随分冷え込む夜だった。
カカシは木々をかき分けながら、外套を翻し里への道を辿っていた。阿吽の門まではあと少し。単独任務は気楽だが、ふとした時に余計なことを考えてしまう。
目線を下にやれば、何度も子どもたちと歩いた道が見える。単純な任務内容に文句を言う彼らをこづきながら歩いたことが、今もありありと思い出された。もう、随分と経ったというのに。
ふ、と軽く息を吐いて、次は空を見上げる。生い茂る葉の隙間から、冬の星空が見えた。これもいつか、子どもたちと見上げた空。確か、あの冬の夜のーー
◇◇◇
仕事を終え帰りついた玄関の前で、イルカは小さくため息をついた。かじかむ指で鍵を開けた部屋の中は冷え切っている。どさりと下ろした荷物をほどくのは明日になるだろうか。それほどに疲れていた。
木の葉崩し以来、逼迫した里の財政を支えるため、イルカのような内勤を主とする中忍も任務に駆けずり回っている。今日は他里へ行商に赴く一行の護衛任務を終え、やっと里へ帰ってきたところだった。
だが報告を済ませ、馴染みの定食屋にでも、と思ったら受付の補助に回された。どこも手一杯なのだろうと断ることもできず、日付が変わる前にやっと解放されたというわけだ。
空いた腹をカップラーメンで誤魔化して、風呂場へ向かう。
湯を張りながら、埃で汚れた支給服を洗濯機に放り込み髪紐をほどいてみれば、くたびれた男が鏡に映っていた。ずっと櫛も通していないぼさぼさの黒髪に、顔を横切る古傷。一重の瞳は落ちくぼんで、ともすれば奥二重のようになっていた。かさついた唇には薄く血すら滲んでいる。
「はぁ……」
誰に聞かせるでもないため息を吐いて、イルカは洗い場へ続くガラス戸を開いた。汚れた全身をくまなく洗い、熱い湯に浸かるとさすがに人心地つく。
イルカは元来風呂好きで、里に凶事が起こる前は休みを利用して温泉に行くこともあった。今となっては中々それも叶わないが、それでもいつかは、と思う。とっくに手を離れた元教え子が、成長して帰ってきたら一緒に行けるだろうか。
伝説の三忍の一人と修行の旅に出た、金髪の子どもの姿を思い出す。送り出す日、共に食べたラーメンは最後まで味がわからなかった。見送りに来るのかと思っていた彼の上忍師は姿を見せず、それ以来イルカは彼、はたけカカシの顔を見ていなかった。
任務に出ずっぱりなのだと聞いている。彼ほどの忍になると指名料も半端な額では無く、短い任務を多くこなさせることで里の実入りをよくしているのだと知れた。
里へ暗い影が落ちる中、彼にかかるプレッシャーはいかほどのものかと思う。弱体化した木の葉へいつ他里が攻め込んでくるかとイルカですら日々、緊張の糸を張り巡らせている状態だ。
カカシは休めているのだろうか。こうして、湯に浸かれることなどあるのだろうか。
銀色の髪の、里随一の上忍。中忍試験で楯突いたことを詫びたのは、ナルトが里を出る少し前だったように思う。カカシはそんなことなど覚えていない風だったけれど、イルカは肩の荷が下りてほっとしたものだ。
もう少し話をしたかったと思う。彼と会話らしい会話を交わしたことは数えるほどしか無い。
そうだ、まだ七班が活動していた時に一度だけ、長い時間を過ごしたことがあった。彼を含む四人が揃ってこの家に来て鍋を囲んだのだ。農家からの依頼報酬で余った野菜をもらったと持ってきたナルトに、何気なく鍋でもするかと言ったのがきっかけだった。それなら皆を誘いたい、とナルトがぽつりと零したのを無視できず、全員招くことになった。カカシは断るだろうと思っていたが、意外なことに二つ返事で了承されたのには驚いたものだ。
発案者であるナルトは初めのうち一番騒いでいたが、鍋をあらかた食べ終えて皆でテレビを見ている内に、いつの間にか寝入ってしまった。サクラも半分うとうとしていて、仕方なくカカシがナルトを、サスケがサクラを支えながら帰ることになったのだ。そのサスケすら少し瞼を重たそうにしていて、年相応の子どもらしく見えてカカシと二人こっそり笑った覚えがある。
思い出すと胸が締め付けられるような記憶だった。ほんの一年前のことなのに、もう随分昔のことのように思える。今は皆ばらばらの道を歩いているが、いつかまた交わることがあると良い。いや、きっとそうなるべきなのだ。鍋の湯気の向こう、騒ぎながら頬を染めていた三人の子供たちの顔が浮かびイルカは込み上げるものをぐっと呑み込んだ。
今日は少々疲れてしまった。過去のことばかり振り返ってしまうのはきっとそのせいだろう。イルカは湯の中でうんと伸びをすると、そろそろ上がるか、とざぶりと立ち上がった。
そこへ、コンコン、と控えめなノックの音が耳に届いた。玄関のドアを誰かが叩いている。こんな時間に誰だろう。自宅を訪ねてくるような女性には生憎縁が無い。それならば、と浮かぶのは家を閉め出された生徒だった。泣きべそをかいた子供がイルカを頼ってやって来ることは何度か経験がある。
イルカはおざなりに体を拭くと、タオルを腰に巻いただけの姿で玄関へ急いだ。
「どうした、こんな時間に」
教師然とした台詞を口にしながらドアを開けたイルカは、目の前の人物を見てしばし固まった。
「あー……取り込み中でしたか……」
そこに立っていたのは想定したどの生徒でもない、銀髪の上忍だったのだ。
「カ、カカシさん」
任務帰りなのか白い外套を羽織った彼は、唯一晒された片目を大きく見開いた後、はっとしたように視線を逸らした。
