人生で最高のセックスは何かと聞かれた時、真っ先に浮かぶ夜がある。
もう二度と取り戻せないけれど、何物にも代えがたい夜だった。
二人で飲むのは二度目だった。あの、鼻に傷のある男とだ。
一度目はかつての教え子の様子が聞きたいと請われ、二度目は良い店を見つけたと誘われた。
帰り際、家に来ないかと小声で囁かれ、そういうことかと誘いに応じた。
古い造りのアパートの二階、彼の自宅は整然としていた。教師という仕事柄かと思ったが、後から思えば自分を招くことが分かっていたので片付けておいたのだろう。そういう、いじらしいところのある人だった。
明かりをつけようとする彼を制し、サンダルを脱ぐなり口づけた。驚いたように目を見開いた彼は唇をずらしながら「先に風呂へ」と言ったが、何となく時間が惜しくて「いやだ」と返したのを覚えている。
暗い部屋の中、口づけながらベッドになだれ込んだ。ぎしり、と音を立てたベッドに敷かれた布団は、日なたの匂いがした。
まめな人だなと思ったが、これも自分とこうなることを見込んで布団を干しておいたのだと今なら分かる。念入りに計画しただろうに、それを匂わせず誘いをかけたのは、彼なりのプライドだったのだろうか。
自分で脱ぐという彼の言葉をかわしながら装備を解いた。手本のようにきっちりと着込まれた忍服を脱がせていくのは意外と楽しく、上半身を裸に剥いたとき、髪を乱した彼が恥ずかし気に顔を背けたのにはそそられるものがあった。
細かい傷の多い、よく鍛えられた身体だった。内勤とはいえ、鍛錬を怠っていないひとのそれだ。
経験が少ないのは明らかだった。もしかしたら初めてなのかもしれないとさえ思った。
それにしては随分と感じやすい穴をしていて、一人で楽しんでいることは確かなようだった。
拙い手つきで、しかし情熱的に俺の陰茎へ奉仕する彼は、時おりこちらの様子を窺うように視線を寄こした。
普段の彼からは想像もつかない不安げなその視線に劣情がこみ上げ、押し倒して正面から挑みかかった。
弾力のあるぬかるみは、俺の陰茎を切ないほど締め付けてきた。気を抜くとすぐに達してしまいそうで、下腹に力を入れて堪えたのを覚えている。
彼は始め息を詰めていたが、萎えかけた雄を擦ってやるとしばらくして力を抜いた。
我ながら長さのあるものをすべて収めるのは気が引けて、浅いところで抜き差しして楽しんだ。
彼の反応はまるで生娘だった。いや、実際生娘だったのだろうが、体格の良い男が声を殺し恥じらっている様に興が乗った。
ゆさゆさと軽く突くたびに彼の陰茎がぶるんと震え、先走りがぴゅるりと飛び散るのもいやらしかった。
固く尖った、色の濃い乳首を摘まんでやると、途端に甲高い声を出すようになってきた。
目尻を赤く染め、女のように鳴く自分を恥じらっていたのか、口に手の甲を押し当てたまま視線を寄こしてきた。どこかあどけないその仕草に頭の中で何かの線が切れた音が聞こえた。
そこからは加減しようと思ったのが嘘のように激しく揺さぶり、砲身がすべて収まるほど奥まで突き上げた。互いに汗を散らし、夢中で抱き合い、唾液を交わらせた。
あんな夜は、滅多に味わえるものではない。その証拠にあれ以降、何度か彼と寝た時には妙に波長が合わなかった。終いには分かりやすい演技をするようになった彼の部屋へ自然と足が向かなくなり、気付いた時には互いに立場が一変していた。
里の長と、教育機関の校長だ。
意見を求めあうことはあれど、親しく付き合うことは憚られる。
一人の青年を通じて結ばれた縁ゆえに時おり私生活で顔を合わせることはあるが、かつての関係は無かったかのように、互いに匂わせることは無い。
ただ、どちらも未だに一人身であること。それだけが、事実として鎮座していた。
***
「人生で最高のセックス?」
目の前にあった文字をそのまま読み上げたイルカは、慌てたような職員の声におや、と視線を上げた。
「校長、急にそんなこと言い出さないで下さいよ」
「いやあ、この本がそこに置いてあったものでね。今日の没収品ですか?」
「ええそうです。今時の子はませちゃってしょうがないですよ。こんな雑誌持ち込むなんて」
「はは、ばつの悪い思いをして、充分反省しているんじゃないのかな」
「そうだと良いんですが」
中堅の部類に入る教師が、やれやれと肩を竦めている。刺激的な文句がでかでかと書かれたその表紙では、半裸の若い男が伏し目がちに横たわっていた。あまり実用的に見えない筋肉の付き方だな、などと思いながら、職員室を後にする。
先ほど終わった職員会議では、来期の体制や合宿の行先について検討事項が数点挙げられた。中には里長に伺いを立てなければならない内容もあった。
久しぶりに火影室へ出向かなければならないな、と顎を擦るイルカの頭に、先ほどの言葉がちらりとよぎる。
(人生で最高のセックス、ねぇ……)
自然と苦笑が浮かぶ。
最高も何も、一人しか知らない。後にも先にも、あの男だけだった。
初めは、うさんくさい男だなぁ、と思っていたのだ。
しかし、特に気にかけていた教え子を通じ、意外と情に篤い人なのだと知り、段々と印象が変わっていった。
何より、彼はいわゆる色男だった。女性と一緒にいるところもよく見かけたし、夜に関する浮名も耳にした。
片目しか晒していないのに何故だと嘆く同僚もいたが、逆に何故わからないのかと聞いてみたかった。あの右目にちらりと見られるだけでも充分、胸がどきりと跳ねたものだ。
自分が女を無理だと自覚したのは中忍になって少しした頃だっただろうか。だからといって男に走る度胸もなく、どっちつかずのまま悶々と過ごしていたイルカにとって、彼との出会いは転機だった。
受付で言葉を交わすたび、ラーメン屋で偶然会うたびに、淡い思いが募っていった。
ひっそりと楽しんでいた一人遊びはいつしか彼を思い描いてのものになり、空想だけでは足りなくなっていった。
子供たちの様子が知りたいと、本音半分建前半分の誘いで居酒屋に誘った夜は、気持ちが昂って眠ることができなかった。奮発して良い酒を飲んだはずなのに、味などひとつも覚えていない。
もう我慢もできなくなって、次は飲食した帰りに自宅へ誘った。何日も前から考えに考え抜いた誘い文句だったが、彼は二つ返事で了承してくれた。
どうやって事に持ち込もうかとあれこれ考えていたのに反し、一枚も二枚も上手な彼にすべてリードされて終わった夜だったが、振り返ってみればあれが人生で最高のセックスというものだったのだろうか。
自分にとってはあれからの数回はどれも忘れられない、最高の夜だったが、相手がどう思っているのかは分からない。
きっと、退屈で、嫌気の差すようなものだっただろう。
ベッドの中での振舞い方が分からず、空回りするばかりの自分を思い出し、はあ、と大きなため息をついた。
