気にしないで」
促されるまま、後ろ手に扉を閉める。一歩、二歩と執務机に近づくにつれ苦しげな吐息が耳に届き、テンゾウは真っ黒な瞳を伏せた。
この人、とは聞かずとも知れた。テンゾウのいる場所からは髪の毛一本見えないが、重厚な執務机の影にうずくまっているのはうみのイルカだろう。
六代目火影、はたけカカシと彼がただならぬ仲にあることは、里の中央に近い者なら誰しも知るところだった。
公に伴侶だとのたまうことは無いが、二人を見ていれば何となく察しはつくものだ。
里の親ともいえる火影と、アカデミーの教頭とはいえ一介の中忍にすぎないイルカはもう長い間、静かに愛を育んでいるように見えた――のだが、どうも今日は様子が違うようだ。結界も施されていない室内で行為に及ぶなど、悋気の強いカカシがどうしたことだろう。
「昨日お渡しした報告書のことでお呼びと聞きましたが」
「これね、全部書き直し」
「――と、言いますと」
「一度聞いたらわかるでしょ。まるでなってない。明日までにやり直して持ってきてくれる」
目の前にどさりと置かれたのは、テンゾウがしたためた大蛇丸の監視報告書だった。里を離れほとんど一人で担っている任務だ。時折、数名の暗部と交代して里へ戻り、数ヶ月分の記録をまとめカカシへ提出していた。これまでに何度も同様のものを提出しているが、突き返されたのは初めてだ。
「承知しました」
忍びは親に逆らえない。テンゾウは表情を変えず紙の束を受け取り、脇に抱えた。今から寝ずにやれば明日の夜には持ってこられるだろう。
「御用件はそれだけでしょうか」
重厚な椅子に座るカカシを見下ろす。
かつて何度も共に戦った先輩である男が、重い瞼の下からじっとこちらを見据えていた。あと一歩近づけば、火影の股ぐらに顔を埋めるイルカの姿が見えるかもしれない。
「下がっていいよ」
テンゾウがその一歩を進めようとしたことを察したのか、カカシが言った。
叩頭し、扉に向き直る。
せっかく里に帰ってきたのだ、今夜も誰かと飲みに出るつもりだったのだが、ついていない。
胸の中でぼやきながら取手に指を伸ばしたときだ。
「テンゾウ」
背後から呼び止められた。
聞き慣れたはずの声にぞくりと背中が総毛立つ。殺気すれすれの視線が、うなじを焼いた。
「酒を飲む相手は選ばないとね」
冷たい刃が首筋に押し当てられる。そんな錯覚が浮かんだ。もしカカシが本気であったなら、今頃自分の首は床に転がっていたかもしれない。
脳裏に浮かぶイメージが、自然とテンゾウの口角を上げた。つくづく己は戦忍であるらしい。
「誘われれば、僕に断る理由はありませんよ」
カカシを振り返る。珍しく眉間に皺を寄せたカカシが、こちらを睨みつけていた。子供に人気の六代目が、どうだ。
「そんな怖い顔しないでくださいよ。滅多に帰って来られないんですから、少しくらい大目に見てくれてもいいじゃないですか」
濡れた音と共に、くぐもった悲鳴が聞こえる。六代目の苛立ちはピークに達したらしい。
ぱちり、とカカシが指を鳴らした。テンゾウの両脇に、暗部が二名降り立つ。
「里に在る間、この者の監視を命ずる」
カカシの言葉に暗部が短く応ずる。どちらも知った顔だった。ちらりと目が合う。面倒なことをしてくれるなと、視線で牽制されたのが分かった。
「次はないよ」
カカシが言う。暗い瞳がテンゾウから足元へと、流れるように移動した。
「承知しました」
ひどいことになっているだろう誰かの分も一緒に答える。
今度こそ本当に執務室を出れば、暖かな陽の光にほっと肩を下ろした。
「お前、余計なことするんじゃねぇよ」
左を歩く暗部が言う。右の奴もうんうんと頷いた。里を出るまでこのままだと困るな、と思いながら、テンゾウは首を傾げた。
「本当に何もしてないんだけどなぁ」
確かに昨夜はイルカと二人で酒を飲んだ。
久しぶりの帰郷で飲み屋街をぶらついていたら、彼の方から声をかけてきたからだ。
大衆居酒屋で二、三杯引っ掛けて、その後イルカの馴染みだという路地裏のバーで話し込んで帰った。
そういえばその路地には怪しげな看板がいくつかあったし、往来だというのに絡み合っている者もいたけれど、テンゾウはイルカに指一本触れていないしその気も無かった。
テンゾウはただ、忙しくて構ってくれない恋人の愚痴を聞かされただけだ。知り合いの恋愛事情などさして聞きたくもないが、他人の金で飲む酒は美味かった。
こうなったら自分からどうにかするしかない、と笑ったイルカはとても教師の表情じゃなかったけれど、わざわざそれをカカシに教えてやるほど暇でもない。なにせ、仕事のやり直しがたんまりとあるのだ。
「イルカさんも結構やるなぁ」
「だから余計なこと言うなって」
「そうだそうだ」
両脇からやいのやいのと言われながら、テンゾウはのんびりとあくびをした。
次は何を奢ってもらうか、今から考えておこう。
終
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「失礼しま――すみません、お取り込み中でしたか」