「すみません、突然」
いえ、と返したものの、それきり何も言わない相手にどうしようかと逡巡していると、扉の隙間から入り込んだ夜風がイルカの肌をひやりと撫でた。思わずぶるりと震えると、カカシがちらりと顔を上げた。
「イルカ先生、風邪ひきますよ」
「あ、そうですね……あの、どうぞ」
誰のせいだと思いつつ上がりかまちへ身を引けば、続いてカカシが後ろ手に扉を閉めた。屈んで手早く脚絆を解く姿を見下ろせば、イルカの影が外套の上に落ちる。
「遅い時間にすみません」
素足になったカカシが、板の間へ足を踏み入れた。蛍光灯の明かりの下で見るその顔は、少しやつれたようにも見える。それもそうだろう。受付でイルカが把握できるような任務以外にも、火影から直接言い渡される類のーー所謂暗部としてのそれも請け負っているはずだ。
何故わざわざ自分を訪ねてきたのかは知らないが、表と裏の両方から里を支える同胞にイルカはからりとした笑みを向けた。
「大丈夫ですよ、俺もさっき帰ってきたところです。風呂に入ってたもんで、こんな格好ですみませんね」
「いや、とんでもない」
「何か召し上がりますか? って言ってもカップラーメンくらいしかーー」
言いながらカカシに背を向けたとき、ふいに、後ろからぐっと腕が伸びてきた。強い力でイルカを拘束したそれに、抱きしめられていると把握するまで一拍の間が必要だった。
「カカシ、さん」
「少しだけ……」
イルカが身じろぎしても、カカシの腕はびくともしない。例え力の限り暴れても、敵うとは思えない強さだった。彼から微かに立ち上る埃っぽい匂いに、疲れているのだろうか、と思う。無理もない。
ナルトの旅立ち以来、彼の周りから子供の姿は消えていた。サクラは五代目に師事し、サスケは里を去り。代わりとでも言うように無理に割り振られる任務の数々。護衛程度の任務で疲れたなどと思った自分が恥ずかしくなる。
だがそれ以上に今の状態に羞恥を煽られ、イルカはどうにか抜けられないかと胸の前に回された腕をぐい、と掴むがやはり微動だにしない。ろくに水滴を拭いてもいない身体はカカシの服を、口布を、濡らしてしまうだろうに。
背の高さが殆ど同じだからか、もぞもぞと動く度にイルカの臀部と彼の腰のあたりが触れ合って妙な気分にさせられた。手甲越しにも鼓動の速さが伝わっているだろう。肌は濡れているのに、混乱したイルカの喉はからからに乾いていた。
「ごめん、顔だけ見て帰るつもりだったんだけど」
掠れた声が耳に触れる。
「こんな格好、してるから」
ようやく動いた、と思った彼の手はしかしイルカを開放することは無かった。それどころかじりじりと肌の上を這いまわり、胸の突起をつん、と弾いた。
「んっ」
自分から女性のような声が出て、イルカは驚いて両手で口を覆った。身を屈めようとしても後ろからしっかり抱きこまれていて身動きが取れない。
イルカのゆるく盛り上がった胸筋は上質な筋肉であるが故に、指が僅かに沈むほどの弾力がある。カカシはそこをほぐすように、大きな手の平でやわやわと揉んだ。
「だ、だめです……」
今までに味わったことの無い感覚に、イルカは大きくかぶりを振る。しかし、突き出た乳首をくにくにと指で挟まれ揉むようにされるとだめだった。
「んぅっ、ん、ふっ」
指の隙間から漏れ出た声が鼓膜に響く。急速に顔へ血が集まるのが分かった。
「ここ、気持ちいいの」
「ちがう、ちが……あっ」
「そう? 随分、いいみたいだけど……」
タオルの上から育ちかけたペニスの先をきゅ、と摘まれ身体が強ばる。そんなところ、今まで他人に触れられたこともないのに。
生真面目さをこじらせたイルカは、これまで他人と肌を合わせたことが無い。好意を寄せられてもどうして良いか分からずなあなあにしている内に愛想を尽かされる、そんな経験しか無かった。
それなのに、恋人でもない、しかも男に触られていやらしい声を出すだなんて。カカシの手が肌に触れるたび、奥底へ隠していたはずの欲望がむくりと頭をもたげた気がして、イルカはもう一度頭を振った。
「い、いやです、カカシさんっ」
「いやなの、そう……でも、こんなになってる」
「あうっ」
カカシの指先が円を描くように先端を撫でた。布を持ち上げるように屹立したイルカの陰茎が、びくびくと震える。
「感じやすいんですね」
耳元で言われると、吐息が奥まで滑り込んでくるようだ。低くて良い声だと羨ましく思っていたけれど、こんなに艶めいた響きを秘めていたなんて知らなかった。
一方的に追い上げられていたイルカの腰のあたりにぐり、と何かが押し付けられた。考える間でもない。それは、カカシのーー。
「流されて、くれませんか」
ぬるりと耳の孔に舌が差し込まれる。じゅるじゅるとイルカの内耳を蹂躙する音が骨にまで響き、膝から力が抜けた。ずるりと崩れそうになるのを、カカシの腕が腹に回って支えた。
「本当に嫌だったら、殴ってくれていいから」
よけませんよ、と背後から抱きしめるように囁かれ、息が詰まる。密やかに抑えられた声が、縋るようにすら聞こえてしまった。
「お、俺、は……」
「うん」
「あなたを殴るなんて、でき、ません」
「……優しいね、イルカ先生は」
イルカの下腹を抱えていたカカシの手のひらが、意思を持って肌を這い始める。手甲のざらりとした肌触りに鳥肌が立つ。