「どうかしたんすか」
聞こえた声にはっとする。
見れば、かつての教え子でもあるシカマルが怪訝な顔でこちらを覗き込んでいた。懸案事項を携え、イルカ自ら火影室を訪れていたのだった。
里長の帰りを待つ間、うっかり回想に心を引きずられていたらしい。
イルカは、火影補佐の地位にあるシカマルに小さく首を振る。
「ああ、いや、ちょっと考え事をしていてね」
「そっすか。ならいーんすけど。もう少しで戻ってくると思うんで、あ、噂をすれば」
きぃ、と音を立て、重い扉が開く。
昔と少しも変わらない銀色の髪が、扉の隙間から覗いた。
「カカシ様、お待ちしていました」
「イルカ先生。遅れて申し訳ない。って、様はやめてよっていつも言ってるでしょ」
「それでは六代目、ご多忙のところ恐れ入ります」
片手を上げるカカシに深々と頭を下げる。長い会議を終えてきたらしい彼は、そんなかしこまらないで、と言いながらイルカの横を通り過ぎ、執務机を隔てた椅子へ音もなく腰かけた。
顔を上げる。目の前にあるのは、あの夜とひとつも変わらないふさふさとした銀髪を携えた、色男だった。白い肌に、二つ揃った鋭い眼光。カカシの方が四つ年上であるはずなのに、見た目だけで言えばイルカの方が上に見られるのではないだろうか。
若い頃の日焼けが祟ったか皺の多い自分とは大違いだ。会うたびに自嘲するが、それを誰かに漏らしたことは無い。比較するのも馬鹿らしいだろう。
「ざっと聞いていますが、改めて説明してもらえますか」
あらかじめイルカが机に用意しておいた書類を手に取りながらカカシが言う。手甲の先から覗く白い指先をさりげなく一瞥し、イルカは口を開いた。
「はい。今期のアカデミーの体制についてですが――」
「……ん。じゃあまあ、そういうことで。よろしくね、イルカ先生」
「ありがとうございました。それでは私は、これで」
意識のすり合わせを終え、持参した書類を折りたたんだ時だった。
「ねえ、イルカ先生」
「はい」
「今度、一杯いかがですか」
「いいですね、久しぶりに」
片手を掲げ、猪口を傾ける仕草をするカカシに笑って頷く。
いつもの社交辞令だ。微笑みだけ残し、イルカは火影室を辞去した。通り過ぎざま、シカマルにも会釈を残す。ぶっきらぼうな元教え子は、常のように唇を尖らし、イルカへ目礼を返してくれた。
扉を閉める間際、強い視線がイルカの横顔を突き刺した。
ひく、と喉が震える。
しかしイルカは、目を伏せたまま、その視線を遮るように重い扉を閉めた。
ぴたりと閉じてしまえば、分厚い扉に阻まれ、もうあの視線は届かない。
細い息が漏れる。
いつもだ。いつもこうだ。
気づかれることを恐れもしないようなあの強い視線。
何かの意味をイルカに投げかけるような、痛いほどのそれ。
理由を考えたくはない。考えるのが恐ろしい。
けれど、この重苦しい部屋からの去り際、いつも感じるあの視線だけが、イルカのよすがだった。
* * *
ぎい、と重い音を立てて扉が閉まる。
イルカの気配が遠ざかった頃、壁際で側近がぽつりと呟いた。
「いいんすか」
「何が」
「……それ、分かってて言ってんすよね。断られっぱなしじゃないすか」
先ほどの会話を指してシカマルが言う。カカシは冷静沈着な可愛い補佐役をちら、と見て、肩を竦めた。
「断られてないでしょ。いいですね、って言ってたじゃない」
「飲みに行こう飲みに行こうつって、一度でもお二人で行ったことあります?」
「だったらお前、仕事減らしてくれるの」
「それは無理すね」
「ははっ」
そう言うと思ったよ、と言いながら、カカシは手に取った書類へ視線を落とした。
* * *
秋が近い、夜のことだ。この里にしては珍しいほどあつらえの良い大広間に、カカシは居た。
先日来、火の国において新進気鋭と呼び声の高い大名が視察のため木の葉を訪れている。今宵は最後の夜とあって、高官だけを招いた宴が催されていた。
上座、大名の隣に座るのがカカシだ。さらにその左右をご意見番が固めている。
初日の歓迎会には綱手も顔を見せていたが、今夜はそれらしい理由をつけて不参としていた。面倒事が嫌なのはカカシも同じだが、現里長として出席しないわけにはいかない。
主賓席の前に二つ並んだ長机には、アカデミー校長として出席したイルカの姿もあった。いつものように黒い髪をひとまとめにして、浅葱色の制服をまとっている。禁欲的な詰襟が、今夜もよく似合っていた。
高い天井に談笑の声が反響する。件の大名は世襲の多い火の国にしては珍しく、事務官から今の地位までのし上がってきた男だった。年のころはカカシと変わらない。
背丈は多少低いものの、鍛えた体躯からはその地位にふさわしい、堂々とした雰囲気が漂っていた。
五日に渡りこの里を見て回った彼と、他里との交流や最近の情勢について言葉を交わす。アカデミーも覗いたらしく、イルカにも先ほど声をかけていた。
忍びを目指す子供たちと自身の子を比べて軽妙に場を沸かす様子を見るに、頭の回転の早い、嫌みのない男だ。このままいけば良い為政者になるだろう。
そんな彼と当たり障りなく会話を繋げていたカカシは、ふと投げかけられた言葉に瞬きをした。
「火影殿は独身だそうじゃないですか。勿体ない、ご予定が無いのであれば私にいくらか心当たりがありますが」
よく通る声に、目を細めて見せる。年かさの者によく言われる台詞だった。
火影になるほどの実力者であり、見てくれも悪くないらしいカカシだ。遺伝子を残すのは義務だとばかりに押し付けられる善意は、珍しいことでも無い。
常のように断りを口にしようとしたとき、ふと、目の端にイルカの姿が映った。
にこやかに、多少の下世話さも込めてこちらを見つめる高官たちの間で、イルカは口元へ薄く笑みを浮かべ、感情を殺した目でカカシを見ていた。いや、カカシを見ているのでは無いだろう。周りに合わせているだけだ。
どうせ、いつもと同じ答えを返すのだろうとわかりきって、油断しきっているのだ。イルカもまた、こんな場面には何度となく立ち会っているのだから。
――面白くない。
ふっと、魔が差した。
「いいえ、私は――昔の人が、忘れられないんです」
一瞬の間をおいて、会場がどよめく。
カカシが独身を貫いているのは里では周知の事実だったが、理由をここまではっきり述べたことは無かった。
突然沸いた里長のゴシップまがいの発言に、木の葉の面々が喜色を浮かべる。相手は誰だ、と早くも噂する声すら聞こえた。
大名側の側近たちも驚いたように顔を見合わせていた。
当の大名本人は、虚を突かれたような表情を浮かべた後、打って変わってにこりと微笑んだ。
「そうでしたか、不躾ですが、お相手の方はもう……?」
「いえ、元気にしていますよ。あちらも家庭を持っているわけでもないのですが、中々」
