ロマンス
カカシさんは眼力が強い。
右目しか見えていないからかもしれない。いや、本当は左目も見えるんだけれど、普段は隠しているのだ。写輪眼があるからな。
どにかく、カカシさんはいつもじいっと俺を見てくる。
授業中に通りかかったときも、受付所で報告書を俺が確認しているときも、今みたいに二人で飲んでいるときもだ。
二人席に向かい合って座って、何か喋るわけでもなくただただ俺を見てくる。それも真正面からだ。正直、ちょっと怖い。
俺が何か話題を振っても、返ってくるのは「へえ」とか「まあ」とか「ふうん」だ。良くて「そうですか」。
よっぽど楽しくないんだろうなと思うだろう。
ところがどっこい、この食事会はカカシさんの誘いによるものだ。しかも今日だけじゃない。もう何度もだし、毎回奢りときてる。
一体何が楽しいんだろう。カカシさんは食が細いみたいだし、残しちゃもったいねえと俺がばくばく食うのが面白いんだろうか。それとも、アカデミーの話が珍しいんだろうか。カカシさん、小せぇ頃から任務についてたっていうしな。
それに、
「ちょっとすみません」
俺が小便に行こうとしたときもすごいんだ。
「どこに行くの」
「手洗いです」
「行かないでよ」
「無理ですよ」
これも毎回のやり取りだ。場がもたないからがぶがぶ飲んじまって、結果小便したくなって、俺が便所に行くたびにこの会話が繰り返される。
最終的にはため息ついて、「いいよ」って言うんだけど。いっぺん席で漏らしてやろうか。そうしたら俺が明日から無職になっちまうからしないんだけどな。
もちろん、便所へ向かう時も戻って来るときも視線を感じる。とにかく、ずっと見られてるんだ。居心地が悪いのはもちろんそうなんだけど、金欠の俺にはメシを奢ってくれる存在は貴重だ。だからこうして、今夜も気まずい思いをしながら向かい合ってメシ食って、酒を飲んでる。
「そろそろ出ませんか」
これを切り出すのもいつも俺の役目だ。放っとくとカカシさん、いつまでだって俺を見てるから。
「もう?」
「明日の準備があるもんで」
「じゃあ仕方ないね。出ようか」
お決まりのやり取りを繰り返して、レジでカカシさんが財布を出すのを今度は俺が見る。
「ごちそうさまでした!」
店を出るなり頭を下げて礼を言う。でもそれで「じゃ」と別れられたことはない。
「行きましょ」
カカシさんはそう言って、いつも俺を家まで送ってくれる。女子供じゃないんだからと何度言っても変わらない。もう諦めて、毎回送ってもらっている。最強のボディガードってやつだ。
二人で肩寄せ合って歩いても、特に会話は無い。一方通行の会話に飽きて、俺が話さなくなったからだ。
居酒屋のある繁華街からしばらく歩けば、俺の住むおんぼろアパートが見えてきた。
俺の家は二階だから、階段の手前でぴったり止まる。カカシさんの方をくるりと向いて、ぺっこりと頭を下げる。
「ありがとうございました」
そして顔を上げると、決まってカカシさんがこう言うんだ。
「イルカ先生、明日は何時ころに終わりますか」
明日、ってことは、カカシさんは遠くに行く任務が入っていないってことだ。これは日によって明後日だったり、○○日後だったり、月末なんていうざっくりした日だったりする。とにかくカカシさんは里にいる間は毎日、俺と食事をしたいらしい。
「いやあ、明日は受付が入っているので遅くなります」
「じゃあ待ってます」
「でも、悪いですし」
「いいの、いいの」
カカシさんがじいっと俺を見つめる。最初はあんまり見られたら怖いと思ったもんだけど、今じゃちょっと可愛いというか、小動物みたいだなと思うときもある。今とかはほら、怒られ待ちの子どもみたいだ。
別に何も悪いことなんかしてないはずなのにさ、カカシさんは俺の返事を待つ時だけこんな顔をするんだよな。そんで俺ってやつは、こういう顔にとことん弱い。
「では、なるべく急いで行きますね。あんまり遅かったら先に行っててください。いつもの店ですよね」
「うん、そう」
「わかりました。じゃあ、また明日」
「うん、おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
夜なので静かに階段を上る。普段あんまり足音を消さない俺だけど、この時ばかりは静かに歩く。
さびついた階段を上って、突き当りにある部屋の前で止まる。くるりと振り返って見下ろすと、やっぱりカカシさんが俺のことを見ていた。
「おやすみなさい」
俺は声を小さくしてそう言う。ついでに手も振る。
カカシさんは手を振り返して、その手をポケットに突っ込み直してまだ俺を見上げていた。このままだとずっとカカシさんが帰れないので、俺は背中を向けて部屋に入る。
ドアさえ閉めればカカシさんがあの場所から離れられると学習したからだ。
でもまだ反対側に回って窓の下から見ていることがあるから、十分は窓を覗いちゃいけない。せいぜい明かりをつけて、カーテンを締めるだけだ。
手を洗って装備を解いて、熱い茶を一杯飲む。そうして、風呂に入ったら窓から下を見る。オッケー、もう居ない。前はそれでも居たからびっくりしたけど、風邪ひかれたら困るからやめてくれって頼んでやめてもらったんだ。
ちょっと変わった人なんだろうな。友達いなさそうだしな。
ナルトたちが揃ってた頃はよく皆でメシ食ったりしたから、俺になついてくれてんのかもしれねぇな。上忍の方には失礼な言い方だけどさ。
ま、今日もタダメシ食えたし、いっか。
ベッドに寝っ転がって、頭の下で腕を組む。カーテンの隙間から月明かりが差し込んで、少し眩しかった。
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カカシさんは眼力が強い。