へその窪みをぐり、と抉られると、何故か股間の奥がきゅんと疼いた。思わず内股を擦り合わせればタオルの下に片方の手が忍び込んでくる。
「あっ、だ、だめです」
ぬるついた陰茎をつぅ、となぞるようにカカシの指が上下する。先走りは根元にまで垂れているようで、ぬちぬちと濡れた音が耳に届いた。
決して薄くはない陰毛に、カカシの掌が触れる。毛束を指で摘ままれるのがひどく恥ずかしくて、イルカはまたかぶりを振った。
「カカシ、さん……いやだ……っ」
「ん、ごめん、ごめんね」
口では謝りながら、カカシの親指は陰茎に浮き出た血管を甘く辿った。そうして片方の手は腹から胸、鎖骨から首筋までを行き来する。冷えた空気に晒されているはずの肌は、汗で湿り薄っすら赤く色づいていた。
「ん……っ、ふ、ぅ……」
胸筋をまた柔らかく揉まれると、固くしこった粒が疼いて仕方ない。触って、なんてとても言えず、イルカは手の甲で口元を覆った。
指先だけで愛撫されている陰茎もまたもどかしく、いっそ自分で高めてしまいたくなる。知らず腰が揺らめく姿にカカシが喉を鳴らしたことを、イルカは気づいていなかった。
幹を嬲っていた方の手がそこを離れたかと思うと、タオルの下を腿から臀部へと移動する。引き締まった尻を、手甲越しの手のひらがやわやわと揉んだ。
「ねぇ。後ろ……使えますか」
かり、と耳を噛まれ、イルカはびくりと震えた。
後ろ、がどこを指すのかは明らかで、カカシの指が双丘の割れ目をすりすりと行き来するだけで背中が粟立った。
「あ……の、準備、させていただけるなら……」
やっと絞り出した声はみっともなく掠れていた。カカシが一瞬息を詰めたのを背中越しに感じたけれど、理由は分からなかった。それを勘繰るほどの余裕も残されていない。
少しの間を置いて、イルカをきつく抱いていた力が緩んだ。ほっとして一歩カカシから離れると、遠慮がちな声がそれを追ってきた。
「手伝いましょうか」
「い、いえ、とんでもない」
ちら、と顔だけで振り向いて返せば、そうですか、と視線を逸らされた。
「気が変わったら、帰られて構いませんので」
それだけ告げて、イルカは走るようにして風呂場へ向かった。
脱衣所の引き戸を閉めて一人になると、力が抜けてずるずると座り込んでしまう。
なぜ、受け入れてしまったのか。考えても、はっきりした答えは出なかった。上忍からの命令と言われてしまえば従うより他にないが、カカシはきっとそうは言わないだろう。こちらから命令してくれと言えば、去って行く姿すら想像できた。そうしてしまえばもう会えないような気がして、そしてそれを惜しむ自分をどこかに認めて、イルカは小さく息を吐いた。
準備、と言っても男を相手にした経験があるわけではない。イルカは二十数年の人生の中で誰の肌も知らず、伽を命じられたことも無かった。女性とそういう雰囲気になってもどうしても一線を越えられず、童貞と知られるには少し躊躇う年齢を迎えている。
だが忍である以上、伽を命じられた場合にどうすれば良いか知識はある。少し悩んだ末、立ち上がったイルカは棚の上からシェービングジェルを手に取った。
先ほどと同じように腰にタオルを巻いただけの姿で戻ると、ぴり、とした独特の感覚がイルカの肌を刺した。
見れば、玄関の角に結界札が張られている。二人がこれから何をしようが、外へは漏れないというわけだ。随分周到だな、と思うと同時に、外へ聞こえてしまうほどのことが起こるのかと指先が震える。
カカシは座布団も敷かず、卓袱台の隅であぐらをかいていた。傍らには外套がきちんと畳んで置かれている。そこは、皆で鍋を囲んだときにカカシが座っていた場所だ。一瞬その周囲に子供たちの姿が浮かび、イルカは目を瞬かせた。
振り向いたカカシは口布を下げ、素顔を晒しているのにそこからは感情が読み取れない。口布をしたまま食事をし、子供たちに文句を言われていたときの方がずっと、カカシのことがわかっていたような気がした。
そうだ。自分はカカシのことなど何もわかりはしない。こんな夜中に訪ねてきた理由も。これからイルカを抱こうとしているその、理由も。
すぅ、と立ち上がったカカシが正面に立ち、無言でイルカの腰に巻かれたタオルの結び目を解いた。するりと畳に白いタオルがわだかまる。みっともなく半分立ち上がった陰茎が蛍光灯の下に晒された。
思わずぎゅ、と目をつぶったイルカの唇が、かさついた皮膚で塞がれた。触れるだけの口づけは、頬にも落とされた。そして正面からぎゅ、と抱きしめられる。
「イルカ先生……」
耳元で吐息交じりに名を呼ばれ、思わず縋るところを探してカカシのベストに手を回す。しばらくそうやって抱き合っていると、身体の強張りが少しずつ溶けていくようだった。
「掴まっててね」
言うと、カカシが正面からイルカの腰をひょい、と抱え上げた。慌てて首に手を回してしがみつく。
彼は全裸のイルカを軽々と抱き上げたまま寝室へ移動し、部屋の中央に置かれたベッドにその身体をそっと降ろした。正面から抱えられていたから、裸のイルカは彼を足の間に挟みすべて晒すような格好だ。ひどく羞恥を煽られ足を閉じようとしても、カカシはびくともしない。
居間からの明かりで逆光になったカカシの表情は、それでも忍の目には明らかだった。敵を検分するかのごとく鋭い視線を受け止め、イルカはごくりと唾を飲んだ。常に開いている右目だけでもこうなのだ。額当てに隠されたもう片方の瞳が自分を捉えたらどうなってしまうのだろう。
「カ、カシ、さん」