うまくいかなくて、と言外に肩を竦めて見せれば、大名はみるみる笑みを深くし、うんうんと頷いた。
「そうですか! それは何ともロマンチックだ。実は私も家内には結婚前、長いこと片思いをしていましてね。いやはや、火影殿も意外と隅に置けない。貴殿に幸運が訪れるように乾杯しましょう! さあ!」
一堂がカカシに向かってグラスを掲げる。部屋の温度までもが上がったようだ。
喜色を浮かべる列席者を見渡す。湧き立つ面々の中でひとり、イルカだけが顔を強張らせていた。
* * *
思わぬ盛り上がりを見せた会食は、賑やかさを残しつつお開きとなった。
宿へ戻る大名一行を見送り、木の葉の面々も帰路につく。
とはいえカカシの向かう先は火影室だ。明朝までと銘打たれた書類は、放っておいても消えてはくれない。
宴の場であった大広間から火影室までは歩いて五分ほどだ。好奇心丸出しの顔で敬礼する部下達をいなし、一人のんびりと歩き出す。
しかしまっすぐ火影室へ向かう気分ではなく、回り道をすることにした。五分が十分に伸びたとて、いつものように小言を言われることもない。口うるさく優秀な側近へは別の用を言い渡してあった。
きらきらと星の瞬く夜空を何とはなしに見上げながら、思い浮かぶのはイルカの顔だ。
驚いただろうか、あんなことを聞いて。
数回抱き合っただけの相手が、今更自分に懸想していると知ってどんな気分だろう。当時はそんなそぶりも見せなかったというのに。
実際、カカシ自身、自分の思いに自信はなかった。恋愛など物語の中だけで充分と思って生きてきたのだ。欲は適当な時に発散する、それだけだ。
けれど、大戦が終結し、抱えていた荷物が下りたとき、ふと浮かぶ顔があった。それがイルカだった。
見合いの話が持ち上がっても、どんな美女に思いを寄せられても動じることのなかった己が、イルカに微笑まれるだけでどきりとしたり、仕事で彼と揉めると後々まで引きずったり、心を動かされてばかりだ。
互いにあの夜のことは一切口に出さないままここまできてしまったが、叶うことならもう一度彼を抱きしめてみたい。この気持ちを確かめてみたい。
断られっぱなしの誘いを投げることしかできない意気地のなさは、今夜少しは挽回できただろうか。
次に会った時、彼がどんな顔をするか思い浮かべながら歩いていたカカシは、小径の陰に意外な人影を見た。
「イルカ先生」
古いベンチに腰かけていたのはイルカだった。とっくに帰ったものとばかり思っていたが、前かがみに顔を覆っているのを見るに、具合でも悪いのだろうか。
カカシの声に顔を上げた彼は、片手にハンカチを握りしめ、小さく会釈を寄こしてきた。
「どうしたんです、具合でも?」
駆け寄り、屈んで彼を見上げる。膝に置かれた手を握り体温と脈を取るに、貧血などでは無さそうだった。節ばった硬い手は冷たく、かすかに震えている。
「大丈夫です、お構いなく」
「そういう訳にはいかないでしょ。医療班を呼びましょうか?」
「いえ、本当に、少し休んでいただけなので……ああいう場は、あまり得意でなくて」
ゆるゆると首を振るイルカの、口元に困ったような笑みが浮かぶ。
彼の言葉を丸ごと信じるわけでは無いが、このまま立ち去ることもできない。
カカシはそうですか、と口にし、イルカの隣へ腰かけた。手は、繋いだままだ。
「あの……」
遠慮がちな声が聞こえる。くい、と手を引かれたが、カカシはそれを離さない。
何度か同じ攻防を繰り返すと、やがて諦めたようにイルカが細く息をついた。
「イルカ先生は、どうして結婚しないの」
言うつもりのなかった言葉が、口をついて出た。思いがけず早く訪れた再会に、焦っているのかもしれない。
カカシの手の中で、イルカの手がぎくりと強張った。
「カ……火影様が、それを仰いますか」
「聞いてたでしょ。俺は、昔の人が忘れられないの」
「……素敵な方と、お付き合いされていたんですね」
「そうね、素敵な人だよ。でも、付き合ってはいなかった。そうでしょ?」
イルカの顔を覗き込む。普段、意志の強そうな瞳は困惑に揺れていた。下がった眉尻が、彼をただの青年に戻す。
「俺に言われても、わかりません」
「本当に? 本当にわからないの? 俺が、誰を想っているか」
かさついた手を、強く握る。目を背ける彼の頬に手を添え、無理矢理に視線を合わせた。
互いの距離がぐっと縮まる。
震える唇から漏れる、吐息すら感じられそうだった。
「イルカ先生、俺は、あなたが――」
「火影様」
その時だ。
唐突に、背後に暗部が現れた。膝をつき、カカシに首を垂れている。
びくりと跳ねたイルカが身を引くのを、今度は止めることができなかった。ため息を呑み込み、「何だ」と答える。
「申し訳ありません。急ぎご同行いただきたく」
「わかった。行こう」
要件は分かっていた。懸案事項に、想定よりも早く片が付いたということだろう。
立ち上がり、俯くイルカを見下ろす。表情は窺えない。
「すみません、イルカ先生」
「いえ、私にはお構いなく」
彼の口にした台詞に、ちりりと苛立つ。
これほど自分が歩み寄っても、流してしまうのか。彼にとって自分は、その程度の存在なのか。
意気地がないのはどっちだ。
カカシは踵を返し、近くの屋根に飛び乗った。音もなく暗部が続く。
イルカを責める言葉が次々に湧いてくる。そんな自分に舌打ちしながら、夜の闇にカカシは消えた。
* * *
カカシが去った後も、イルカはしばらく動けなかった。
どうして答えられるだろう。
火影にまで上り詰めた男に、あの夜を忘れていないと、好きだなどとどうして言えるだろう。
対外的にも、里のトップが男とできているなど醜聞にも程がある。
子供でも分かりそうなことなのに、あの男はどうしてあんなことを言うのだろうか。あんな、熱っぽい瞳で、顔を寄せてくるのだろうか。
収まりかけた胃痛がぶり返す。イルカは長く息を吐いて、静かに立ち上がった。
どうにか辿り着いた自宅は、いつにもまして静かだった。
幼少期、両親と暮らしていた場所に建てた平屋だ。当時の建物は戦で影も形も残っていない。
まだ住んで数年だが、一人暮らしにはちょうど良い広さだ。
小さな鍵を差し込み、引き戸を開ける。
暗い玄関へ靴を揃えて、廊下を抜けて洗面所へ向かう。面倒だがシャワーくらい浴びておかなければいけない。明日も仕事なのだ。
熱い湯を頭から浴びても、気分は悶々としたままだ。ふと見れば、カカシに掴まれた手にうっすらと指の跡が残っていた。
どれだけ力を込めたのだと苦笑が浮かぶ。けれど、何だか堪らなくなって、その手を胸に引き寄せた。
鼻の奥がつんとする。放っておけばみっともなく泣いてしまいそうだ。
イルカはおざなりに体を洗うと、鼻をすすりながら浴室を出た。
布団に入っても気分は沈んだままだ。寝てしまうおうと目を閉じても、瞼の裏にカカシの顔が浮かぶ。
