※ちょっとSM。続きは「被虐の扉」


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ぱらり、ページをめくる音が聞こえた。
オレンジ色の古びた文庫本。薄い紙が、白く長い指に挟まれて物語を進めていく。
幾度も読み返しただろう文章に視線を落とすのは、銀色の髪を持つ上忍だ。額宛を斜めにつけ左目を隠した彼は、黒い口布で鼻から下を覆っている。唯一晒された右目は伏せられ、先ほどから一度も他を見つめることが無い。
その男、はたけカカシからひとときも目を離さず、うみのイルカはだらしなく開いた口から荒い息を吐き続けていた。
長椅子に深く腰掛けくつろいだ様子で本を手にするカカシとは違い、大人が二人横になれるほど広いベッドの上でただ一人、全裸を晒している。
カカシに顔を向け横向きに寝転がるイルカの、大きく開いた股の間にはどぎついピンク色の玩具が機械音を出しながらうねっている。イルカは自ら片手でそれを抜き差ししながら、もう片方の手で胸の尖りを弄っていた。
下腹部で揺れる雄の根元は黒い輪っかで括られ、精を吐き出せないためか赤黒く張りつめている。その先端からは白の混じる透明な液体がしとどに溢れ、シーツの色を変えていた。
口からは吐息と共に涎が垂れ、生理的な涙が零れては耳にまで筋を作っている。浅黒い肌は紅潮し、鼻を横切る傷はその色を白く浮き上がらせていた。
二人の距離は歩けば二歩もかからない。カカシの耳にもイルカの苦しい呼吸は届いているだろうに、まるでこの部屋に自分以外いないかのように平静な様子を保っている。
里の外れ、歓楽街の端にある古びた宿で二人。

初めに誘いをかけたのはイルカであった。
顔見知りから飲み仲間へ関係を変えていたカカシとの、戯れのような賭け事。それに勝ったイルカの、最初の願いを聞いたカカシは一瞬表情を凍らせ、その後何か納得したように頷いてみせた。
秘密の夜を重ね、辿り着いたのがこの静かな部屋だった。
『何もしなくて良いから、そこに居て欲しい』
それが今夜のイルカの願いだった。
触れなくて良い。視線さえくれなくて良い。ただ、同じ空間に居てほしい。自分が満足するまで、それに付き合って欲しい。
アカデミーの廊下、世間話の隙を縫って潜めた声でそう言うと、カカシはいつもの様にいいですよ、と一言返したのだった。

最初の夜は彼を自宅へ招いた。
玄関のドアを閉めるなり狭い土間にひざまずき、イルカはカカシのつま先に口づけた。窮屈に身を縮め、剥き出しの五指へ順に口づけ、舌を這わせた。カカシは僅かな身じろぎもせず、それを頭上から見下ろしていた。
イルカは彼の態度に勇気づけられ、隠していた性癖を大いに発露させた。
俺をいじめて欲しい。イルカが彼に初めて告げた願いはそれだった。
人知れず芽生えた被虐願望が叶えられ、イルカは打ち震えた。汚れた指を舐めながら下肢をきつく張りつめさせ、下着を汚した。
カカシはイルカの希望を次々聞き出し、跡が残らないよう、傷つけないよう慎重さを見せながらも確かな痛みと共に頬を打ち、背を足蹴にし、望まれるままに尻に玩具を突き刺した。
イルカは人生初めての強烈な絶頂を果たし、最後は獣の様に吠え、カカシが知らず施してくれていた遮音結界に感謝した。
その間彼は今夜のように髪の毛一筋も乱さず、事が終わった後にはイルカを気遣い風呂へと運んでくれた。
そこで初めて服を脱いだ彼の、萎えてぶら下がっているものに了解を得て口淫したのが、その夜で唯一の穏やかな接触だった。
一度で終わると思っていた関係は、最後にご褒美が待っているなら、と微笑んだカカシによって二回目以降も続けられることになった。秘密の逢瀬がやっと片手の指を超えた今夜、イルカは人気の少ないこの宿を選んだ。
カカシはイルカに希望を聞くことはあれど、自分から何かをしては来ない。不気味なほど穏やかに、イルカの秘密に付き合ってくれるのだ。
彼にその胸の内をはっきり確かめたことは無い。だが、イルカにとってこれは自慰行為の延長だった。

