Twitterだけに載せた話。
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酒酒屋は今夜も賑わっている。
うみのイルカは気心の知れた同僚と三人、飴色の机を囲んでいた。なんてことはない、いつもの夜である。
第四次忍界大戦で壊滅的な被害を受けた木の葉の里も、六代目火影の治世にあって復興を果たし、あまつさえ急速な発展を遂げようとしていた。
使えるものは何でも再利用するという火影の方針から、この酒酒屋も建物こそ建て直されたが、破損を免れた机や椅子は細部を修理しそのまま使用されている。
少し前にリニューアルされたベストを身に着け、飲み慣れた焼酎を口に運ぶイルカは、同僚からの怪訝な視線に肩を竦めていた。
執務室で六代目とよく茶を飲む、という話を疑われているのだ。
向いに座る、短い黒髪をつんつんと立たせた同僚が焼き鳥を串からこそぎ取るように口の中へ入れたあと、むしゃむしゃと咀嚼しながら頭を振った。
「んなわけあるかよ。俺がいつ行っても書類の山に隠れてろくに顔も見えねぇっていうのによ」
「本当だって。あるだろ、応接セット」
「あー、しばらく前に業者が運び込んでたやつか。確かにあるぜ。あるけどよ、あれは要人が来た時用だろ? なんでお前みたいなただの中忍にそんなところ座らせんだよ」
ふんぞり返って言う短髪の男に、確かに、とイルカは首を傾げた。
だが、本当なのだ。
イルカが受付やアカデミー業務で二日に一度は執務室を訪れるうち、カカシが気安く声をかけてくれるようになった。
長年、教師と上忍師、あるいは受付と戦忍という関係でしかなく、二人きりで話したこともろくに無かったため始めは緊張したが、シカマルが席を外した隙にちょっとした愚痴をこぼしたりだとか、昔話をしたりする相手に、広く浅く事情を知るイルカがちょうど良いらしい。
最初はただの立ち話だったのが、しばらくすると立派な応接セットが用意され、そこで菓子をつまみながら茶を飲むようになっていった。
イルカにとっても昼下がりにちょうどよい息抜きで、今ではほとんど毎日の習慣となっていた。
それを説明するが、同僚は「だったらなおのことおかしい」と譲らない。
その時、彼の隣で黙っていた、もうひとりの同僚が「おい」と口を開いた。
ちなみに、明るい長髪を一括りにしたこの男は彫りの深い顔つきで女性に人気だが、実は熱狂的なアイドルオタクである。そのことは三人だけの秘密だった。
「わかんねぇのか? お前、それ口説かれてんだよ」
「「はぁ!?」」
長髪の男の言葉に、イルカともう一人が声を揃える。
「やめろよ、悪い冗談だぞ」
言ったのはイルカだ。口説く、だなんて言葉、使う場所が違うだろう。
「そうだぜ。あの六代目がなんだってイルカなんかを口説くんだよ」
「なんかは余計だろ」
机の下で足を蹴ってやる。直後、手元に串が飛んできた。
「俺から言わせれば気づかない方がおかしいよ。滅茶苦茶わかりやすいだろ。俺、あそこにお前以外が座ったの聞いたことねぇよ」
大の男が子供のように串を飛ばし合っているのを横目に、長髪の男が呆れるようにそう言う。
言われてみれば、自分以外があのソファに腰掛けているのを見たことはなかった。つやつやして、ふかふかの、あの上等なソファに。
「いや、でもなぁ……」
イルカは散らばった串を竹筒に片付けながら、さっきよりも深く首を傾げた。
「あの六代目が俺なんかを……考えらんねぇよ」
六代目火影、はたけカカシには縁談がひっきりなしに持ち込まれるという。忙しいから、とどれも断っていると聞くが、良家の子女相手でなくともモテるだろう。
現役時代から彼のその手の話は耳に入ってきた。花街で抱いたことのない女はいないとか、泣かせたくのいちは数知れずだとか、なんとか。
そんな男が、自分のような一介の中忍に懸想するなんてことがあるだろうか。
机に突っ伏すようにして考え込むイルカに、短髪の男が「大丈夫か」と心配そうな声をかけてきた。直情的だが、気のいい奴なのだ。
その彼に、うーん、と答えにもならない唸りを返す。
確かに、何も感じないわけではなかった。
菓子をつまんでいる時も、視線を感じてふと顔を上げるとカカシが微笑みながら自分を見ていたり、狭い机の上で指が触れようものなら飛び上がって顔を赤くしていたこともあった。
疲れているのかなと最初は思ったが、それが何度も続くとなれば、自他ともに認める朴念仁のイルカでさえ何かを思わなくもない。
認められないのは、自分も嫌ではないからだ。むしろ、そんなカカシの反応が見たくて最近ではわざと指を触れさせてもいた。