イルカより四つ年上だというのに、カカシはいつまでも若々しかった。表情をあまり変えないからだろうか。執務室で対峙しているときも、ふっと気を抜けば昔の彼がそこにいるように見え、何度か動揺したものだ。
けれど、あんな近くで顔を見たのは何年振りだろう。常に晒されるようになった左の瞳。その瞼に走る傷を、自分は舐めたことがあった。
片手にも満たない夜を共にしただけなのに、いつまでもそのことが忘れられない。
カカシが火影になってからは、いっそ、他の人間と寝てしまおうとしたこともある。だが、親しくなり始めたところで何故か相手が長期任務に出たり、イルカ以外の相手と付き合い始めたりして、うまくはいかなかった。
悶々とした思いを抱えたまま、気づけばこの年だ。背負うものも増えるばかりで、いざ求められてもその胸に飛び込むことができない。
「はあ……」
ため息が、音になって口から出た。布団の中で自嘲する。
手に残る感触は、一向に消えてくれない。術でもかけられたかと思うくらいだ。
あの、熱っぽい視線。
もし暗部が現れなかったら、どうなっていたのだろう。
背中がぞくりと震える。彼に向けられた視線が、あの夜、自分のまたぐらにしゃぶりついていた男のそれと重なった。
股間がきゅんと熱くなる。いけない、早く寝なければいけないのに。
そう思えば思うほど、下肢に熱が集まった。
しばらく触れていなかったそこが何かを主張するようにむくむくと育ってきているのを感じて、イルカは布団へ鼻まで潜り込むと、そっと自分の身体に触れた。
布地越しに、胸を撫でる。薄手の寝間着は幾分かざらついていて、思った以上に刺激を感じた。それだけで股間がじくじくと疼く。
筋肉の乗った右胸を柔く揉み、指の腹でその中央、ことさらに敏感な場所に触れる。服を着ていなければ、薄茶色のそこがぷっくりと盛り上がっている様子がよく見えただろう。
「ふ……」
皮膚の薄い、柔らかな乳輪をすりすりと撫でまわす。我ながらじれったい動きに、情動がどんどんと蓄積していくのがわかる。
つん、と乳芽に触れると、びりびりと電気が走った。首筋にぶわりと鳥肌が立つ。擦って終わりの自慰では得られない、深い悦びの予感に襲われた。
くにくにと指先でつつきながら、布団の中でもぞもぞと俯せになる。頬を枕へ押し付けながら、片手で乳首をかりかりと引っ搔いた。
あの夜、カカシにもこうやって胸を可愛がられた。それまでの自慰ではあまり意識して触れていなかった場所だ。はじめはくすぐったいだけだったが、しつこく弄られるにつれじっとしていられない程の快楽が沸き上がってきた。
カカシはここを舐めてもくれたが、自分で再現することはできない。一人で弄りすぎていっそう敏感になってしまった乳芽を、擦り、摘み、引っ張り出しながら、イルカは腰を揺らめかせた。
陰茎はとっくに勃起している。先走りで下着が濡れているのが分かった。早く脱いだ方が良いのはわかっているのに、じれったさを味わいたくて布地に擦りつけてしまう。
しまいには敷布団に裏筋を押し付け、腰を振る始末だ。
腰の動きに合わせ、ひくつく後孔がうっすらと開き、そこに空気が触れる。カカシに暴かれ、指で、舌で、そして彼の雄で貫かれた場所だ。
『やらしい人だね』
「んっ」
耳元に、彼の声が蘇る。ベッドの中でしか聞けない、艶を帯びた低い声があの時、イルカの耳朶に何度も注ぎ込まれた。
無意識に、指の動きが早くなる。胸の先端を指の腹ですりすりと擦り、かりかりと掻き、最後にはピン!と弾き、イルカは下着の中に白濁をぶちまけた。
「あっ、あっ、あっ、あ……」
潜めた喘ぎが静かな部屋に漏れ響いた。ひくひくと腰が跳ねてしまう。
射精の間も、幻のカカシが背後からイルカを責め立てる。
『いやらしい』
『みっともない』
『可愛い』
長年反芻するうちに虚実入り乱れた言葉に導かれ、イルカは気の済むまで腰を振った。敏感な亀頭を虐める如く擦りつけ、胸も痛いくらい摘まみ上げる。
ぐじゅぐじゅにぬかるんだ下着の中で精を出し切ると、どっと疲労感が押し寄せてきた。
全身に電気を通されたようにぴりぴりと痺れている。せっかく風呂を使ったのに、じっとりとした汗が肌にまとわりついていた。
下着の中が気持ち悪い。
空しくなるのは分かっているのに、いつもこういう破滅的な自慰をしてしまう。しばらく我慢できていたが、今夜はだめだった。
あんな風に触れてしまったからだ。あんな声を、聞いてしまったからだ。
カカシに掴まれた手を見る。
ほとんど消えてしまった指の跡に、唇を押し付けた。
「カカシさん……」
会いたい。抱きしめたい。好きだと伝えたい。
ひっそりと呟いた名は、真夜中に吸い込まれていった。
* * *
「はぁ~~~~~~~~」
もう何度目になるか分からないため息を聞きながら、シカマルは進捗表片手に顔をしかめた。
ため息の主はシカマルのことなど眼中にないかのように二酸化炭素を量産している。それでも手を動かしているのがこの人、六代目火影の美点であった。
シカマルとしては仕事さえ進んでいれば何度ため息を吐かれても良いのだが、来訪者にはそうもいかないらしい。先ほど訪れた事務官も、執務室の淀んだ空気にぎょっとした顔をしていた。これでは、よからぬ噂が立たないとも限らない。
ため息の原因はうっすら察していたが、自分が口を挟むことでないのは明白だ。
どうしたものか、と視線を落とした先で、進捗表の裏に乳白色の封筒が覗いている。この淀んだ空気を打破する、切り札となるかもしれない封筒だ。カカシに隠しているわけではないが、切り出すタイミングを見計らっている。
今こそ差し出すべきか、と口を開きかけた時、どんどん、と重い音で扉がノックされた。
「どーぞ」
顔を上げないままのカカシが促すと、重厚な扉が軽やかに開いた。
「失礼する」
言いながら入ってきたのは拷問・尋問部隊隊長、森乃イビキだ。シカマルが下忍になった時には既に隊長として一線で活躍していたこの御仁は、未だに血生臭い部隊のトップを張っている。
実は、つい先日顔を合わせたばかりだった。
木の葉の隠れ里を視察に訪れていた、火の国の新進気鋭の大名。その側近が機密を他里へ横流ししているという情報が入り、イビキが指揮を執り、滞在中ひそかに調査、監視を行っていた。送別の宴の裏で里に潜んでいた協力者を取り押さえ、芋づる式に側近も確保するに至ったのだが、その間ずっとシカマルが立ち会っていたのだ。
夜のうちに処罰を決するため暗部に呼び出させた時のカカシはシカマルから見てもえらくぴりぴりとしていた。同じく呼び出された大名が威圧されていたほどだ。しかし処分が決まり、夜が明けてみれば、そのカカシはため息製造機と相成っていた。
それから一週間は過ぎたが、未だにそのままだ。