ひりつく声を出せば、カカシがしばしばと目を瞬かせた。そうして徐にベストを脱ぎ去ると、手甲もアンダーも取り去ってしまう。最後に額宛を外し、ベッドの下へ落とすのが見えた。
ぎし、とベッドがきしむ。安物のこれに男二人の重さなんて耐えられるのだろうか。頭の隅でそんなことを考えていると、カカシの顔がずい、と近づいてきた。均整の取れた両腕が、イルカの顔を挟むようにしてベッドへ手を付く。
イルカよりずっと白い肌。濃い灰色の瞳はどことなく濡れていて、まつ毛まで銀色なんだなどと思っていたらまた、唇にカカシが触れた。ちゅ、と上唇に吸い付いたかと思えば、下唇をべろりと舐められる。それだけでぞくりとして、手がシーツを彷徨った。
こんなことになるなら、任務に出る前にきちんと部屋を掃除しておけば良かった。しばらく洗っていないシーツにはきっと髪の毛も散らばっていることだろう。
わざと他所事を考えていたら、かり、と唇に緩く歯を立てられる。
「余計なこと考えているでしょう」
「だ、だって……」
そうでもしないと暴れだしてしまいそうなのだ。心臓がどれだけ早く鳴っているのか、カカシにもわかっているだろうに。
眉尻を下げて見つめれば、カカシがふ、と笑ってイルカの片手を取った。
「大丈夫、俺も、ほら」
彼の左胸の上にイルカの手のひらが当てられる。そこから伝わる鼓動の速さに、イルカは息を呑んだ。
「ね、同じでしょう」
こくりと頷けば、またカカシが覆いかぶさってくる。今度は舌で唇をなぞられ、促されるままに口を開く。イルカのよりも薄く、長い舌が咥内を塞ぐ。挨拶をするように舌を絡め、歯の裏側をゆっくり辿ったかと思えば上顎をちろちろと刺激され、イルカはカカシの下で身悶えた。
口の中を舐めまわされているだけなのに、どうしてこんなにも震えてしまうのだろう。舌をじゅ、と吸われると何故か股間がきゅんと疼き、思わず彼の腕をぎゅうと掴んでしまった。
カカシが時々唇を離すタイミングで息を吸い込み、また唇が合わされる。目を閉じていても彼がじっとこちらを見つめているのを痛いくらいに感じた。
いま、自分はどんな顔をしているのだろう。男に組み敷かれ初めての口づけにみっともなく翻弄されるなんて、想像したこともなかったのに。
「ん……んぅ……っ」
どれだけそうしていただろうか。頭がぼうっとして、身体の力が抜けてきたところでようやく二人の間に距離ができた。
ふうふうと胸を上下させるイルカを、カカシが見下ろしている。真っ白だったその頬に赤みがさしているのを認めて、何故か胸が締め付けられるようだった。
左目の、縦に走る傷跡が薄っすら白く浮かび上がっている。興奮しているのだ。イルカの顔を横切る傷も、身体中の傷跡も、きっと同じようだろう。
二人の視線が、闇の中で絡まった。
何か言った方がいいのだろうか。しかし、こんな時に紡ぐ言葉をイルカは知らない。カカシも薄く唇を開いたが、そこからは何の言葉も出てこなかった。代わりに、またゆっくりと降りてくる。
ぬるついた舌がイルカの首筋を這う。途端にぞくぞくとした感覚がそこから広がり、大声が出そうになるのを手のひらで塞いだ。
「……は、ぁ」
動脈を辿るように舐められたかと思うと、じゅう、と吸われる。思わずのけぞると、突き出た胸をやわやわと揉まれてしまう。
「あ、あぅ、い、いやだっ」
胸の尖りを指で挟まれると、肩がびくりと跳ねる。
「でも、すごく固くなってる」
ここ、と尖りの先端を指の腹で叩かれ、堪らずカカシの手を引きはがそうと押さえるがびくともしない。
「そ、そんなの生理現象で……っ」
精一杯の強がりに、カカシが口の端を上げたのが分かった。つ、と胸を弄っていた手が降りて、じゃあ、ここも?とイルカの陰茎を擦った。
「あっ、や、そこ、そこは」
「こんなにガチガチにさせて、べっとべとに濡れてるのも、ただの生理現象だってこと?」
先走りが根元まで垂れているのがわかる。カカシの手でそれを塗り込めるように上下されると、我慢していたものが溢れ出てしまいそうだ。
子供に何か問うように口元には笑みを浮かべながら、目はぎらぎらと鋭い光をたたえて男がイルカを見つめてくる。
「ねぇ、教えてよイルカ先生」
「い、いやだぁ……」
「いやじゃ分からないでしょ。イルカ先生は子供に触られてもチ×ポこんなに勃起させちゃうの?」
「カカシさんっ」
「ん?」
言いながらきつく屹立したものを追い上げられる。片方の手が脇腹をすりすりと撫でるものだから、身体中が粟立った。
「お、俺は」
「うん」
「きもち、よくて…っ」
「誰に触られても気持ちよくなっちゃって、勃起してるの?」
「……あんたに、カカシさんに触られて良すぎておっ勃ててんだよちくしょうっ」
くそ、と悔し紛れにカカシの脇腹を軽く蹴れば、ふふ、とカカシが笑っている。
「ごーかっく」
語尾にハートマークでもついていそうなほど甘い声が降ってきて、イルカはまたくそ、と悪態をつこうとした。が、
「あうっ」
ちゅう、と胸に吸い付かれ、口から出たのは甲高い喘ぎだけだった。
「あんっ、ひ、ひぃ……っ」
カカシの頭に隠れてそこがどうなっているのか見えないけれど、唇で引っ張ったり歯を立てられる感覚だけは伝わってくる。銀色の髪が肌に触れるのすら感じてしまって辛い。愛撫を受けていない方の胸も恥ずかしいくらい乳首を尖らせていた。
胸を嬲られながら、下肢ではいきり立ったものを弄ばれる。親指でカリ首の下をぐり、とされると涙が浮かんだ。