ただ、話が具体的になってくると躊躇してしまう。だって、相手は火影だ。里の長だ。
ぷしゅう、と、イルカの口から空気が漏れる。
長髪の男が、そんなイルカに追い打ちをかけるようにぼそりと言った。
「お前、最近仕事以外で女の子と話したか?」
「いや、そういえば……あんまり、無いような」
「女は俺らよりよっぽど鋭いからな。とうに気づいてたんだろ。六代目からのつっよ~~い牽制をな」
「そ、そんな……」
もはやイルカの頬は机にめり込む寸前だ。
イルカだって女の子といちゃいちゃしたくない訳では無い。でも、カカシのことも気になる。そんな曖昧な気持ちをとっくに見透かされていたのか。
「そうがっくりするなって。受け入れちまえばいいじゃねぇか。悪くないと思うぞ? 火影夫人の座は」
「勝手に結婚させんなよ」
呑気に言う長髪の男を恨めしく睨み上げる。彼の隣で、短髪の同僚が眉をしかめた。
「ていうか、なんかおかしくねぇか? お前、普段そんな喋る奴じゃないだろ」
「あ、バレたか」
「六代目に何か掴まされたな」
「いやー、ずっと欲しかったんだよ、火の国シスターズの写真集! 絶版で市場にも滅多に出回らないんだぜ。あれをぶらさげられたらよぉ」
「仲間くらい売っちまうってか」
「そうそう」
そうそう、じゃねぇと短髪の男に肩を殴られ、長髪の方が椅子から半分転げ落ちる。イルカも机の下で脛を蹴ってやった。
「すまんすまん」
へらへらと座り直す男に呆れ、イルカも身体を起こした。
腹立たしいが、それよりも戸惑うのはカカシのことだ。同僚を買収してまで手を回すだなんて、少しやりすぎじゃないだろうか。
困惑が顔に出ていたのか、長髪の同僚が小さく、「大丈夫だよ」と言った。
「まぁ、やり方はいただけないかもしれないけどさ、悪くないと思うぜ。あんな想ってくれる相手は中々いないだろうよ。これは本音だ」
しんみりと呟いたその声音は確かにこの男の本来のそれで、イルカは言葉に詰まる。下忍の頃から知った間柄だ。からくも生き残った幼なじみに背中を押され、心が動かないはずもなかった。
「湿っぽい話は終わりだ! 飲もうぜ!」
重い空気に耐えられなくなったのか、短髪の男が声を張り上げた。
次々運ばれてくる酒と料理に机を埋め尽くされつつ、明日はどんな顔でカカシに会えばいいのかと悩む、イルカであった。
終
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酒酒屋は今夜も賑わっている。
うみのイルカは気心の知れた同僚と三人、飴色の机を囲んでいた。なんてことはない、いつもの夜である。
第四次忍界大戦で壊滅的な被害を受けた木の葉の里も、六代目火影の治世にあって復興を果たし、あまつさえ急速な発展を遂げようとしていた。
使えるものは何でも再利用するという火影の方針から、この酒酒屋も建物こそ建て直されたが、破損を免れた机や椅子は細部を修理しそのまま使用されている。
少し前にリニューアルされたベストを身に着け、飲み慣れた焼酎を口に運ぶイルカは、同僚からの怪訝な視線に肩を竦めていた。
執務室で六代目とよく茶を飲む、という話を疑われているのだ。
向いに座る、短い黒髪をつんつんと立たせた同僚が焼き鳥を串からこそぎ取るように口の中へ入れたあと、むしゃむしゃと咀嚼しながら頭を振った。
「んなわけあるかよ。俺がいつ行っても書類の山に隠れてろくに顔も見えねぇっていうのによ」
「本当だって。あるだろ、応接セット」
「あー、しばらく前に業者が運び込んでたやつか。確かにあるぜ。あるけどよ、あれは要人が来た時用だろ? なんでお前みたいなただの中忍にそんなところ座らせんだよ」
ふんぞり返って言う短髪の男に、確かに、とイルカは首を傾げた。
だが、本当なのだ。
イルカが受付やアカデミー業務で二日に一度は執務室を訪れるうち、カカシが気安く声をかけてくれるようになった。
長年、教師と上忍師、あるいは受付と戦忍という関係でしかなく、二人きりで話したこともろくに無かったため始めは緊張したが、シカマルが席を外した隙にちょっとした愚痴をこぼしたりだとか、昔話をしたりする相手に、広く浅く事情を知るイルカがちょうど良いらしい。
最初はただの立ち話だったのが、しばらくすると立派な応接セットが用意され、そこで菓子をつまみながら茶を飲むようになっていった。
イルカにとっても昼下がりにちょうどよい息抜きで、今ではほとんど毎日の習慣となっていた。
それを説明するが、同僚は「だったらなおのことおかしい」と譲らない。
その時、彼の隣で黙っていた、もうひとりの同僚が「おい」と口を開いた。