澱んだ空気を感じたのか、一瞬顔を顰めたイビキに黙礼し、シカマルはその背中越しに上司を見やった。
相変わらず小さなため息は零れているが、イビキにちらりと向ける視線は確かだ。
「こないだはご苦労だったね。おかげで早いとこ片付いて助かったよ」
「うちとしても里長自ら早々に処分を下してもらったことで手間が省けた。改めて礼を。報告書はイズモが提出したようだが」
「今朝確認したよ。まあ腐っても火の国の高官だからね、それに、灸は据えられたでしょ」
「どうだかな」
ふん、と鼻を鳴らすイビキに、カカシがくすりと笑う。古い付き合いならではの気安さに、ふと自身の幼馴染の顔が浮かぶ。そういえば久しぶりに飯でも食おうと言っていたのだった。あの大食漢に合わせて食べ放題に行こうと話して、それっきりだった気がする。
仕事上がりに彼らの職場へ顔を出してもいいかもしれない。どうせなら紅にも声をかけて、ミライを連れて行こうか。
最近すっかりませてきた妹分に何を食べさせるべきかシミュレーションするシカマルだが、表面上はそんなそぶりをちらりとも見せない。カカシとイビキの会話も漏らさず耳に入れていた。
「そういえば、聞いたぞ。見合いの話が来たらしいな」
「よくあることでしょ。全部断ってるよ」
「お前じゃない、イルカだ」
「はいはい、イルカね、イルカ…………イルカ!? イルカ先生のこと!?」
しまった、と胸の中で舌打ちする。
大切な切り札の、伝えるタイミングは遅きに失したらしい。
「何だ、お前知らなかったのか。てっきりお前が断ったからイルカに回ったものかと」
「そんなこと俺が許すわけないでしょ!? シカマル、どういうこと」
カカシの、地を這うような声が自分に向けられる。
ともすれば殺気さえ帯びていそうな鋭い視線を浴びて、心底面倒なことになったと今度はシカマルがため息をついた。もちろん、胸の中でだ。
「あー……言ってなかったっすかね? 来てましたよ、コレ」
ひらりと差し出したのは、進捗表の裏に隠し持っていた封筒だ。ずかずかと近づいてきたカカシにふんだくられたその封筒の中には、忍者アカデミー校長である、うみのイルカ宛てに届いた釣り書きの複製が入っている。
写真の中で微笑むのはかなりの美女だ。家柄も、校長とはいえ隠れ里の一職員に対しては過分といっていいほどである。
火の国に戻った例の大名が、早々に送ってきたものだ。カカシ宛てには丁寧な詫び状が、そしてあらかじめ用意していたらしい釣り書きは、宛先を変えてイルカのもとへ。
誠意を示そうとする意図は理解できるが、今回ばかりは相手が悪い。カカシと同年代で、役職の高い独身男性となると限られるとはいえ、皮肉なものだ。
個人的な親書として火影を通さずイルカへ渡された釣り書きは、その場で突き返されるかと思いきや、しっかりと受け入れられたらしい。
ずっと執務室にこもっているカカシの耳には届いていないが、今、本部ではイルカの見合いがひそかな話題だ。
「聞いてないけど」
「まぁー、実のところ、御多忙な火影様にはお伝えしてくれるなとのことで」
「誰がそんなことを?」
「校長ご本人ですね」
ちっ、と、盛大な舌打ちが聞こえた。イビキも心なしか目を見開いているようだ。
「本当に、あの人は……」
呟く声が聞こえるのと、カカシの居た場所に煙が上がるのは同時だった。
次の瞬間、すでにその姿はない。あるのはただ数枚の木の葉と、積みあがった書類だけだ。
「……あーあ」
「やってしまったな、お前」
「いーえ、俺はなんもしてないっすよ。……ったく、めんどくせー大人っすね」
ついつい愚痴もこぼれてしまう。幼馴染に言えば、ヘマをしたなと笑われそうだ。
何かを察したらしいイビキにぽんぽんと肩を叩かれ、シカマルは大げさに肩を竦めた。
* * *
ノックもせず強引に開いた扉の奥では、イルカが目を丸くしていた。
「イルカ先生!」
カカシの大声に、イルカと共に校長室に居た若い職員がびくっと飛び上がる。当のイルカは最初こそ驚いた様子を見せたものの、今は椅子に腰かけたまま、手元の書類をとんとんとまとめる余裕ぶりだ。
「これはカカシ様、どうされたんですか」
「どうしたもこうしたもないでしょう。少し、お時間よろしいですかね」
我ながら、地を這うような声だとの自覚はあった。頭に血が上っているのだ。柄にもない。
「あっ、じゃ、じゃあ、私はこれで……」
書類を抱えた職員が、カカシとイルカ両方にぺこぺこと頭を下げながら部屋を出ていく。
入口に立っているカカシを避けるように頭を低くして去っていく姿を見届けて、カカシは後ろ手に扉を閉めた。ついでに鍵もかけておく。これで、やっと二人きりだ。
「お忙しい火影様がどんな御用ですか?」
書類仕事用か、眼鏡をかけたイルカが言う。
上長を前に椅子から立ちもせず、鷹揚にのたまう姿は挑発的ですらあった。
彼は分かっている。カカシがここに来た理由を、だ。
カカシは深く息を吸い込み、イルカの前に立った。
レンズ越しの、一見柔和な瞳がカカシを捉える。
「断って下さい」
「何をです」
「見合いです。話が来てるんでしょう? どうして言ってくれなかったんですか」
「おや、ご存じなかったんですか」
「とぼけないでください……!」
ぎり、と拳を握りこむ。
つい数日前、暗に伝えたばかりではないか。昔の人が忘れられないと。あなたのことが、忘れられないと。
それなのに見合いだとは馬鹿馬鹿しい。呆れる。許せない。
胸に渦巻く嫉妬も、恋情も、カカシがこれまで抑えつけていたすべてが暴発しそうだった。
「受けるつもりですか、その話を」
「ええ、私も良い年ですし、お相手も充分すぎるくらいの方ですので」
イルカの口には笑みさえ浮かんでいた。
あの夜、自分の下で泣きながら喘いでいた男が女を娶るなんて、本気で言っているのか。
「もう一度言います。断って下さい」
「個人的なことまで火影様に口出しされる謂れはありませんね」
「……では火影命令です。それなら良いでしょう」
「火影様が里民の人生に介入されるんですか」
「しますよ!」
「横暴だ!」
ばん! と大きな音と共にイルカが机に両手を打ち付けた。立ち上がり、同じ目線でにらみ合う。笑みは消えていた。
視界の端で、積みあがった書類がどさりと崩れる。
「横暴で結構。あなたが他の奴のものになるなんて許さない」
正面からイルカを見据える。
一瞬、虚を突かれたような表情を見せたイルカが、言い返すため開いていただろう唇をはくはくと震わせた。
年齢を重ね、目じりに深い皺の刻まれた彼の瞳が僅かに揺れる。見つめ続けるカカシから逃げるように、顔が背けられる。
「そんな……今更……」
細い声が尻すぼみに消えていく。机についた両手を丸め、イルカが小さく頭を振った。
彼の言う、いい年をした男がまるで少年のように狼狽え、戸惑う姿に胸が締め付けられる。