他人の手はこんなにも気持ち良いものなのか。それとも相手がカカシだからなのだろうか。さっき殆ど無理やり言わされた台詞は、本心なのかもしれない。誰でもない、カカシだから。
発熱しているかと思うほど全身が熱い。股間にわだかまる熱はもう逃げ場を求めて追い上げられるばかりで、イルカはカカシの肩に指を食い込ませた。
「も、もう……つらいです……っ」
「ん、出しちゃおうね」
また焦らされるかと思えば、カカシはあっさりと胸を解放した。そうしてイルカの両足を肩に担いだかと思うと、抵抗する間もないほど素早くそこをーーイルカの陰茎を咥えた。
「カ、カカシさんっ」
慌てて身を起こそうとするが、膝立ちのカカシに腿を抱えられ、背中が半分浮かび上がっていてはどうすることもできない。口を窄めて先走りを吸われると腰から力が抜けた。あとはされるがままだ。
せめて、と伸ばした手はカカシの髪に触れるだけで、その意外に柔らかな手触りにまた胸が締め付けられるようになる。肌に刻み付けられた感覚は容易に拭えやしないだろう。胸の内側はちっとも見せてくれない男に、輪郭ばかりを覚えさせられていく。
「あっ、あぁ、だめ……んっ、だめ、です」
開きっぱなしの口からは絶えず甘えたような声が出て、イルカをいたたまれなくさせた。
もう頂が近いというのに、カカシはそこを離してくれなかった。誰にも触れられたことの無かった陰茎はカカシの咥内でどろどろに溶かされ、頬の内側でしごかれればまるで何度も夢想した、女の蜜壺に挿れているかのような錯覚をもたらす。
「ああ、あぁ……俺、もう出る、出ちまう」
絶頂の予感にずっと天井に向けていた目線を下ろせば、自身を咥えたカカシと視線がかち合った。睨みつけるようなそれを受け止めた瞬間、腰が大きく跳ねた。
「あっ、いく、いくいく……ぅっ」
強張った腿が、首を絞めかねない勢いでカカシを挟み込む。びゅるる、と普段なら手の中に吐き出されるそれがカカシの咥内に一滴も漏らさず呑み込まれていく様を見つめながら、イルカは長い絶頂を迎えた。
二度、三度とびくびくと跳ねる腰をがっちりと押さえられ、最後の一滴までカカシの咥内に吸い取られる。今までにない強烈な放出の余波に、イルカの身体から力が抜けた。弛緩しながら、ずるずるとシーツの上に落ちていく。
「……は、ぁ……」
イルカを解放したカカシは、しどけなく広げられた足の間でぺろりと唇を舐めた。
「いくいくって、かーわいいね」
にやりとからかうように言われても、反論する元気もない。
「そりゃ、どうも……」
くったりと手をシーツに投げ出して言えば、カカシがくくっと喉を鳴らした。そうして投げ出したばかりのイルカの手を取る。
「ねぇ、俺まだこんななんだけど」
こんな、と言ってイルカを導いたのは、下穿きの中で固く反り返るカカシの逸物だった。
「あ……」
「ね、俺も気持ちよくしてくれる?」
否とは言えなかった。
震える腰を叱咤して起き上がると、カカシの股ぐらに顔を寄せる。もちろん経験などなく、できる気もしないがやらない訳にはいかない。思い切って口を明けようとしたとき、
「あぁ、そうじゃなくて」
と、カカシがイルカの肩を押しのけ、その下に身体を滑り込ませた。
「これで、してよ」
「……へ?」
思わず間抜けな声が出る。
イルカの下に寝そべったカカシに、お尻向けて、と言われてやっと意図が分かり、イルカはこれ以上ないほど赤面した。
「そ、そんなことできません」
「どうして? イルカ先生だけじゃずるいじゃない」
「しますから、でもこんな格好じゃ……」
「もう全部見えてるんだから、今更でしょ」
ね、と促され、渋々身体の向きを変える。カカシに跨り、盛り上がった股間を撫でさする。せめても、と背中を丸めていたのを、ぺしりと尻を叩かれて腰を引かれた。
剥き出しの下半身を彼の顔前に晒すことになったイルカはいたたまれなさに顔を伏せる。しかし伏せた目線の先にあるのは彼の股間だ。黒い下穿きの中で窮屈そうに盛り上がっている箇所をひと撫でし、イルカはジッパーをそろそろと降ろした。
捲った下着からぶるんっと顔を出したのは、イルカのものよりも色の薄い、しかし長くエラの張った男の象徴。下着に滲んだ染みが、彼の興奮を如実に表していた。
「すご……」
思わず口から出たセリフに、カカシがふ、と笑った。
「イルカ先生のここもすごいよ。また勃ってる」
興奮した?と言いながら裏筋をすりすりと撫でられて、腰が沈みそうになる。
「お、俺のはいいですから」
「そういう訳にもいかないでしょう。目の前にあるのに」
「本当に、もういいですって……っ」
言い終わる前にべろりとカカシの舌が伸びた。盛り上がった筋をねぶられてそこから快感が這い上がってくる。
「ね、俺のも、してよ」
頬にぐりぐりとカカシの屹立を押し付けられる。イルカは片手でそれを掴むと、少し躊躇った後で彼にされたように先端をちゅう、と吸った。咥内にしょっぱい味が広がる。本当なら嫌悪感しか沸かないはずのそれをごくりと飲み下し、イルカは思い切って口を開けた。
カカシのやり方を思い出しながら、喉につくまで受け入れていく。苦しさはあるが、弾力のあるそれが口の中でどくどくと脈打つのが伝わり、頭の芯がじんと痺れた。
カカシが、イルカの拙い口技で興奮している。普段その肌を片目しか晒していないような人が、急所を露わにして。