ちなみに、明るい長髪を一括りにしたこの男は彫りの深い顔つきで女性に人気だが、実は熱狂的なアイドルオタクである。そのことは三人だけの秘密だった。
「わかんねぇのか? お前、それ口説かれてんだよ」
「「はぁ!?」」
長髪の男の言葉に、イルカともう一人が声を揃える。
「やめろよ、悪い冗談だぞ」
言ったのはイルカだ。口説く、だなんて言葉、使う場所が違うだろう。
「そうだぜ。あの六代目がなんだってイルカなんかを口説くんだよ」
「なんかは余計だろ」
机の下で足を蹴ってやる。直後、手元に串が飛んできた。
「俺から言わせれば気づかない方がおかしいよ。滅茶苦茶わかりやすいだろ。俺、あそこにお前以外が座ったの聞いたことねぇよ」
大の男が子供のように串を飛ばし合っているのを横目に、長髪の男が呆れるようにそう言う。
言われてみれば、自分以外があのソファに腰掛けているのを見たことはなかった。つやつやして、ふかふかの、あの上等なソファに。
「いや、でもなぁ……」
イルカは散らばった串を竹筒に片付けながら、さっきよりも深く首を傾げた。
「あの六代目が俺なんかを……考えらんねぇよ」
六代目火影、はたけカカシには縁談がひっきりなしに持ち込まれるという。忙しいから、とどれも断っていると聞くが、良家の子女相手でなくともモテるだろう。
現役時代から彼のその手の話は耳に入ってきた。花街で抱いたことのない女はいないとか、泣かせたくのいちは数知れずだとか、なんとか。
そんな男が、自分のような一介の中忍に懸想するなんてことがあるだろうか。
机に突っ伏すようにして考え込むイルカに、短髪の男が「大丈夫か」と心配そうな声をかけてきた。直情的だが、気のいい奴なのだ。
その彼に、うーん、と答えにもならない唸りを返す。
確かに、何も感じないわけではなかった。
菓子をつまんでいる時も、視線を感じてふと顔を上げるとカカシが微笑みながら自分を見ていたり、狭い机の上で指が触れようものなら飛び上がって顔を赤くしていたこともあった。
疲れているのかなと最初は思ったが、それが何度も続くとなれば、自他ともに認める朴念仁のイルカでさえ何かを思わなくもない。
認められないのは、自分も嫌ではないからだ。むしろ、そんなカカシの反応が見たくて最近ではわざと指を触れさせてもいた。
ただ、話が具体的になってくると躊躇してしまう。だって、相手は火影だ。里の長だ。
ぷしゅう、と、イルカの口から空気が漏れる。
長髪の男が、そんなイルカに追い打ちをかけるようにぼそりと言った。
「お前、最近仕事以外で女の子と話したか?」
「いや、そういえば……あんまり、無いような」
「女は俺らよりよっぽど鋭いからな。とうに気づいてたんだろ。六代目からのつっよ~~い牽制をな」
「そ、そんな……」
もはやイルカの頬は机にめり込む寸前だ。
イルカだって女の子といちゃいちゃしたくない訳では無い。でも、カカシのことも気になる。そんな曖昧な気持ちをとっくに見透かされていたのか。
「そうがっくりするなって。受け入れちまえばいいじゃねぇか。悪くないと思うぞ? 火影夫人の座は」
「勝手に結婚させんなよ」
呑気に言う長髪の男を恨めしく睨み上げる。彼の隣で、短髪の同僚が眉をしかめた。
「ていうか、なんかおかしくねぇか? お前、普段そんな喋る奴じゃないだろ」
「あ、バレたか」
「六代目に何か掴まされたな」
「いやー、ずっと欲しかったんだよ、火の国シスターズの写真集! 絶版で市場にも滅多に出回らないんだぜ。あれをぶらさげられたらよぉ」
「仲間くらい売っちまうってか」
「そうそう」
そうそう、じゃねぇと短髪の男に肩を殴られ、長髪の方が椅子から半分転げ落ちる。イルカも机の下で脛を蹴ってやった。
「すまんすまん」
へらへらと座り直す男に呆れ、イルカも身体を起こした。
腹立たしいが、それよりも戸惑うのはカカシのことだ。同僚を買収してまで手を回すだなんて、少しやりすぎじゃないだろうか。
困惑が顔に出ていたのか、長髪の同僚が小さく、「大丈夫だよ」と言った。
「まぁ、やり方はいただけないかもしれないけどさ、悪くないと思うぜ。あんな想ってくれる相手は中々いないだろうよ。これは本音だ」
しんみりと呟いたその声音は確かにこの男の本来のそれで、イルカは言葉に詰まる。下忍の頃から知った間柄だ。からくも生き残った幼なじみに背中を押され、心が動かないはずもなかった。
「湿っぽい話は終わりだ! 飲もうぜ!」
重い空気に耐えられなくなったのか、短髪の男が声を張り上げた。
次々運ばれてくる酒と料理に机を埋め尽くされつつ、明日はどんな顔でカカシに会えばいいのかと悩む、イルカであった。
終