今すぐに抱きしめたい気持ちを堪え、カカシはそっと口を開いた。
「……ねえ、そろそろいいでしょう。分かってるんでしょ、俺の気持ち」
「分かりませんよ、分かっちゃいけないんです、そんなこと」
「どうして?」
「あなたは火影様で、俺はアカデミーを任せてもらってるっていう立場があるでしょう。権力者が懇ろになるなんて、示しがつきません」
「じゃあ秘密にしましょう。こそこそしましょう。俺が火影を退くまで。何なら明日退任したっていい。次の代も充分育ってきている」
言い切ると、イルカがはっと顔を上げた。眉間に皺を寄せている。
「駄目ですよ! そんな、無責任な」
「俺は里に尽くしてきました。それは苦じゃない。見返りも求めちゃいない。でも、たった一つ望んじゃいけませんか」
我ながら、情けない声だ。すがるように投げた視線はレンズの奥、彼の瞳に届いただろうか。
「あの時、捕まえておけばよかった。馬鹿だった、若かったんです。そうでしょう? 俺も、あなたも」
初めての夜を思い出す。
酔ったふりをして不器用に誘ってきた彼の、切ない吐息を。遠慮がちに絡められた指先の熱を。
あの頃は恋愛なんて考えられなかった。常に自責にかられ、いつ命を落とすか分からない毎日で自分より大切なものを抱える余裕などなかったのだ。
けれど、今は違う。
ひとつの里を抱え、負う責任は比べ物にならない。それでも、取り戻した両目で眺める世界にイルカがいると思えば不思議と身が軽くなった。
彼が生きているだけで良いと思い込もうとしたが、無理な話らしい。見合いとすると聞いただけでこれだ。
一心にイルカを見つめる。戸惑うように眉を寄せたイルカが、「カカシさん」と小さく口にした。
様、も、肩書きも無しだ。
懐かしい響きにふっと肩の力が抜ける。
カカシは口布の中で微笑み、まなじりを和らげた。
「久しぶりに呼んでくれましたね。……ねえイルカ先生、今度は間違えないようにしませんか」
ゆっくりと、執務机を回り込む。
じり、と後ずさったイルカの両手を取れば、二人を阻むものは無くなった。
「俺は、あなたと生きていきたい」
かさついた指先に指を絡める。胸の前まで持ち上げたその指先へ、口布越し、唇をそっと押し当てた。揺れる彼の瞳を見つめたまま、ゆっくりと、長く。
イルカの唇が震える。
目を強く瞑ったかと思うと、その端から涙がぽろぽろと零れ落ちた。
「えっ? あっ、どうしよう、泣かないで」
手を繋いだままおろおろと慌てるカカシの前で、イルカの涙は止まらない。しまいには鼻をすすりながら、うう、と声まであげる始末だ。
彼の泣いている姿など滅多に見たことは無い。ましてや辛そうに涙するなど初めてだ。予想外の反応に今度はカカシが戸惑う番だった。
イルカの頬に次々涙が伝う。拭えないのはカカシが両手を繋いでいるからなのだが、カカシ本人はそれに気づいていなかった。
しばらく泣き続けたイルカだが、やがてすんすんと鼻を鳴らし、濡れた目でカカシを見た。
「俺だって」
「ん?」
「俺だって、そうしたい……!」
どん、と衝撃が走る。
イルカに抱きつかれたのだと気づいた時には、二人揃って床に転がっていた。
咄嗟に受け身を取ったが、尻がじいんと痺れる。
カカシにまたがる形で転んだ彼が、肩口にぐりぐりと額を押し当ててきた。
「あなたはいつだって突然だし、いつだって勝手だ!」
「せんせ、イルカ先生、落ち着いて」
「落ち着いてられますか! ちくしょう、諦めるつもりだったのに、水の泡じゃないか」
「うん、ごめんね、全部俺のせい」
「そうじゃないでしょう! 俺が悪いんです、全部、俺が――あなたのことなんか、好きになってしまったから」
ずいぶんな言い様だが、カカシの顔からは笑みが消えない。
駄々をこねるようにぎゅうぎゅうと抱き着いてくるイルカを同じだけの力で抱き返しながら、カカシは彼の首筋に顔を埋めた。昔と変わらない、日なたの匂いだ。
そのまま五分ほど経っただろうか。イルカがカカシの胸を押し、のっそりと上半身を起こした。カカシとしてはもっと長く抱き合っていたかったのだが、致し方ない。
立ち上がろうとするイルカの腰をぐっと押さえて阻止すると、それに気づいた彼が上目に非難する視線を向けてきた。
「……離してください」
「だーめ」
「あなた、仕事抜けて来てるんでしょう。早く戻って下さい」
「キスしてくれなきゃ嫌です」
「はい!?」
凄むイルカに小首を傾げ、お願い、と訴える。
仕事に戻らなければならないのはカカシも分かっていたが、どうにも離れがたかった。若い時分ならば彼ごとドロンとしただろう。
イルカの言う、無責任にだけはなるまいと、せめても口づけをねだるのは我がままだろうか。
ね、と目を細め投げかければ、イルカがぐっと言葉を詰まらせた。心なしか、頬が赤く染まっている。
「ちょっとだけですよ……」
恥ずかしそうにそう言った彼の、形の良い唇が近づいてくるのをうっとりと眺めながら、カカシはそっと口布を下ろした。
* * *
その、夜のことだ。
イルカは一人、自宅の廊下をそわそわと歩き回っていた。
校長室からカカシが去った後しばらくして、自分のもとへ式が飛んできた。送り主はもちろん六代目火影だ。
それによると、今夜、仕事が終わったらイルカの家に向かうという。何時になるかは分からない。どんなに遅くなっても必ず行くから、待っていてほしい、と。
数十年越しに思いを通じさせたと思ったら、これである。いきなり距離を詰めすぎじゃないかという気もするが、正直、イルカも昼間の短い逢瀬では物足りなくあった。
口づけは交わしたものの、互いに火をつけるわけにはいかないから短いものだったし、時間さえ許せばもっと触れていたかった。
初老といっても良い年齢になって、自分にこんな欲望があったと認めるのは少し恥ずかしい。
けれど、イルカはその式を大事に懐へ仕舞い、自らの業務も心持ち早く終わらせて帰路についたのだった。
軽く食事を済ませ、念入りに風呂を使い、寝室に布団を敷いてもまだカカシはやってこない。
冷蔵庫には、温めるだけで食べられるよう、彼の分も食事も用意してあった。
寝室に並べた布団は二組だ。滅多に使わない客用布団へ、念入りに掃除機をかけ、皺のひとつも無いようにシーツを被せてある。
他意は無い。疲れているだろうから、カカシが来たら寝かせてやろうと思ってのことだ。決して、ひとつの布団に入ろうなどとは考えていない。
身体を念入りに洗ったのは昼間、外で子供たちの演習を見守って砂埃を被ったからだし、ローションの残り具合を確認したのは衛生的な観点からだ。ひとりでこっそり使っているものだが、使用期限が過ぎていてはいけない。
別に、カカシとどうこうなる期待なんてしていない。
互いに思いあっていると分かったからといって、体の付き合いまで復活する確約はないのだ。