「ふっ……んぅ」
濡れた髪が顔にかかる。そのひと房を耳にかけ、イルカは夢中でカカシのものに吸い付いた。
カカシの手はその間もイルカの陰茎を舐めたかと思うと、だらりとぶら下がる双球を片手で転がしながら感触を楽しんでいるようだった。だがふと、あらぬ所に彼の指が触れたのを感じてイルカはカカシのものから口を離した。
「あっ……カカシさ、そこ、は」
カカシが触れているのはふぐりと孔の間の柔らかい場所。自分でも殆ど触れたことの無いような場所を指でそっと押されると、足を閉じたくなるようなむずがゆさに襲われた。
「なんか変、だから」
「気持ちいい、でしょ」
「わ、わかんない……」
「じゃあ、ここは?」
指先が後ろを辿り、風呂場で必死に洗った箇所をぐるりと撫でられイルカは息を詰めた。反射で彼の指を挟むように尻を締めてしまう。慄くイルカを宥めるように腿を撫でるカカシに励まされ、意識して力を抜けば、つぷりと指が侵入してきた。
「あぁ……」
「力、もっと抜いてごらん」
「で、でも」
ほら、と陰茎をしごかれて、さらに力の緩んだところを深く指が入り込んできた。ぬちぬちと湿った音が聞こえて、イルカは大きく息を吐く。無理やり入れたジェルが、身の内で溶けているのだ。
それでも狭いそこを、カカシの指は深追いせず入り口近くを探っているようだった。
「はぁ……、んっ」
「痛みますか」
「あ、い、いえ……変な感じ、です」
ぐっといきんで出してしまいたいような、もっと奥まで呑み込んでみたいような、未知の感覚がイルカを支配する。洗浄のために自分で指を入れたのとはまったく違った。カカシの指が、美しい印を結ぶだろうあの指が、自分のあらぬところで蠢いているなんて。
「指、増やすね」
わざわざ告げて、一度指が引き抜かれた。あ、と背が反る。
カカシの陰茎をしゃぶっていた口は開きっぱなしで、手はかろうじて添えているだけになっていた。
「入れるよ」
言わなくてもいいのに、と思う。意識してしまうから、後ろがひくつくのが自分でも分かった。
ずぶりと差し込まれたものは質量があり、息を止めそうになるのを堪え、小さく呼吸する。カカシもイルカを励ますように、もう片方の手で萎えかけた幹を擦ってくれていた。性交用でないジェルは指の動きを助けはするが、挿入を目指すには互いの努力が必要だった。
ほんの数ミリずつ、カカシの指が前後する。繊細な内側を傷つけないように意図されているのだろうその動きは、どこかじれったい。知らず揺れそうになる腰を、膝にぐっと力を入れることで抑えた。
目を瞑ると余計に感じ入ってしまいそうで、滲む視界の中カカシのものをどうにか両手で愛撫する。根元の陰毛は髪よりも濃い銀色で、毒々しいピンク色に染まった茎の淫猥さを引き立てていた。
ゆっくりとイルカの中を馴染ませていた二本の指が、少しずつ大胆に動き始めた頃。
「あぁんっ」
自分の口からそれまでになく甲高い声が出て、イルカは目を見開いた。
「ん、いい声」
楽しそうに言うカカシの声がどこか遠い。
「あ、あんっ、カ、カカシさんっ、そこ……」
「ここでしょ、良さそうだね」
「やだ、あっ、ひ……っ」
同じ場所をまた刺激され、カカシの股間に突っ伏した。いきり立ったままの陰茎に頬を擦りつける形になり、イルカの唾液と混ざった雄くさい匂いが鼻をつく。
膝ががくがくと震えて、カカシに支えられなければ腰を上げていられない。それほど強烈な快感がイルカを突き上げてきた。知識としてはあったが、まさかこんなに良い、なんて。前立腺を直接揉まれているみたいだ。
「ほら、俺のも放っとかないでよ」
カカシが腰を浮かせて、イルカに続きをねだる。はぁはぁと獣じみた息を吐きながら、イルカはそこに舌を伸ばした。
片手で支えて、笛を吹くように顔を傾け唇を押し当てる。血管の凹凸を舌と唇で感じながら、根元から先端までどくどくと脈打つ茎を濡らした。滲んだ先走りごと咥内に迎え入れ、ずず、と呑み込む。上顎の奥、喉の手前に先端が当たると、カカシの腹筋がびくりと震えた。
良い、のだろうか。どうすれば感じさせられるのか、聞きかじった知識以上のものは持ち合わせていない。カカシの反応を拾って、逐情まで追い上げたかった。だってもう、自分は今にも達してしまいそうだ。
あのひどく敏感な場所は指が掠めるだけでもイルカを震えさせたし、時おり二本の指が中で広がって、恥肉までカカシに見られているのも分かる。下肢からの快感と、口の中の悦びがイルカの頭の中をどろどろに溶かしてしまう。
もう無理だ、と白旗を上げようとしたとき、じゅるるっ、と下から酷い音がした。
「ああぁんっ」
思わず身体が跳ねる。口からぶるりとカカシのものが飛び出した。
「や、いやだぁ、カカシさんっ」
首だけで振り返れば、カカシがイルカの臀部を鷲掴み、その中央に顔を埋めていた。ずず、じゅ、じゅ、と聞くに堪えない卑猥な音を立てて、尖った舌が孔を突く。
舌を挟むように両方の親指が孔のふちから差し込まれ、横に開かれると更に奥まで熱いものが侵入するのが分かった。ジェルと唾液の混ざったものが尻から腿へと伝う。
「ああ、ああ、無理、もう無理……っ」
イルカは無理やりカカシと自分の間に手を伸ばすと、自身の陰茎を夢中で扱いた。既にぐちゅぐちゅに濡れていたそこはあっという間に昇りつめ、イルカはカカシの舌と指を思いきり締め付けながら声もなく絶頂した。