右目しか見えていないからかもしれない。いや、本当は左目も見えるんだけれど、普段は隠しているのだ。写輪眼があるからな。
どにかく、カカシさんはいつもじいっと俺を見てくる。
授業中に通りかかったときも、受付所で報告書を俺が確認しているときも、今みたいに二人で飲んでいるときもだ。
二人席に向かい合って座って、何か喋るわけでもなくただただ俺を見てくる。それも真正面からだ。正直、ちょっと怖い。
俺が何か話題を振っても、返ってくるのは「へえ」とか「まあ」とか「ふうん」だ。良くて「そうですか」。
よっぽど楽しくないんだろうなと思うだろう。
ところがどっこい、この食事会はカカシさんの誘いによるものだ。しかも今日だけじゃない。もう何度もだし、毎回奢りときてる。
一体何が楽しいんだろう。カカシさんは食が細いみたいだし、残しちゃもったいねえと俺がばくばく食うのが面白いんだろうか。それとも、アカデミーの話が珍しいんだろうか。カカシさん、小せぇ頃から任務についてたっていうしな。
それに、
「ちょっとすみません」
俺が小便に行こうとしたときもすごいんだ。
「どこに行くの」
「手洗いです」
「行かないでよ」
「無理ですよ」
これも毎回のやり取りだ。場がもたないからがぶがぶ飲んじまって、結果小便したくなって、俺が便所に行くたびにこの会話が繰り返される。
最終的にはため息ついて、「いいよ」って言うんだけど。いっぺん席で漏らしてやろうか。そうしたら俺が明日から無職になっちまうからしないんだけどな。
もちろん、便所へ向かう時も戻って来るときも視線を感じる。とにかく、ずっと見られてるんだ。居心地が悪いのはもちろんそうなんだけど、金欠の俺にはメシを奢ってくれる存在は貴重だ。だからこうして、今夜も気まずい思いをしながら向かい合ってメシ食って、酒を飲んでる。
「そろそろ出ませんか」
これを切り出すのもいつも俺の役目だ。放っとくとカカシさん、いつまでだって俺を見てるから。
「もう?」
「明日の準備があるもんで」
「じゃあ仕方ないね。出ようか」
お決まりのやり取りを繰り返して、レジでカカシさんが財布を出すのを今度は俺が見る。
「ごちそうさまでした!」
店を出るなり頭を下げて礼を言う。でもそれで「じゃ」と別れられたことはない。
「行きましょ」
カカシさんはそう言って、いつも俺を家まで送ってくれる。女子供じゃないんだからと何度言っても変わらない。もう諦めて、毎回送ってもらっている。最強のボディガードってやつだ。
二人で肩寄せ合って歩いても、特に会話は無い。一方通行の会話に飽きて、俺が話さなくなったからだ。
居酒屋のある繁華街からしばらく歩けば、俺の住むおんぼろアパートが見えてきた。
俺の家は二階だから、階段の手前でぴったり止まる。カカシさんの方をくるりと向いて、ぺっこりと頭を下げる。
「ありがとうございました」
そして顔を上げると、決まってカカシさんがこう言うんだ。
「イルカ先生、明日は何時ころに終わりますか」
明日、ってことは、カカシさんは遠くに行く任務が入っていないってことだ。これは日によって明後日だったり、○○日後だったり、月末なんていうざっくりした日だったりする。とにかくカカシさんは里にいる間は毎日、俺と食事をしたいらしい。
「いやあ、明日は受付が入っているので遅くなります」
「じゃあ待ってます」
「でも、悪いですし」
「いいの、いいの」
カカシさんがじいっと俺を見つめる。最初はあんまり見られたら怖いと思ったもんだけど、今じゃちょっと可愛いというか、小動物みたいだなと思うときもある。今とかはほら、怒られ待ちの子どもみたいだ。
別に何も悪いことなんかしてないはずなのにさ、カカシさんは俺の返事を待つ時だけこんな顔をするんだよな。そんで俺ってやつは、こういう顔にとことん弱い。
「では、なるべく急いで行きますね。あんまり遅かったら先に行っててください。いつもの店ですよね」
「うん、そう」
「わかりました。じゃあ、また明日」
「うん、おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
夜なので静かに階段を上る。普段あんまり足音を消さない俺だけど、この時ばかりは静かに歩く。
さびついた階段を上って、突き当りにある部屋の前で止まる。くるりと振り返って見下ろすと、やっぱりカカシさんが俺のことを見ていた。
「おやすみなさい」
俺は声を小さくしてそう言う。ついでに手も振る。
カカシさんは手を振り返して、その手をポケットに突っ込み直してまだ俺を見上げていた。このままだとずっとカカシさんが帰れないので、俺は背中を向けて部屋に入る。
ドアさえ閉めればカカシさんがあの場所から離れられると学習したからだ。
でもまだ反対側に回って窓の下から見ていることがあるから、十分は窓を覗いちゃいけない。せいぜい明かりをつけて、カーテンを締めるだけだ。
手を洗って装備を解いて、熱い茶を一杯飲む。そうして、風呂に入ったら窓から下を見る。オッケー、もう居ない。前はそれでも居たからびっくりしたけど、風邪ひかれたら困るからやめてくれって頼んでやめてもらったんだ。
ちょっと変わった人なんだろうな。友達いなさそうだしな。
ナルトたちが揃ってた頃はよく皆でメシ食ったりしたから、俺になついてくれてんのかもしれねぇな。上忍の方には失礼な言い方だけどさ。
ま、今日もタダメシ食えたし、いっか。
ベッドに寝っ転がって、頭の下で腕を組む。カーテンの隙間から月明かりが差し込んで、少し眩しかった。
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