「うん、うん、そうだぞ、勘違いするな、勘違い……」
ぶつぶつと自分に言い聞かせていると、ふいに玄関の外に気配を感じた。
どきりと胸が跳ねる。耳の後ろがざわざわとし、一気に血が上った。
すり硝子の玄関扉に、長身のシルエットが映る。
「せんせ? いるんでしょ、遅くなってごめんね」
扉越しの低い声に胸を弾ませながら、イルカは忍びにあるまじき足音を立てて玄関扉に飛びついた。
かちゃりと鍵を開ける。
そろそろと右に引けば、鼻の上までを口布で覆った美丈夫が、ポケットに手を突っ込んで立っていた。
「お疲れ様です、どうぞ、中へ」
「お邪魔します。先生も疲れたでしょ、待たせちゃった」
そう言うカカシを玄関の中へ招き入れながら、イルカは「いえいえ」と首を振る。本当は待って待って独り言まで呟いていたのだが、カカシには余裕を見せつけたい。
扉を閉め、鍵を閉め直す。
背後で履物をくつろげているはずのカカシへくるりと振り向いたイルカは、あ、と言う暇もなく壁に背を押し付けられていた。
間抜けに開いたままの唇が、むちゅりと弾力のある感触に包まれる。
「んっ、んっ、んむっ?」
目を白黒させるイルカを、至近距離で覗きこむのはカカシだ。片手でイルカの首の後ろを、もう片方の手で腰を押さえ、逃げられなくしている。
自由な両手で胸を押そうとするが、ぴったりとくっついていて指の入る隙間が無い。ならば、と背を叩こうと手を回せば、口内を舐めまわしていた彼の舌が上顎の天井をつう、となぞり上げた。
「っ……!」
途端に膝の力が抜ける。カカシに支えられているためバランスを崩すことはなかったが、背筋をぞくぞくと這い上がる官能の予感に、背中を叩くはずだった手で彼に縋りつく羽目になった。
ちゅうちゅう、じゅるじゅると下品なほどの音を立てながら口づけは続く。イルカの肉厚の舌に、長いカカシのそれが蛇のように絡まる。
舌をなぶられ、口蓋をくすぐられ、イルカは陥落寸前だ。目尻には涙すら浮かんでいた。玄関先で、まだほとんど会話も交わしていないのに。
「ん……ふっ、んぅ……っ! う、はぁ……」
「大丈夫? 立てなくなっちゃいましたね」
やっと解放されたかと思うと、カカシがしれっとそんなことを言う。
誰のせいだと非難するつもりで見上げた先、目を細めたカカシが唇を舐めているのが見えた。こんなのは視界の暴力だ。あまりの卑猥さにイルカはぶつけるはずの言葉を吞み込んだ。
代わりに、寝間着の袖で口を拭い、カカシに支えられながらよろよろと立ち上がる。
「上がってくださ……えっ、うわっ」
急にカカシが屈み、膝裏を掬われた。同時に背に手が添えられ、ぐい、と抱えあげられる。
「ちょっと、下ろしてください! 何やってんですか」
「ごめーんね。せんせ、俺余裕無いかも。寝室、この奥?」
イルカの玄関履きを脱がし、いつの間に脚絆を解いたのか自らも裸足となって上がりかまちに踏み入ったカカシは、ずんずんと廊下を奥へと進んでいく。
イルカは行き場のない両手を胸の前で組み、カカシに聞かれるまま寝室の場所を教えていた。
声に、迫力があるのだ。逆らったり嘘を教えることが憚られるような威圧感すらある。これが、やっと思いを通じさせた相手に対して出す声だろうか。
若いころならこの声だけで委縮していただろうなと思いつつ、イルカは大人しくカカシの腕の中に納まっていた。
「失礼」
カカシが行儀悪く足で襖を開けても、黙って頷いておく。
二組並べて敷いた布団に一瞬彼が息を吞んだのがわかった。気恥ずかしくて、腕の中で縮こまる。こめかみに、彼の唇がむちゅうと押し当てられた。
「可愛いね、イルカ先生」
向かって左側の布団へ、そっと身体が横たえられる。まるでどこぞの姫君のような扱いに顔から火が出そうだ。
当然のように覆いかぶさってくるカカシに見下ろされ、腹の奥がきゅんと疼いた。分かっている。自分も待ちきれないのだ。余裕なんて、どこにも無い。カカシと同じだ。
イルカに跨った彼が自ら装備を解いていく。少しずつ露になる素肌に、興奮が抑えきれない。
熱い視線に見下ろされながら、イルカも寝間着のボタンに手をかけた。ひとつ、ひとつ外していくたびに、カカシがそれを目で追っているのが分かった。
イルカがボタンを外し終える頃には、カカシの上半身はすっかり晒されていた。年齢を重ねても衰えを知らない見事な肉体に、知らずため息が零れる。無意識に伸ばした手で触れた身体はひやりとして、けれど、どくどくと脈打っていた。
互いの視線が交差する。
ゆっくりと近づいてくる彼の首を自分から引き寄せながら、初めての夜、カカシに促されないと手を回すこともできなかったことを思い出し、わけもなく鼻の奥がつんとした。
「あっ! あっ、あっ、だ、だめ、そんな……あうっ!」
ずん、と深いところを突き上げられ、イルカは布団の上でのけぞった。もはや頭のてっぺんは畳にずり落ちつつある。
余裕がないという言葉通り、カカシは性急だった。口づけながら身体をまさぐられ、敏感に育った胸を愛撫され、ズボンと下着をいっしょくたに脱がされたかと思うと大股を開かされた。
こちらの制止も聞かずまたぐらにむしゃぶりつく彼の、ふさふさとした髪を掴みながら、イルカは年甲斐もなく声の枯れるほど喘いでしまった。
他人にそんなところを触られるなんてカカシと寝て以来だ。
古い記憶以上に現実の感触は鮮烈で、イルカはカカシの口内で早々に昇りつめてしまった。
後ろを探っていたカカシが、そこが柔らかく解れていることに気づいてからはもっとひどかった。
自分で準備をしたと白状させられ、顔から火が出るかと思った。
何故か黙ってしまった彼に、濡れたそこを指で散々弄られ、もう入れてくれと情けなく泣いてしまった。
そうして、今だ。
「んあぁっ、あっ、ひっ……、うぅ~~~っ! だめ、いく、またいく……っ」
がくがくと身体を震わせながら、何度目になるか分からない受け身の悦びに達する。目の前の男の身体にすがりつき、肉の中にいる彼自身をぎゅうぎゅうと締め付けた。
二人の腹の間でイルカの性器はくったりとして、時折ぶしゃあ、と透明の何かを吐き出すばかりだ。カカシも一度射精したはずなのに、スキンを取り替えて挑みかかってきた目は恐ろしいほどぎらぎらとしていた。
後ろから、膝の上で、そして正面から。角度を変えて求められ、正直言ってイルカの体力は限界が近かった。普段の鍛錬では鍛えられない筋肉を使っている気がする。それに、中の刺激だけでいかされるとひどく疲れるのだ。
それを訴えようにも、口を開けば喘がされ、何か言おうものなら口づけで封じられる。
今も、口の中を舐めまわされ、唾液を注ぎ込まれながら、折りたたんだ身体の奥深くを掘削するように遠慮なく抜き差しされている。胸を押し返そうとした両手は畳に縫い付けられてしまった。