ジェルと体液で濡れた音が、股間から引っ切り無しに聞こえてくる。
屹立する雄に触れないのは自分で決めたことだった。女のように内側からの刺激と胸の快感だけで達した時の、果てしない悦楽をイルカは知っている。
淫らな姿を晒しても眉一つ動かさない男の前で限界まで到達できれば、どれだけ気持ちが良いだろう。頭の中で何度となく繰り返した妄想を、里一番の忍の厚意を借りて成し遂げようとしているのだ。
「あっ……はぁ、あぁっ……」
我慢する必要の無い嬌声が喉を震わせる。胸を強く摘まむと、後ろをぎゅうっと締め付けてしまうのが分かった。
足先に力が入る。身体が急に熱を持ち、玩具を握る手の動きが止まらなくなった。じゅぼじゅぼと酷い音を立てて自分を追い詰め、千切れるかと思う程胸の粒を引っ張ると、びくびくと腰が跳ねた。
「あぁ、あ、いく、いく、あーー、んっ、あぁ……っ」
無意識に腰がかくかくと前後に動く。足の指がぐっと曲がり、シーツを強く引っ掻いた。奥の奥まで突き刺した玩具は未だうねりを止めず、強制的な絶頂の連続にイルカは声も無くのけぞった。
陸に上がった魚のように跳ねる身体のせいで、ベッドがぎしぎしと音を立てる。やがて指先から力が抜け、そのために玩具はぬるりと腫れた孔から抜け落ちていく。
にゅぽん、とそれをくびり出した縁が、切なげにぱくぱくと口を収縮させる。爪の先まで電気が走るようだった。
涙のせいかあまりにも力を込めたせいか、視界はしばらくぼやけていた。
はぁはぁというよりはひぃひぃという様な呼吸が落ち着いてきた頃、ようやくイルカは突っ張った足をシーツに着けることができた。
「……っ、は、あ……」
未だ浅い呼吸のまま、段々と焦点が合ってくる。
銀色の人影が、先ほどと変わらずソファに座っているのが見えた。
しかし、その顔がこちらを向いていると気づきはっとする。
「随分気持ちよさそうでしたね」
にこり、とでも形容できそうに目を細めて、カカシがイルカの姿態を見ていた。
はい、と言うのがやっとだ。
手を着いて起き上がろうとしたイルカを、彼が手で制した。
「シャワーにお連れしますよ。腰が立たないでしょう」
あれほど熱心に読んでいた文庫本をソファにぽとりと置いて、カカシがベッドへ近づいてくる。一歩、二歩の短い距離だ。みるみる、彼との距離が狭まっていく。
ベッドサイドに立ったカカシに真上から見下ろされ、イルカは思わず喉を鳴らした。
照明の陰になっていてもその表情はよく見える。
確かに笑っているはずの瞳の奥、ひやりと冷たいものが光っていた。瞬間、ぞくりと背に震えが走る。
「だ、大丈夫です、放っておいていただければ一人で……」
切れ切れに言った声は微かに震えていた。
「そんなこと言わないで。それに……」
ご褒美、くれるんでしょう?
屈んだカカシに耳元で囁かれ、立たない腰がさらに砕けそうになる。耳の底をなぞるような低い声に、裸の身体が内側から溶けていく。
有無を言わさない力で膝裏と脇を抱えられ、横抱きにされた拍子にイルカは「あっ」と声を上げた。股間で勢いを落としたペニスが、腿に擦れたのだ。根元を拘束されたままのそこは未だ敏感さを保っている。
先端から滲んだ汁で汚れたそこを見て、カカシが眉を寄せた。
「ああ、可哀そうに。まだここからは出していないんでしょう? 手伝ってあげましょうか」
「いえ、いえ、それは結構です、そこまでしていただく訳には…」
抱かれたまま慌てて首を振るイルカに、カカシが鼻先を近づける。咄嗟に顔を逸らし、イルカは彼の腕の中で身体を縮こまらせた。
「あ、あの、カカシさん」
「はい」
