飽きもせずカカシさんは俺をメシに誘う。それに乗っかる俺も俺なんだけど、おかげで最近は食費に回す金が減って懐に余裕ができた。

だからってわけじゃないけど、今日は飲んだ後、カカシさんを一楽に誘ってみた。シメのラーメン、男なら堪んないだろう?

「おうイルカ先生、まいど! 二人でってのは珍しいねぇ」

店主のテウチさんが俺とカカシさんとを交互に見て小さな目をちょっと開けた。
確かに、ナルトが修行に出て行っちまってから、誰かと一楽へ来たことはあんまり無かったかもしれない。特に、カカシさんなんて連れてりゃ驚くよな。

「へへっ。俺、味噌ラーメンね! カカシさんはどうします?」
「俺は塩にしようかな」
「へい、味噌に塩ね! まいどあり!」

元気に厨房へと向きを変えるテウチさんの声を聞きながら、カカシさんと二人分の水をコップに注ぐ。
どうぞ、と差し出すと、カカシさんがぺこりと頭を下げた。

「こんな時間なのに、混んでますね」

珍しくカカシさんが長い文章を喋った。俺は少し嬉しくなって、「そうなんですよねぇ」と頷いた。

「やっぱ、シメはラーメンなんですよ。それも一楽の!」
「でもイルカ先生、いつもは帰りにラーメン食べたいって言わないじゃない」
「いやあそれは、はは、そうでしたっけぇ?」

昔、カカシさんにラーメンばかり食べていると肉がついて動きが鈍るだとか、栄養バランスが悪いだとかナルトと二人で散々お小言を食らったからだとは言えない。
頭をがしがしと掻いてへへっと笑えば、カカシさんはそれ以上問い詰めてはこなかった。

「とにかく、今日は俺の奢りなんで! あ、ビールも飲みます? 親父さん、生ふたつね!」
「あいよっ」

カカシさんの返事を待たずに注文したビールはすぐに届いた。
中ジョッキを持ってカカシさんの方に向けると、カカシさんも同じように掲げてくれる。目がちょっと笑っているみたいなのは、ひょっとして呆れてるんだろうか。
ラーメンとビール、確かに褒められたことじゃないよなぁ。ま、今日くらいいっか!

「乾杯!」

カロリー問題を脇にどけてガチンとジョッキをぶつけると、泡が跳ねて飲み口から溢れた。

「いけね」

慌てて、溢れてきた泡を舐めて、親指に垂れた分をじゅじゅっと啜る。
行儀悪かったかな、と思ってちらっとカカシさんを見たら、やっぱりカカシさんは俺をじっと見つめていた。今度は何かちょっとびっくりしたように目を大きく開いている。
俺の行儀の悪さに引いてるのかな。

「すんません」
「ううん……」

それから、会話はぷっつり無くなった。なのに、視線だけはばっちり感じる。
さっきまで居た居酒屋と一緒だ。
俺もカカシさんを見ちまうと見つめ合ってるみたいで気まずいから、ビールをちびちび飲みながらメニューを眺めたりなんてした。
ラーメンが来るまでの時間がやけに長く感じる。

やっと来た! と思っても、いただきます、で終わり。何だか気後れしちまって、うまそーと思うのにそんな何でも無い感想もつぶやけなかった。

周りの客が騒がしいからあまり気にはならないけど、これからも静かな店には行けないなぁと思う。無言で酒飲む上忍と中忍が二人って、逆に目立ってしょうがないだろ。
そもそも、そんな高級そうな店、二人で行くことも無いだろうけど。

それに、カウンターに横並びで座っているから、いつもより見られている感がすごい。
食べてるっつうのにさ、隣からバシバシ視線を感じるんだ。さすがにちょっと、恥ずかしい。

ていうかこの人、ラーメン食いながらどうやって俺のこと見てんだ?

気になって隣をちらっと見たら、案の定目が合った。カカシさんの器にはもうあんまり中身が残っていない。食べるの、早いんだな。

居酒屋でもそうなんだけどさ、カカシさんは食事の時も口布を外さない。
マスクしたままラーメンなんて食べようもんなら、口の周りびっしゃびしゃになっちまうんじゃないかと俺なんかは思うんだけど。

幻術だろうなぁ。
違和感もないから、本当にすごい使い手なんだなって改めて思わされる。
でもそれなりに疲れるはずなんだよ。チャクラも使うしさぁ。
そんな苦労までして、何で俺なんかとメシ食いたいんだろう。

やっぱり、カカシさんて、本当に俺のこと――

「ついてる」

「へっ?」

ふいに、カカシさんがそう言った。
そして俺の口元を親指で拭って、呆けてる俺の目線の先で、口布を下ろしてその指をちゅぷって舐めた。

「……へ?」

からん、と箸が丼に落ちた音に、俺は急速に我に返る。

「あ、あ、いけね」

慌てて箸を拾って、残りのラーメンを啜り上げる。
熱い、このラーメンやけに熱いぞ。
だって俺の顔、すんげえ熱くなってる。

「ゆっくり食べてね、イルカ先生」

隣でカカシさんがそんなことを言うけど、俺は口ん中麺でいっぱいにしてこくこく頷くことしかできなかった。

見ちゃったよ、顔。

いや、それだけじゃねえんだ。

舐めてたよ、この人。俺の、口についてた汁をさ。親指で、じゅうって。いや、ぺろっだったかな。

もう何もわかんねぇよ。

いつの間にか、俺の丼は空っぽになってた。
さすがに腹が重い。居酒屋でもそれなりに食ったもんな。

いや、重いのは本当に腹か?
なんか、もうちょっと上の方な気がする。

「久しぶりに食べたよ。やっぱり美味いね」
「いやぁ、腕利き上忍にそんなこと言われたら嬉しいねぇ! また来てよ!」
「もちろん。じゃあ行きましょうか、イルカ先生。イルカ先生?」
「えっ、あ、はいっ! 親父さん、美味かったよ。ごちそうさん」
「まいどっ!」

カカシさんとテウチさんが話してるのも気づかなかった俺は、カカシさんに促されるまま暖簾の外に出た。

後から思えば、あんまり俺がぼーっとしてるもんだからカカシさんが頑張って社会性を発揮してくれたわけなんだけど、この時はそこにまで考えが及ばなかった。

だって、初めてだったんだよ。

この人、俺のこと好きなのかもしれない。

初めてちゃんと、そう感じたんだ。



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