ほとんど痙攣しながら、二度、三度と断続的に白濁をまき散らす。緩んだ隙にずる、と後ろからすべて抜き去られた時ですら、びゅ、と精が飛んだ。
もう肘を立てていることすら難しく、イルカは弛緩しきったまま、ずるずると落ちるようにしてカカシの隣に横たわった。
ふー、とカカシが身を起こす。
「食い千切られるかと思った」
べろ、と舌をイルカに見せつけて、彼が悪戯に笑う。
そうしてイルカの腰にそっと手のひらを滑らせる。それだけで快楽の余波にびくりと震えてしまい、イルカは恥ずかしさに目を伏せた。
それをどう受け取ったのか、カカシがイルカの髪に触れる。決して指通りの良いものでは無いそれに、長い指が絡む。
「こんなに敏感だと辛いでしょ。今までどうしてたの? 誰かあなたを慰めてくれる奴、いたのかな」
くい、と房を引っ張られて、イルカは痛みでなく目を見開いた。
「い、いません、俺、初めてで……っ」
慌てて手を付き顔を起こせば、カカシは一瞬驚いた顔をしたが、すぐ肩を竦めてみせた。
「男が、でしょ」
「いえ、あの……だ、誰とも……その、したことなくて……」
最後は尻すぼみになってしまった。声を張り上げて言うようなことでは無い。この年で、まるきり、経験が無いなんて。
またシーツに顔を埋めたイルカに、沈黙が降ってくる。ああ、呆れられた。面倒くさい奴と寝たと思われてるよなぁ。そんな考えがぐるぐると渦巻く中、耳に届いたのは上擦った、声。
「じゃあ……俺しか、知らないの?」
シーツに頭をぶつけるようにしてこくこくと頷くと、何それ、と呟くのが聞こえた。
「すごい、燃える……っ」
いきなりぐりん、と視界が反転する。
ざらつく視界に瞬きをすれば、目の前にカカシの顔があった。
「え、なに」
ちゅう、と唇に吸い付かれる。半開きのそこから当然のように侵入した舌がイルカのそれと絡みつき、陰茎を扱くように根元から先端までを行き来した。
「ひゃ、あ」
唇が離されたかと思うと、腰を思いきり掴まれ背中が浮くほど高く掲げられた。
「カカシ、さ、あぁうっ」
剥き出しの股間にカカシが顔を寄せ、イルカの止める間もなく窄まりに思いきり吸い付いた。
「やだ、やだ、それもういやだっ」
逃れようにも腰と腹をがっしりと押さえ込まれていて、イルカはただじたばたと手を動かすことしかできない。その間もカカシの目線はイルカを捕えていて、鼻から漏れる荒い息が双丘に当たるたびにその興奮を教えていた。
「も、もう……勘弁してください……」
最後は泣き声になって懇願すると、やっとカカシが腕の力を緩めた。ちゅぽん、と舌が離れると、孔がぱくぱくと口を開いているのが自分でもわかる。
「あなたのこんなとこ、他の奴に見せたくないなぁ」
「み、見せないっ、見せないからっ、もう……」
いれて。
殆ど吐息じみた言葉を投げれば、カカシの喉がごくりと上下したのが見えた。
よく見れば、彼の顔にも身体にも、汗の粒が浮いている。真夏に顔まで黒で覆っていても涼し気にしているひとが、こんなにも。
ゆっくりとシーツに背中がつけられる。イルカは自分から足を広げ、膝の裏を抱えた。頭の奥で警鐘が鳴っている気がする。これ以上は戻れなくなるとイルカはどこかで知っていた。分かっていた。
それでも、カカシの荒い息が肌に落ちるのを、その屹立が宛てがわれるのを、腹の底から湧き上がる悦びと共に受け入れた。
「あ、あ、あぁ…っ」
「あー、すご……とろっとろ……」
先端の張りだしたところさえ乗り切れば、あとはずぶずぶとイルカの中にカカシが沈んでくる。圧迫感は大きいが、散々慣らされたせいか痛みは少なかった。
「わかる? ここ、ぎゅうぎゅうしてる」
孔の縁を指で撫でられると「ああんっ」とひと際高い声が出た。
「ふふ、かーわいい」
そう言って微笑む表情は優しい。むずむずと愛しさが沸き起こりイルカはうろたえた。受け入れる側というのは皆こうなのだろうか。
しかしそれを口にしてはいけない気がして、せめてもと微笑み返すと、カカシが一瞬泣きそうに眉尻を下げた。この強い男が、そんな顔をするだなんて思いもしない。
堪らず手を伸ばし、彼の頬に触れる。
「あ……俺……」
僅かに盛り上がった傷が手のひらに触れる。こめかみから伝った汗が、じんわりと広がった。
カカシはイルカの手に自分のそれを重ね、しばらく目を伏せた後、ちゅ、と手のひらに口づけた。
「優しいね、あなたは。本当に」
背中越しに聞いたのと同じ言葉は、今はもう意味が違うように思えた。これ以上踏み込めば何かが変わるような、でもそれには相応の覚悟が要るような。
イルカが再び口を開く前に、カカシが中に埋めた自身をぐり、と動かした。
「あうっ」
指で散々嬲られた良いところをそれが掠めて、カカシの頬に添えていた手がぱたりと落ちる。それを合図とばかりに、カカシが腰を揺らめかせ始めた。
粘膜を傷つけないように前後の幅はあくまで小さく、しかし伸びの良い内部を思う存分味わうように腰を回す。ゆっくりかき混ぜるような腰の動きに、イルカの口からは絶えず荒い息が漏れた。
既に二度吐き出したイルカの茎は、しかしまた奮い立ちしとどに粘液を零している。先走りより明らかに量の多いそれがなんのか、イルカには分からなかった。欲望の赴くままにそこに手をやりくちくちと上下させれば、カカシが尻を叩いた。
「締めすぎ、出ちゃうでしょ」
「だって、も、我慢できないっ」
「もう……しょうがないな、俺もっ、そろそろ」