執務室に入るやいなや、ただ事でない気配を感じ引き下がろうとするテンゾウに対し、六代目火影は「いいよ」と言い放った。
「構わないから入って」
「しかし」
「この人ちょっとお仕置き中なのよ。気にしないで」
促されるまま、後ろ手に扉を閉める。一歩、二歩と執務机に近づくにつれ苦しげな吐息が耳に届き、テンゾウは真っ黒な瞳を伏せた。
この人、とは聞かずとも知れた。テンゾウのいる場所からは髪の毛一本見えないが、重厚な執務机の影にうずくまっているのはうみのイルカだろう。
六代目火影、はたけカカシと彼がただならぬ仲にあることは、里の中央に近い者なら誰しも知るところだった。
公に伴侶だとのたまうことは無いが、二人を見ていれば何となく察しはつくものだ。
里の親ともいえる火影と、アカデミーの教頭とはいえ一介の中忍にすぎないイルカはもう長い間、静かに愛を育んでいるように見えた――のだが、どうも今日は様子が違うようだ。結界も施されていない室内で行為に及ぶなど、悋気の強いカカシがどうしたことだろう。
「昨日お渡しした報告書のことでお呼びと聞きましたが」
「これね、全部書き直し」
「――と、言いますと」
「一度聞いたらわかるでしょ。まるでなってない。明日までにやり直して持ってきてくれる」
目の前にどさりと置かれたのは、テンゾウがしたためた大蛇丸の監視報告書だった。里を離れほとんど一人で担っている任務だ。時折、数名の暗部と交代して里へ戻り、数ヶ月分の記録をまとめカカシへ提出していた。これまでに何度も同様のものを提出しているが、突き返されたのは初めてだ。
「承知しました」
忍びは親に逆らえない。テンゾウは表情を変えず紙の束を受け取り、脇に抱えた。今から寝ずにやれば明日の夜には持ってこられるだろう。
「御用件はそれだけでしょうか」
重厚な椅子に座るカカシを見下ろす。
かつて何度も共に戦った先輩である男が、重い瞼の下からじっとこちらを見据えていた。あと一歩近づけば、火影の股ぐらに顔を埋めるイルカの姿が見えるかもしれない。
「下がっていいよ」
テンゾウがその一歩を進めようとしたことを察したのか、カカシが言った。
叩頭し、扉に向き直る。
せっかく里に帰ってきたのだ、今夜も誰かと飲みに出るつもりだったのだが、ついていない。
胸の中でぼやきながら取手に指を伸ばしたときだ。
「テンゾウ」
背後から呼び止められた。
聞き慣れたはずの声にぞくりと背中が総毛立つ。殺気すれすれの視線が、うなじを焼いた。
「酒を飲む相手は選ばないとね」
冷たい刃が首筋に押し当てられる。そんな錯覚が浮かんだ。もしカカシが本気であったなら、今頃自分の首は床に転がっていたかもしれない。
脳裏に浮かぶイメージが、自然とテンゾウの口角を上げた。つくづく己は戦忍であるらしい。
「誘われれば、僕に断る理由はありませんよ」
カカシを振り返る。珍しく眉間に皺を寄せたカカシが、こちらを睨みつけていた。子供に人気の六代目が、どうだ。
「そんな怖い顔しないでくださいよ。滅多に帰って来られないんですから、少しくらい大目に見てくれてもいいじゃないですか」
濡れた音と共に、くぐもった悲鳴が聞こえる。六代目の苛立ちはピークに達したらしい。
ぱちり、とカカシが指を鳴らした。テンゾウの両脇に、暗部が二名降り立つ。
「里に在る間、この者の監視を命ずる」
カカシの言葉に暗部が短く応ずる。どちらも知った顔だった。ちらりと目が合う。面倒なことをしてくれるなと、視線で牽制されたのが分かった。
「次はないよ」
カカシが言う。暗い瞳がテンゾウから足元へと、流れるように移動した。
「承知しました」
ひどいことになっているだろう誰かの分も一緒に答える。
今度こそ本当に執務室を出れば、暖かな陽の光にほっと肩を下ろした。
「お前、余計なことするんじゃねぇよ」
左を歩く暗部が言う。右の奴もうんうんと頷いた。里を出るまでこのままだと困るな、と思いながら、テンゾウは首を傾げた。
「本当に何もしてないんだけどなぁ」
確かに昨夜はイルカと二人で酒を飲んだ。
久しぶりの帰郷で飲み屋街をぶらついていたら、彼の方から声をかけてきたからだ。
大衆居酒屋で二、三杯引っ掛けて、その後イルカの馴染みだという路地裏のバーで話し込んで帰った。
そういえばその路地には怪しげな看板がいくつかあったし、往来だというのに絡み合っている者もいたけれど、テンゾウはイルカに指一本触れていないしその気も無かった。
テンゾウはただ、忙しくて構ってくれない恋人の愚痴を聞かされただけだ。知り合いの恋愛事情などさして聞きたくもないが、他人の金で飲む酒は美味かった。
こうなったら自分からどうにかするしかない、と笑ったイルカはとても教師の表情じゃなかったけれど、わざわざそれをカカシに教えてやるほど暇でもない。なにせ、仕事のやり直しがたんまりとあるのだ。
「イルカさんも結構やるなぁ」
「だから余計なこと言うなって」
「そうだそうだ」
両脇からやいのやいのと言われながら、テンゾウはのんびりとあくびをした。
次は何を奢ってもらうか、今から考えておこう。
終