「ん、ん、んぅ~~! んんんっ!」
目の前に星が飛ぶ。最奥をずん、と圧迫され、鋭い痛みと共に全身に鳥肌が立つほどの快楽に包まれた。
じゅるんっとひどい音を立てて唇が解放されても、イルカの口からは最早意味のある言葉が出てこなかった。
「あ……にゃに、これ……あ、うあ、あひゃあ……」
「せんせ、可愛い、気持ちいいね。ここまで入れたの俺が初めてでしょ? いっぱいぐりぐりしてあげるからね……」
「ああんっ! あうぁ……しゅごい、あ、お、おん……っ」
深く身体を曲げ、カカシの身体の下にすっぽり収まる形で肉筒の最奥、いわゆる結腸をねちっこく責め立てられている。一突きされるごとにぷしゅ、ぷしゅと潮を吹いてしまうほどの強烈な快楽は、昔、彼と過ごした夜では到達できなかったものだ。
それもカカシからイルカへの愛情と、イルカ自身による前立腺への自己開発の賜物なのだが、正しく理解している者はこの場にいなかった。イルカは半分意識を飛ばしているし、カカシはイルカの出来上がった身体を前に、他の男の影を愚推しているからだ。
「くそっ……イルカ、俺の、俺のだ……っ」
「かかひひゃん、しゅき、あ、ぅんっ、しゅ、しゅきぃ」
「好きだ……くそっ! イルカ、イルカ……」
「あ、あ……いく、いっちゃう、う……あ……」
身体から力が抜ける。目の前が真っ白に染まる寸前、射貫くような視線が己だけに向けられていることに満足し、イルカは意識を手放した。
「こ、腰……俺の腰が……!」
布団の上で俯せのまま、イルカは低く唸った。
傍らでは恋人となった男が、素っ裸でにこにことその様子を眺めている。
「だから、病院までおんぶして行ってあげますってば。痛いんでしょ?」
ここ、と言って尻の付け根をつん、と突かれ悶絶する。
「誰のせいだと思ってんですか!」
「俺のせいでしょ。だから責任取るって言ってるじゃない」
「だめですよ、病院で何て言うんですか」
「六代目とたくさんエッチしたから腰がおかしくなっちゃいましたって言えば」
飛んできた裏拳を華麗に避けるカカシに、ちっと舌打ちをする。
腹の立つことにこの男、昨日よりも肌に艶があり体調が良さそうに見えた。散々尻を酷使したツケが来ている自分とは正反対だ。
恨みがましく睨みつけていると、カカシがふっと笑ってイルカの長い髪を撫でてきた。
「しょうがないなぁ、もうちょっと可愛いとこ見ていたかったけど、マッサージしてあげますよ」
「マッサージくらいじゃ無理ですよ」
「暗部秘伝の按摩を舐めてもらっちゃ困りますね」
「え? あ、ちょっと……あっ!」
ばさりと布団を捲られたかと思うと、カカシと同じく素っ裸のイルカの背に彼の手の平が乗せられた。そして何故かじんわりと暖かくなり、次の瞬間ーー
「いたっ!」
強すぎる刺激に飛び上がる。びりびりっ! と高圧電流が全身に流れたかのようだった。
「何するんですか!」
詰め寄るイルカの前で、カカシがふふんと鼻を鳴らしている。
「ほら、治ったでしょ」
「ほ、本当だ……」
気づけば正座をしている。さっきまで身じろぎすら難しかったのに、だ。一瞬で終わったそれがマッサージや按摩と言えるかはさておき、イルカはまじまじと己の身体を見下ろした。
「暗部すごいな……」
腰をさすりながら言えば、カカシがいやぁ、と照れたそぶりを見せた。それが面白くて、ぷっと吹きだす。
「ありがとうございました、でも次からは手加減してくださいよ」
「そのことなんですけど、ね、聞きたくないけど、知らないと悶々としちゃいそうだから聞くけど……」
もじもじと布団にのの字を書くカカシに、「はあ」と気の抜けた声が出る。早くしてくれないだろうか、さすがに裸は寒くなってきた。
行為中に脱ぎ捨てた寝間着はいつの間にか枕元に畳まれていた。色々な液体にまみれた布団から隣に移動させてくれたり、身体を拭いてくれたりと、イルカが気を失った後カカシが細々と働いてくれたらしい。
事が終わったらすぐに帰っていたあの頃とは大違いだなと思うと、何だかむずがゆい。
寝間着を手繰り寄せ、肩に羽織る間もカカシはうんうんと膝をすり合わせている。萎えていても凶暴な性器を隠しもしないものだから、イルカは同じく畳まれてあったカカシの支給服をそこに被せてやった。あんまり見ているとまた変な気分になりそうだ。
そんな凶器の持ち主は、ひとしきりもじもじとした後、イルカがあくびをする頃になって思い切ったように顔を上げた。
「イルカ先生、誰と付き合ってたの?」
「はい?」
唐突な質問に間抜けな声が出る。首を傾げていると、やれ身体がエッチだの、反応が素人じゃないだの、散々な言葉が投げかけられた。
「だからね、どこのどいつがイルカ先生のことこんな風にしたんだろうって気になって気になって……あっ! もちろん言いたくないなら言わなくていいんですよ、その時は俺がどんな手を使っても調べて……」
「物騒なこと言わないで下さい」
「でも」
「カカシさん」
正面からカカシを見つめる。膝を詰め、両手を握った。
「いいですか。俺は、あなたしか知りません。ほかの誰ともそういうことになったことはありません。カカシさん、あなただけです」
まっすぐ目を見て言えば、それまで情けなく眉を下げていたカカシがはっとした表情を見せた。
「わかりましたね」
「は、はい……イルカ先生、好き……」
「ふふっ、俺もです」
「先生……!」
がばりと抱き着かれ、二人で布団になだれ込む。少し前にもこんなことがあったなと笑いながら、イルカは逞しい背中をぎゅうぎゅうと抱き返した。
この里で一番力を持っている男が、自分の前ではこんなに可愛い姿を見せてくれる。これ以上幸せなことがあるだろうか。
イルカも彼の女性関係の噂にはずっとやきもきしてきたが、さっきのような独占欲を見せつけられては自分の嫉妬など些細なことに思えた。
カーテンの隙間から漏れる光が朝を告げている。
もっと抱き合っていたいが、そろそろ彼を里に返してあげなければいけない。
忙しい里長をイルカの元へ寄こすため、おそらく融通を利かせてくれたはずのかつての教え子には、次に会うときどんな顔をしたらいいだろう。気恥ずかしいなと思っていると、カカシに鼻を甘噛みされた。
「他の男のこと考えてるでしょ」
あまりの察しの良さに笑みが零れる。
「どうでしょうね」
言って、口元のほくろにちゅうちゅうと吸いついた。
「いたっ! せんせ? ちょっと、本気で吸っちゃだめだって、いたたっ」
口布の下なのだから跡がついたっていいだろう。自分の中にも確かに独占欲はあるのだ。
笑いながら、イルカはカカシに本気で押さえ込まれるまでそこに吸い付き続けた。
終
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