言うなり、カカシが腰を引いた。抜ける、と思えばまたぐぐ、と奥まで入ってくる。それを何度か繰り返し、そのたびにカリ首が中のしこりを引っ掻いてイルカを身悶えさせた。
次第にその動きが早くなり、ぱんぱんと肌のぶつかる音もまた大きくなる。
「あっ、あぁっ、もういく、カカシさん、カカシさん、いく、いく……っ」
最後は叩きつけるように激しく打ち付けられ、ずるっと引き抜かれた拍子にイルカが達する。カカシは切羽詰まった風に陰茎を数度扱くと、イルカの腹の上に白濁を飛ばした。
放出の余韻に震えるイルカの腹筋に、二人分の精液がわだかまる。彼は手の平でそれを広げ、イルカの肌に擦り込んだ。
差し出された水を飲み干し、イルカはふぅ、と息をついた。
空になったコップを台所へ戻しに行ったカカシは、戻ってくるなりまたベッドに転がった。二人分の体重を受けたベッドが軋んでいるのを、イルカは今になってやっと気づいた。
おざなりに体液を拭っただけで、二人ともまだ閨を離れられずにいる。
カカシがじぃ、とイルカを見上げた。
「やっぱりかわいいよね」
「何がです」
「いくいくぅーって言うの。あれ、癖?」
「……っんなの、知りませんっ」
「あ、怒った? ごめんね、あんまりかわいらしくて」
からかわれて、形だけ怒って見せても残るのは恥ずかしさだけだ。
「すみませんね、みっともないところをお見せして」
「それはオレの台詞でしょ」
ね、と言うカカシの指が、イルカの指に絡まる。
戦いに長けた男の指先は、口寄せや術式で絶えず傷つき、ところどころ皮が固く盛り上がっていた。それが中を引っ掻くのを思い出しそうになって、イルカはぎゅう、と指に力を込めた。
「カカシさん、俺、聞いてもいいんでしょうか」
どうして、来たのか。どうして、抱いたのか。
溢れそうになる疑問を飲み込んで視線をぶつければ、カカシはゆっくりと身を起こし、イルカと同じように壁に背中をつけた。その間も、二人の指は繋がれたままだ。
「顔が、見たかったんですよ……本当に。言ったでしょう、顔見たら帰るつもりだったんです」
任務帰りだし、とカカシが頭を掻く。
「空が、ねぇ」
つ、と灰色の目が、カーテンの閉められた窓へ向いた。
「ここで、鍋したときあったでしょう。あなたと子どもたちと、五人で。最後、寝ちゃったナルトを俺が背負って、サスケとサクラと並んで帰ったときの夜空とね。今夜、まるきり同じだったんですよ」
そこまで言って、カカシが困ったように笑う。
「何だか、無性に懐かしくなったんです……俺も、まだまだだってことですよ」
胸が熱くなる。期せずして二人、同じことを考え、思い出していたのだ。あの冬の日のことを、短い、幸せな夜のことを。
目頭が熱くなる。こみ上げる涙を堪えようとしたが、一筋ぽろりと頬に伝った。
「す、すみませんっ」
慌てて拭うが、次から次に零れ落ちてくる。カカシがぐい、とイルカの肩を抱いた。
「いいよ、代わりに泣いてくださいよ。俺はどうも、うまく泣けなくてね」
その言葉が切なくて、また涙が溢れてくる。自分にこんな感傷的な一面があったなんて知らなかった。ただ、どうにも泣けてくるのだ。
カカシの周りには今、誰もいない。せめて一時の思い出を共有した自分くらい、泣いてもいいではないか。
ひとしきり涙が出るに任せ、鼻をかむと心なしかすっきりしてきた。それを告げると、カカシはあなたらしい、と笑った。
まぶたが腫れぼったくなったのを感じながらカカシの肩に頭を預けていると、「ねぇ」とカカシが呟いた。
「あなたこそ、どうして許してくれたの」
「え……?」
「弱みにつけこんで、ずるいでしょこんな真似。俺じゃなくても許したのかな……あなたなら」
目を合わさず言うその言葉が、どこか拗ねているように聞こえるのは聞き間違いだろうか。まるでアカデミーの生徒が、教師の気を引こうとして、過ちをなんとか許してもらおうとしてするようなやり方。
もしかしたら、この人は甘えているんじゃないのか。格下の、この俺に。そう感じた途端、最中にも湧き上がった愛しさがぶり返してきてイルカは小さく身震いした。
「……俺にこんなことする物好きは、カカシさんくらいですよ」
「そう?」
「そうです」
断言すれば、カカシがこちらを振り向いた。ぱっと輝いたようなその表情は、四つも歳上のそれとは思えないほどあどけなく見えた。
「そっか……! じゃあ、また来ていい?」
「はい。その時は土産くらい持ってきてくださいよ。」
「ええ、ええ、必ず。でも、俺あなたの好みを知らない、から」
「俺も、カカシさんのこと何も知りません」
にこ、と微笑んで、心配するなと言外に告げる。
「教えてください、今から」
ごろりと寝そべり隣をぽんぽんと叩けば、カカシが薄っすら顔を赤らめ、そして頭をガリガリと掻きながらイルカの隣へ身を滑らせた。
「俺、話し下手ですよ」
任務のことならば戦術も敵方の分析も淀みなく話すくせして、自分のこととなるとこんな風に自信なさ気に言うのか。憧れることすらおこがましい程強い上忍を相手に、イルカは己の庇護欲が無視できないほど育ってきていることを感じていた。
「いいんです、何でもいいから。あなたのこと、聞かせてください」
二人一緒に被った布団の下で、イルカから指を絡めた。カカシがゆっくりと握り返してくる。照れくさいのを誤魔化すように突き出た彼の唇へ、イルカはちゅうと吸い付いた。
終
COMMENT FORM