「こういうのは、今日で終わりにしましょう。お、俺の身勝手な頼みを聞いて下さって本当に感謝しています、お陰で満たされました。ですからもう、最後に……」
「それじゃあ」
言い終わらない内に、強い声に遮られた。
「これからはイルカ先生が俺の願いを叶えるというのはどうですか。何度かお付き合いしている内に俺も目覚めてしまったようでね、色々試したいことが出てきたんですよ」
「試したいって……何を」
問い返した途端に、聞かなければ良かったとイルカは唇を震わせた。カカシに目をやれば、イルカをじっと見据えたままだ。
「例えば……そう、虐げられて喜ぶあなたは、どこまで耐えられるんでしょうね。俺は拷問術も得意な方ですが、性的な責めは専門外なので……あなたで練習させてほしいものです」
「カ、カカシさん」
「反対に、あなたをとことん甘やかしてみたいとも思うんです。真綿のようにあなたをくるんで、隅から隅まで愛してやったらどんな顔をするんだろうかと……興味があります」
ぞくりと背が震えた。カカシの提案はどちらも耐え難い魅力を持ってイルカの官能をくすぐる。
「あなたはどちらが良い?イルカ先生」
緩く抱え直されたと思うと、カカシが歩を進め始めた。この狭い部屋の中の、古いバスルームは目と鼻の先だ。
「お、俺は」
揺られているせいか、声が震えた。
ぎ、とガラス戸が開く。
タイル張りの冷たい床に、そっと下ろされた。
「考える時間をあげますよ」
カカシがシャワーのコックに手をかけた。きゅ、という音と共に、大粒の水がイルカの裸体に降り注ぐ。
その冷たさに身を竦めたイルカの、揃えた両膝にカカシの足裏がひたりと乗せられた。体重をかけられ、腿がわななく。
「開いて」
裸足の彼の脚絆が水に濡れていく。イルカは抵抗という言葉を忘れたように、素直に彼の命に従った。膝を割り、冷水に震えながら股間を晒す。
途端、すっかり萎んだ陰茎にぐ、と圧がかかり、喉の奥がぐぅ、と鳴った。冷たい足裏で腹に押し付けるようにされた陰茎の根元、つけたままの黒いリングが肉に食い込む。
「う……」
「まずはきれいにしなきゃあね。どろっどろのところ、よく見せてごらん」
心臓がどくどくと脈打つ。恐怖と期待が入り交じり、冷えていく身体とは反対にイルカの顔には熱が集まっていた。
陰茎を伝ってそろりと下へのびていく彼の足に促されるようにして、固いタイルの上で膝裏を抱え、奥を晒した。
「いい子」
低く、よく響く声がタイルに落ちる。
ローションでぐずぐずに蕩けた孔は水に打たれてもまだそのぬるつきを保っていた。そこへ、彼の足の親指がぴたりと当てられる。きれいに切りそろえられた爪が、水滴を弾いて鈍く光った。
ひくりと、孔が疼いたのが分かる。水の冷たさにきつく閉じたはずのそこは、新たな栓を求めて今にも口を開けようとしていた。
「どうしてほしい?聞かせて、イルカ先生」
秘部へ圧がかかる。イルカの頭の中にはもう、それを求める言葉しか浮かばなかった。紫色に変わっているだろう唇の合間から、ひゅう、と掠れた息が漏れた。
「き、きれいにしてください。俺のこと、全部、あなたで」
言い終えた時だ。ずぶり、形の良い、しかし一番太い指が無遠慮に孔の中へ突き立てられた。
「あぁ……っ」
高い声が浴室に反響した。
仰け反ったイルカが視界の端に捉えたのは、口布を降ろしたカカシの唇。初めて見る、薄いそれの端は僅かに上がっていた。
思っていた通り、美しい人だった。ああ、やっと手に入れたのだ。この男を。
高笑いの代わりに涙声で喘ぎを漏らし、イルカは官能に身を投げた。







End

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